第2話  理玖王子の気まぐれ

 初めて連行された日の翌日。

 彼らは、俺のことを前から仲の良かった友達のように接してくれた。


「おーい。柏原くん」


「はい」


「敬語やめて」


「あ、はい……」


 しまった。またやってしまう。

 一日経つと、俺はまるで関係がリセットされたみたいに、つい敬語が出てしまう。そんな俺に、やたらと敏感に反応する山本。


 クラスでは、俺が突然山本たちのグループに加わったことに、密かに驚きとざわめきが広がっていた。


 「なあ、お前、急にどうしたんだよ?」


 後ろの席の川田が、ひそひそ声で疑問をぶつけてくる。

 いや、俺だって聞きたいよ。どうしてこうなったんだ――。


 それにしても、山本は相変わらず堂々としていて、隣にいる俺だけが妙に浮いて見える気がする。心臓は落ち着かないし、視線を合わせるたびに変な汗まで出てくる始末だ。


 こんなんで、これからやっていけるんだろうか。


「なに?」


「また、後で教えほしい。今日は図形」


「あー、ごめん。今日、部活行かないといけなくて……」


「え? 部活やってんの?」


「うん。軽音……」


「へー」


 しばらく沈黙が続いたと思ったら、山本から思いもよらない言葉が出てきた。


「それ、俺も行っていい……?」


「え?」


 いや、なんでちょっと照れくさそうにしてんだよ。


「別にいいけど……」


「まじ? 嬉しい。てか、柏原くんって洋楽好きなんだ」


「まあね」


「すげえ。俺も聴いてみたいなぁ」


「いいけど」


「イェーイ」


 山本はあどけない笑顔を見せてくる。

 なんだよ、可愛いとこあるんだな。



 放課後、教室には夕陽が差し込み、部活へ向かう生徒たちの賑やかな声が廊下に響いていた。

 高槻はサッカー部へ、山田はテニス部へと向かう。どちらも運動部の花形で、校内では女子からの人気も高い。

 一方で、山本は無所属らしい。完璧な外見と存在感を持ちながら、部活には一切所属していない。


 俺は軽音部の部室に入ると、他の部員たちが笑顔で挨拶をくれた。


「お疲れ!」


「お疲れー」


 軽く返事をしながら荷物を置くと、部長から「今日は体験者が来るらしいよ」と告げられる。


 誰だろう、と思いながら準備を進めていると、ふと頭をよぎったのは山本の顔だった。


(……いや、まさかな)


 でも、もし本当に山本が来たら——この部室の空気は一変するだろう。そう思うと、少しだけ胸がざわついた。


「それが、この山本くんです!」


 山本が教室に入ってくると、女子部員は嵐のような黄色い歓声をあげ、耳がつんざかれそうになった。

 他の男子部員も、口をポカンと開けている。もちろん俺も。

 どうして、来るって言ってくれなかった? いや、言ってはいたが、俺に内緒で来るか?


 山本は、短い挨拶をして、俺の後ろに隠れるように立った。

 いや、背が高すぎるから全く隠れてないけど。

 それから、山本は案の定、女子たちに囲まれた。


「なー。なんで山本がここにいるの?」


 他の男子部員に聞かれたが、なんと答えたらいいかわからない。


「な、なんか、興味あるみたいだよ」


「へー」


 嘘。そんなこと言ってなかった。けど、咄嗟に出たでまかせで、なんとか乗り切った。

 山本は、ギターを手に取ってジャラジャラと音を鳴らしている。それだけで、ドラマのワンシーンみたいだ。周りの女子は、それ見てキャーキャー叫び、その姿をスマホに収めている。

 山本はなんとも思っていないのか、依然としてギターを触っている。

 俺たちは、夏休み明けの文化祭の練習のために、いろいろな曲を練習していた。俺の担当はギターで、数曲の練習していた。教室の端で、山本が依然としてギターを弄んでいる。そして、俺がそれを見ていると、楽譜越しに目が合った。

 そして、ウインクされた。


「え?」


 山本が周りの女子を押し退けて、近づいてくる。


「ね、聴いてこれ」


 山本がスマホを差し出してきた。イヤホンを片方渡され、仕方なく耳に差し込む。


 流れてきたのは、ギターの軽やかなアルペジオから始まる曲だった。少し緊張したような息遣いまで録音されていて、まるで目の前で演奏しているかのような臨場感があった。


「……これ、弾いたの?」


 山本は短く頷いた。コード進行もメロディもちゃんと整っているし、途中のアレンジなんかは素人とは思えないレベルだった。


「すごいな、上手いじゃん」


「うん」


 それだけ言うと、山本はスマホをポケットにしまい、無言のままスマホをいじって俺の隣に立っていた。


……なんか、緊張するんだけど。


 周りの女子たちがひそひそと話しているのが耳に入る。あの山本が誰かとイヤホンを分け合ってるなんて、珍しい光景に違いない。


 それだけで、俺への視線には嫉妬というか羨望というか、そんな恐ろしさがこもっていた。


(これ以上目立ちたくないんだけど……)


 そう思いながらも、もう片方のイヤホンを返すことはできなかった。

 それから一時間ほど経って、今日の部活は終わった。


「じゃあ、俺電車だから」


「いや、俺も電車なんだけど」


「え、どこ?」


 どうやら、最寄駅は一つ違いで、同じ路線だった。なんで、こんなに山本と近いんだよ。


 電車に乗る際、山本はマスクをして乗り込んだ。イケメンだからか。

 訊いてみると、知らない人に隠れて写真を撮られるのが嫌らしい。それは俺だって嫌だ。撮られたことはないけど。


 最寄について、ようやく別れた。

 思えば、今日一日ずっと山本の隣にいた気がする。

 妙に疲れるんだよなぁ。

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