私だけ年が明けない

404-フグ

私だけ年が明けない



『急募!年の瀬をまたぐ方法』


 私はネットの匿名掲示板にそう打ち込むともう一度今の状況を整理することにした。


 私は社会人になり初であり、初めて一人で過ごす年末年始の真っ只中にいた。

 普段はカツカツの生活費を少し削って作り出した今宵の宴と共に学生時代とあいも変わらずの趣味であり生きがいであるネットサーフィンをして新年が来るのを待っていた。


 そしていざ時計の分針がまさしく0を指そうとしたその瞬間、時計の針はぴったり一時間前に戻っていた――

 


 最初はその事に気づかなかった。

 普段から仲の良いネッ友に新年の挨拶を送った。その後、彼らから帰ってきた返信は「寝ぼけているのか」「まだ年末だぞwww」といったような冷やかしばかりであった。


「いやいや何言ってるのさ。もう新年でしょ」


 私はどうせネットの寒いノリの一つだろうと思ったのでそっとノートパソコンを閉じ、「そうだ初風呂にでも入りに行こう」と、正月の0時0分から開けてやると豪語していた近所の銭湯に行くことにした。


 銭湯につくと何故かまだ入口が閉ざされていた。


「ばあちゃーん、もう開いてるー?」


 私は相変わらず鍵が掛かっていない防犯意識0の引き戸を引いて銭湯の中へ入った。

 がめつい番台のおばあちゃんはいなかったが屋内の光源はしっかりと点いていたので私は体を洗うことをすっとばして湯船へと走った。

 そう、走ってしまった。

 私は濡れたタイルに足を滑らせ、私の後頭部はタイルが激しめに衝突した――



「知ってる天井だ……」

 

 気がついた時、そこは私の部屋であった。

 ……そうだ!私、思いっ切り頭を打ったんだった!

 私はバッと手をぶつけた後頭部へと伸ばした。が、傷跡も出血した跡もたんこぶすらも、そこには存在しなかった。


 アレは夢だったのか?だとしたら嫌な初夢になってしまったな……

 そう考えつつ、私は特になにか用事があるわけでもなかったが無意識にノートパソコンを開いた。

 そして、ロック画面のカレンダーを見たときにようやく気がついた。


 私はタイムリープかタイムスリップを起こしている。それも12月の31日という年末の最後の一時間の間で。


 私は自分の性格がお気楽な方であったことにこれほど感謝したことは今までなかった。

 タイムリープと言っても漫画やドラマのような、これと言った大きな事件や人生の大きな岐路でやり直しが起こっているわけではない。

 私は永遠と続くこの一時間の連鎖を楽しんでいた。


 ネット上で一時間後の予言と言って知っている確定した未来を語ってみたり。

 捕まっても何をしてもやり直しが効くのだから色々口に出せないような悪いことも試してみた。


 そして段々と断続的でいて永遠に続く時間の連鎖に飽きてきてしまった。

 今では私の付近だけでなく、下手すればネット上の誰かの発言やつい先日まで知らなかった人の今後一時間の行動予定まで全て暗唱できるほどに繰り返した。

 最初はこの神のようなナニカが私に干渉したとしか思えない現象の原因だって調べようとした。しかし、それを知ったことで今続いているこの一夜限りの永遠お試しパックを手放さなければならなくなるかもしれないという思考が頭の隅で理性に歯向かった。


 結局のところ、散々やり込み尽くしたはずのこの一時間に対して、私は未だに可能性を信じ続けているのだ。

 今では近所で見つけたアリの巣をもやり込みの対象として考え、この永遠の世界に留まろうとしている自分がいる。


 未知を知り、それを調べ、実験し、さらに弄ぶ。私はこの一時間の連鎖の中でそれを幾度となく繰り返してきた。

 そして、その恵まれすぎている実験し放題、弄び放題のこの状態を手放したくないという自分が確固として存在していた。


 私はこれからずっと、進まない寿命、二度と拝めないい太陽、11時49分に降る今年最後の雪たちのような既知の永遠と一緒に過ごしていくのだろうか。

 ああ、もうすでに何かを悟りかけている。

 眠気も食欲も、服も汚れも何もかもが私が死ぬか一時間経つかでリセットされてしまう。

 私はかれこれ数年近くの間、寝ず、飲み食いもせずに生き続けている。


 この永遠から、覚めない初夢から、一時間から、現実から。

 私を解放してくれるナニカはこの先に現れるだろうか。


 まあ、現れないだろう。何故そう思うのかって?


 だって、私はこの先一時間の間に何が起きるのか、何ができるのか、全てを知り尽くしていて、できることは全てやろうと思えばできるのだから。

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