名刺

 それからリリカは、村長の家を訪ねた。彼女がここに来た理由は、ただ一つだ。

「報酬金はあるんだろうな?」

 あくまでも、彼女は生活のために霊媒師を務めている身の上だ。あの戦いは決して、ボランティアではない。

「え、ええ、もちろんです」

 そう答えた村長は、少し萎縮している様子だった。それが眼前の霊媒師の妙な横柄さに対する反応であることは、火を見るより明らかだ。されど、リリカはその事実に気づかない様子である。

「なぁにビビってんだよ。もう霊獣はぶちのめしてきたぞ? この曲乃きょくのリリカがな!」

「は、はい。ありがとうございます」

「あぁ、それにしても喉が渇いたな」

 この霊媒師の横暴は、留まるところを知らない。そんな彼女に対し、村長は怒る気力も湧かない。

「すみません! すぐにコーヒーを淹れます!」

 その声は少し震えていた。彼はコーヒーを淹れ、それをリリカに差し出す。リリカはすぐにコーヒーに口をつけ、そして満足気なため息をつく。

「ぷはぁ……悪くねぇコーヒーだな」

 彼女の自由奔放な立ち振る舞いに、村長はただただ呆れるばかりである。もっとも、その自由人が彼の村を救ったこともまた事実だ。

「あの、こちらが、報酬金になります」

 彼はリリカに、封筒を手渡した。

「まいどあり! また霊獣が現れた時は、オレに任せな」

 そう言い放ったリリカは、自信に満ちた笑みを浮かべていた。



 リリカが村長の家を出ると、そこには杖を携えた一人の老人がいた。

「君が曲乃リリカだね?」

「あぁ、そうだけど? もしかして、オレって有名人なのか?」

「そういうわけではないが、私は君に目をつけていた」

 何やら彼は、目の前の相手のことを知っている様子だ。

「アンタ、オレの商売敵か?」

「まあ、そう焦るな。私は戒場かいばゴンゾウ――霊媒師ギルドのマスターを務めている」

「その霊媒師ギルドのマスターが、オレになんの用だ? サインなんて書いたことねぇぞ?」

 相も変わらず、この霊媒師は自意識過剰である。そんな彼女に苦笑いを浮かべつつも、ゴンゾウは提案する。

「今のご時世じゃ、個人経営の霊媒師が生き残るのは難しいだろう。どうだ、私のギルドに来ないか?」

「ふぅん、ギルドねぇ」

 思わぬ勧誘に、リリカは少し迷いを見せた。目立ちたがり屋の彼女からしてみれば、組織に所属することはあまり性に合わないだろう。さりとて、ギルドに所属しておくのも悪い話ではない。

「……とりあえず、名刺はあるか?」

「ああ、今、出そう」

「ギルドの件、考えといてやるよ」

 一先ず、リリカは名刺を受け取ることにした。彼女の手には、ゴンゾウの名刺とギルドへの招待状が手渡される。

「どうか前向きに検討を。これは我々双方にとって有益なビジネスになるだろうからな」

 そう言い残したゴンゾウは、深く頭を下げてからその場を去った。



 翌日、名刺の裏にプリントされた地図を頼りに、リリカは霊媒師ギルドの本庁へと赴いた。彼女の目の前には、まるで豪邸のような建物がそびえ立っている。

「邪魔するぜ」

 さっそく、リリカはエントランスを潜り抜けた。そこで彼女を待ち構えていたのは、ネックレスを身に着けた目つきの悪い少年だ。

「お前か……マスターが興味を抱いていた女は」

 何やら彼は、あまり彼女を歓迎していない様子だった。そんな彼の背後から、ゴンゾウが姿を現す。

「紹介しよう、リリカ。この男は荒山あらやまヒロト――我がギルドのメンバーだ」

「マスター。なんでこんな見ず知らずの人間を、易々とギルドに迎え入れるんすか」

「実際にリリカの強さを試してみるといい。それで君も納得するだろう」

 怪訝な顔をするヒロトに反し、ゴンゾウはリリカを高く買っていた。ヒロトは深いため息をつき、リリカを睨みつける。

「……訓練場まで案内する。ついてこい」

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