動機
リリカは男に問う。
「アンタは何故、こんなことをした?」
その質問は、ヒロトからすれば無意味に聞こえるものであった。
「そんなことを聞いて、どうするつもりだ」
彼がそう訊ねたのも当然だ。無論、リリカの問いには意味がある。
「ファントムは人間の欲望に反応するんだろ? つまりファントムに取り憑かれた以外にも、コイツが暴れていた理由はあるだろ」
確かに、欲望がファントムを引き寄せるのであれば、依り代側にも原因はあると言えるだろう。リリカはファントムに初めて触れている身でありながら、その実態をよく理解し始めていた。
男は動機を自白する。
「私はホームレスで、高級車を見ていたら金持ちを殺したくなりました。生きるのに精一杯な私は、贅沢を見せびらかす人間を許せなかったのです。そして私は、一人の富豪を殺害しました」
一見、その供述が霊媒師たちにとって有益であるようには思えないだろう。されどリリカは、決して無意味な好奇心を発揮していたわけではない。
「なるほどなぁ。案外、些細な欲望でもファントムに取り憑かれるってわけだ。欲望の大きさ自体は、あまり関係ねぇのかもな」
そう――男の供述により、リリカはファントムのことを掘り下げたのだ。続いて、彼女はヒロトの方へと目を遣った。ヒロトは不服そうな顔で応える。
「……褒めないぞ」
「おいおい。オレたちの仕事にかかわることだろ? こいつは有益な情報のはずだ」
「だが、お前はすぐ調子に乗る」
彼の言い分ももっともだ。新入りであるリリカを調子に乗らせることは、彼からしてみればあまり面白くはないだろう。
しかし、リリカの理念は変わらない。
「オレがオレを好きで、何が悪いんだ?」
その一言に対し、ヒロトは何も反論を見いだせなかった。
「あぁ、そうだな。俺が悪かった」
そう答えた彼は、依然として不満気だった。そんな彼に対し、この新入りはもう一つ質問を投げかける。
「ところで、ファントムに乗っ取られねぇコツはあるのか? コイツが同じ過ちを踏まねぇためにも、助言が要るだろ」
「……コツはわかっていない。だが、これからのことなら心配は要らない。一度ファントムから分離した人間は、もう二度と憑依されないからな」
「なるほどな。まあ、もっと色々調べる必要はありそうだ。ファントムに取り憑かれないように自衛できた方が、より多くの悲劇を防げるだろう」
曲がりなりにも、この少女はプロの霊媒師だ。彼女は決して、その使命を怠りはしない。続いて、彼女は男の肩に手を置き、そして囁く。
「もう大丈夫だろうけど、一応言い聞かせておくぞ。もう二度と、人を殺めるんじゃねぇぞ。ファントムに取り憑かれた人間による犯罪が、国でどう処理されるかは知らねぇけどな」
「はい、もう二度と人を殺しません」
「……それにしてもアンタ、ずいぶん落ち着いてるな。自分が人を殺したというのに、涼しい顔をしてやがる」
確かに、それが自分の意思による犯行でないにせよ、この男は妙に落ち着いている。おそらく、その理由も知っておくべきことだ――リリカはそう確信した。
「なぁヒロト。これも、ファントムの影響だったりするのか?」
彼女は訊ねた。しかし、ヒロトにはその疑問を解消することができない。
「わからない。だが言われてみれば、ファントムと分離した人間はいつも落ち着きを取り戻している。その理由は定かではない」
「おいおい。調べるべきことが山ほどあるじゃねぇか」
「最初に言ったが、ファントムが出始めてから、まだそんなに時は流れていないからな。国中の霊媒師が、ファントムの正体を調べている最中だ」
兎にも角にも、ファントムとは未知なる存在なのだ。同時に、それはリリカの心をたぎらせるものでもある。
「面白ぇ……」
そう呟いた彼女は、不敵な笑みを浮かべていた。
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