第3話 生徒会長、緒環 環

 その後は特に他人との接触はなく、つつがなく放課後を迎えた。

 俺はなんとなく真っ直ぐ帰る気になれず、あてもなく校舎内を徘徊してみる。

 文化棟──芸術科目の教室や、文科系部活の部室がある旧棟だ──を歩いていると、廊下の先に大きな段ボールを重ねて抱えている女子生徒が見えた。相当重たい様で、右へフラフラ、左へフラフラ、見るからに危なっかしい。


 俺は小走りでその子の元へ向かい、三つ重なっていたうちの二つを取り上げて、「手伝いますよ」と声を掛けて──気が付いた。

 後ろ姿じゃわからなかったけど、彼女もこのゲームの攻略対象ヒロインのうちの一人だった。


「む、すまないね、助かるよ」


 彼女──緒環おだまき たまきは三年生で、俺や千川の先輩にあたる。生徒会長を務めているみんなの憧れ的存在だ。若干紫がかったような黒髪を腰まで伸ばし、頭の左右は同じくらいの長さの赤いリボンで飾られている。悲しいほど胸は小さいが、さらっと伸びる長い足に黒タイツは刺さる人には刺さるビジュアルだ。

 それになにより、とにかく美人なのだ。大和撫子やまとなでしこという概念をそのまま擬人化したような目鼻立ちで、むしろ控えめな胸こそ似合うルックスの持ち主といえる。


「いえ、とんでもないです。ところで会長、これはどこへ運ぶんですか?」

「ああ、文芸部の部室だよ。あそこは図書室の隣だから、図書準備室も兼ねていてね。これは過去三年分の利用状況のリストなんだ」

「過去三年……それでこの量なんですね」

「そういうことさ」


 ここから文芸部室に行くには階段を登る必要があり、会長一人じゃ絶対に無理だったであろう。やはり手伝うことにしたのは正解だった。

 しかし二箱でも相当な重量だ。が体を鍛えてくれていて助かった。前世の俺なら下手したら腕力がもたない可能性すらある。


 階段を上りきり、もうあと百メートルほどで目的地に着くというところで、会長が俺に話しかけた。


「ところで、君はさっき私を"会長"と呼んだが、どこかで会っていたかな?」


 言われてみれば、確かに俺は彼女をそう呼んだ記憶があった。

 そうか、俺はゲームをやっていたから知っていたけど、会長にとってみればこれが初対面だもんな。うーん、気味悪がられてストーカーと勘違いされても困るしな。適当に誤魔化すか。


「会長ほどの美人さん、一度お目にかかれば忘れませんよ。ちなみにその一度というのは、会長選挙のときです」


 それに、会長は全校生徒の憧れで有名人ですから、と付け加えた。我ながらそれらしいことを言えたんじゃなかろうか。

 会長を見ると、「そうか」とくすくす笑って、心なしか足取りも軽そうにみえる。ご機嫌というか。

 俺みたいなモブ相手でも、やはり褒められて悪い気はしないらしい。


 程無くして文芸部室に着くと、俺は膝に段ボールの底を乗せて片手を自由にして扉を開いた。

 中には誰もおらず、会長がするりと入り込んだ。

 大きな本棚の横にドアが設けられており、スリガラスから見える向こう側は図書室らしかった。なるほど、中で繋がっていたのか。


「ここで構わない」

「わかりました」


 会長が自分の持っていた段ボールを壁際の長机に置き、俺もそれにならって二つの段ボールを並べるように置いた。


「では、俺はこれで」

「まあ待て」


 パコリと頭を下げて退散しようとする俺を、会長が呼び止めた。振り向くと、会長が少し顔を赤らめて腕を組むようにして俺を見ていた。もう五時とはいえ六月だ。夕陽が出るにはまだはやい時間だし、ということは会長の顔が赤いのは──?


 会長はコホン、と一つ咳払いをして、こう言った。


「君は私の名前も知っているのか?」


 意図がいまいちわからない質問だった。が、特に誤魔化すことでもないのに正直に答える。


「はい。緒環 環さんですよね?」


 俺がそういうと、会長は軽く首肯しゅこうして、「さて」と続けた。


「君は私の名前を知っているのに、私は君の名前を知らない。これについてどう思う?」


 またもや会長は意味のわからない質問をする。質問の意味はわかる。その質問をする意味がわからないのだ。

 ちょっと考えてみたが、どう思うと言われましても……、というのが正直なところだ。

 俺がわからないという意思表示で小さく首を傾げると、会長はくすっと微笑んだ。


「君の名前を聞いているんだよ。こちらだけ知られているのでは不公平だからね」


 なるほど、わからん。

 御桜さんや千川さんもそうだが、俺はなるべく主要ヒロインとは関わりたくなかった。

 それにより千川(男)とのルートやシナリオに影響があっては嫌だったからだ。どうせ無双できないモブなら、せめてヒロインが幸せな結末を迎える様を見ていたいという小市民的思考。

 そう考えた時に、俺は間違いなく不要因子でしかないからな。


 だが、まあしかし。

 名前を聞かれて答えないというのも心象が悪いだろう。というか、人として終わってる。


藤堂創とうどうはじめです。二年三組の」

「藤堂創くん、か。覚えておこう。今日は助かったよ。この礼はいずれ」


 会長はそういうと、「私はもう少し仕事があるから」と先に出て行ってしまった。

 入れ違いで、文芸部員と思われる男子生徒が入ってきて、俺と段ボールを交互に見て状況を理解したのか、「ありがとう」と頭を下げて段ボールの中身を取り出して長机に並べ始めた。


 俺も帰ろう。

 男子生徒に会釈をして、俺は文芸部室を出た。

 今日は色々あったな。のんびり玄関まで歩いて、靴を履き替える。

 よし、帰ってラノベの続きでも読むか。俺は鞄から読み差しのラノベを取り出して、最初のカラーイラストを眺めながら歩き出して──


「うわっ!?」

「きゃ!?」


 こちらに向かって走ってくる人がいることに気付くのが遅れ、ぶつかってしまった。

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2025年1月10日 07:00 毎日 07:00

モテ体質の俺がエロゲのモブに転生したら、案の定ヒロイン全員オトしてしまった件 高海クロ @ktakami

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