第1話 爆乳幼馴染、御桜美桜

 翌朝、母さんの作ってくれた朝食を食べて、同じく手作りのお弁当を持って俺は家を出た。

 ある程度余裕を持って出たつもりではあったが、教室に入ると既にほとんどのクラスメイトは登校しており、俺の他に来ていないのは二人だけだった。

 その二人というのが、俺が転生してしまったゲームの主要キャラの二人であり、本作における──


「みんなおはよー!」

「美桜ちゃんおはよう!」

「千川くんも、おはよ!」


 ──と、噂をすれば。その両名が教室のドアを開けて入ってきた。

 片方は本作の主人公。イケメンで学力優秀。鮮やかな金髪が眩しい美少年、千川せんかわ恭介きょうすけ。そして、その彼と一緒に入ってきた美少女こそが、メインヒロインにして千川の幼馴染、御桜みさくら美桜みお

 御桜さんはシナモンカラーのミディアムボブヘアに白いカチューシャをかけていて、毛先が若干内巻きになっている癖毛がチャームポイントの女の子だ。幼馴染ということもあり初心者向けのキャラクターらしく、俺もこの子を攻略している最中だった。


 しかし彼女を語る上で欠かせないのは、なんといっても泣く子も黙る爆乳だろう。ゆるふわ幼馴染と爆乳の組み合わせは旧ローマ帝国時代から至高とされていたと文献にある通り、彼女はオタク界隈でも人気のキャラクターだった。

 ちなみに自慢の胸は作中設定ではHカップらしい。さすがエロゲというべきか、数字がデカすぎる。百センチオーバーなんて今日日きょうびなかなか聞かないぞ。


「……?」


 と、御桜さんがクラスの女子たちと談笑しながら、やけにこちらをチラチラ見ていることに気がついた。というか、やたらと視線が合う。

 まあ俺を見ているとは限らないが(俺は紛れもなく彼女を見ているが、そのことに対する是非はこの場では問わないものとする)、若干の違和感は禁じ得なかった。


 なんの気なしに後ろを振り向くと、俺の斜め後ろの席が千川の席らしかった。昨夜藤堂の記憶が同期されたときにはそんな情報は無かったはずだが、それはにとってどうでも良いことだったからということなのだろう。


 しかしこれで合点がいった。御桜さんは俺の後ろの千川を見ていたんだな。うんうん。御桜さんは初心者救済キャラの側面もあり最初から主人公に対する好感度は高いから、現時点で既に惚れているんだろう。よきかなよきかな。



 *****



 休み時間、母さんの用意してくれた水筒を飲むと中身がお茶だったことに驚いて、そうかこの世界の俺はコーヒーなんて飲まないんだなと気付いた俺はエントランスホールにある自販機まで足を運んだ。

 前世で通っていた高校にもあったが、各フロアの真ん中あたりに、学年集会などで使われる広いスペースが設けられ、自販機やベンチなどが置かれているいわゆる多目的フロアというものがある。


 二基並んだ自販機の片一方、カップ式自販機──頼んだ飲み物が紙コップに注がれて出てくるタイプのアレだ──の前で、一人の女の子が立ち尽くしているのを見つけた。

 可愛らしいシナモンカラーのボブヘア、後ろから見てもわかる肉付きの良い扇情的なスタイル。御桜さんだった。

 その彼女が、自販機の前でオロオロしているようだ。うーむ、声をかけるべきか否か。


 変に関わって千川に目をつけられたくなかったのだが、俺のその自販機に用があるので出来れば早めに避けてもらいたい。それに、見るからに彼女は困っている様だし、見なかったフリをするというのも後味が悪い。

 以上のことから、俺は声をかけることにした。

 できるだけ自然に、恐怖心を与えないように。なんせ彼女は、主人公──千川のことだ──以外の男子には非常に警戒心が強く人見知りの激しい少女なのだ。


「御桜さん、どうしたの?」

「ひっ──て、藤堂君?」


 意外にも、彼女は一瞬肩を震わせはしたものの、俺を認識すると普段の柔和な表情に戻った。

 そして、ピー、ピーと音を立てて抽出された紙コップ飲料を掲げて、


「いちごミルクを買いたかったのに、コーヒーを押しちゃったの。しかもブラック」


 と困ったように言った。

 ふむ、ま、ちょうどいいかもな。

 俺は「そうなんだ」とだけ言うと、百円玉を自販機に入れていちごミルクのボタンを押す。二十秒ほどで抽出されたそれを取り出して、御桜さんに手渡した。


「え、どうしたの?」

「俺はちょうどコーヒー飲みたかったからさ。交換しようよ」

「あ、ありがとう」


 御桜さんは少しだけ戸惑った様子を見せたが、俺が「気を遣ったわけじゃなくて、本当にそうだったから」と微笑んで見せると、少しはにかんで俺からいちごミルクのコップを受け取り、反対の手でコーヒーの入ったコップを渡してくれた。


「えへへ、ありがとう」

「うん、どういたしまして」

「ね、そこのベンチで座って飲まない?」

「え?」


 御桜さんの提案に、俺は正直驚いた。先述の通り、彼女は千川以外の男に決して心は開かないはずだから、男と二人でベンチに座るなど、あり得ないことだった。


「どうして驚くの? イヤ、だった?」

「まさか。御桜さんって、あまり男子と喋らないイメージだったから」

「えへへ、うーんと、お礼ってことで!」

「そっか、そういうことなら」


 なるほど。人としての義理を優先したわけだ。出来た良い子じゃないか。

 じゃあまあ、俺としても断る理由はないし、御相伴ごしょうばんに預かろうかな。


 御桜さんがベンチに腰掛け、俺は御桜さんからなるべく距離を取るように一番端に座った。


「藤堂君ってブラックコーヒー飲めるんだね」


 なぜか、御桜さんは俺との距離を詰めるように座り直す。俺は端っこに座っているので、これ以上離れようがないので仕方なくそのままでいた。


「まあね。一度眠気覚ましに飲んだら、なんだか飲まないと落ち着かなくてさ」

「なんだか、カッコいいな」


 ボソッと独り言のように呟いた言葉に、俺は面食らったようにコーヒーを吹き出しかけた。御桜さんが千川以外の男にそんなことを言うなんて。


「カフェイン中毒みたいなものだよ。良いもんじゃない」

「そうじゃなくて、藤堂君がってこと」

「……え?」


 今度ははっきりと、御桜さんは俺に言った。俺の知る限り、こんなイベントはないはずだったが……。


「そろそろチャイム鳴るし、戻ろっか!」

「え、あ、うん」


 俺が何も返せないうちに、御桜さんはいちごミルクを飲み干すとカップをゴミ箱に捨て、そそくさと教室に戻っていた。

 くるっと踵を返す彼女の頬が、まるでさっきまで飲んでいたいちごミルクを零したかのようなピンクに染まっていたのは、果たして俺の気のせいなのだろうか。



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