ファントム

 翌日、ゴンゾウはリリカとヒロトを呼び出した。この二人が選ばれたのは他でもない。正式に霊媒師ギルドに属している彼女たちに、依頼が伝えられる。

「『ファントム』の討伐依頼がある。今回は、君たち二人に任せるとしよう」

 何やら、霊媒師の敵は霊獣だけではないようだ。しかしリリカは、ファントムについて何も知らない。

「ファントム? なんだそりゃ、霊獣の仲間か何かか?」

 彼女からしてみれば、それは聞き慣れない言葉であった。そこで、ゴンゾウはヒロトに促す。

「ヒロト。説明してやりなさい」

「あ、ああ。ファントムのことは、まだあまり知られていないしな」

「頼んだぞ」

 戦う前には先ず、敵を知る必要がある。ヒロトはリリカに目を遣り、説明を始める。

「ファントムというのは、人間の欲望に反応してその体を乗っ取る霊魂だ」

「なるほど。霊媒師であれば、その霊魂だけに攻撃を当てることができるわけだな」

「なかなか物わかりがいいな」

「だろ? だろ? 頭の出来がちげぇからな」

 相変わらず、この女の自尊心は高すぎる。ヒロトは深いため息をつき、こう呟く。

「……もう二度と褒めない」

 その一言は、あまりにも切実であった。



 それからリリカたちは、都市へと赴いた。人々が逃げ惑い、そこら中から悲鳴が聞こえてくる。そしてリリカとヒロトの目の前では今、一人の男が周囲に黒い炎を振りまいている。

「気をつけろ、リリカ。あの黒い炎は瘴気――生命力を蝕む力だ」

「了解だ。ま、チュートリアルはちゃちゃっと済ませちゃうぜ」

「あのなぁ……遊びじゃないんだぞ」

 真剣な顔つきをしたヒロトに反し、リリカは余裕に満ちた笑みを浮かべている。そんな二人の目の前に、「瘴気」が迫る。

「……!」

 ヒロトはすぐに爆発を起こし、瘴気を振り払った。リリカは手元に機関銃を生み出し、それを乱射しながら前方へと飛び出す。

「あ、おい! 何やってんだ、リリカ!」

「ファントムからすりゃ、人体なんて所詮依り代なんだろ?」

「だったら、なんなんだよ!」

 無謀にも敵陣に突っ込んでいった彼女の真意は、ヒロトにはわからない。無論、リリカの行動は、彼女なりの考えがあってのことだ。

「痛みなんか知らねぇファントムに体を使われてみろ。無理な動きや体への負担は、尋常じゃねぇはずだ」

「なっ……!」

「オレたちは、一刻も早く依り代を解放しなければならねぇ」

 そう――あの説明だけで、リリカはファントムが依り代にもたらす被害を理解したのだ。さりとて、彼女の行動が無謀であることに変わりはない。依り代の全身から放たれていく瘴気に被弾していき、リリカはみるみるうちに疲弊している。その光景を前にして、ヒロトは激昂する。

「だからって、命知らずな真似をするな!」

「体の傷なんて、唾つけときゃ治る! だけど、我が身が惜しくて人を見捨てたらよぉ、それは一生モンの傷だ!」

「かっこつけすぎだ! クソバカ!」

 このままでは、リリカはその命を散らしかねないだろう。ヒロトは息を呑み、そして眼前の依り代の方へと駆け寄った。一発、また一発と、彼も瘴気の塊に被弾していく。そして限界まで間合いを詰めた彼は、眩く発光する拳を叩きつける。直後、依り代は凄まじい爆発に呑まれたが、その身はまるで動じていない。ただ、瘴気だけが粉砕され、宙に飛び散っていった。


 それから数瞬の沈黙を経て、依り代となっていた男は無造作に崩れ落ちる。

「おい、大丈夫か?」

 男を心配し、リリカはその体を支える。

「ええ、大丈夫です」

 男は答えた。その後に続き、ヒロトは補足する。

「気にするな。ファントムと分離した人間は、急激に脱力するからふらつく。正常な反応だ」

「そうなのか」

「そんなことより、次からはもっと慎重にやれよ」

 苦言を呈した彼は、疲れきった表情だった。

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