理玖様は、Sでツンデレでズルい
倉津野陸斗
1 One Thing
第1話 突然の声かけ
高校生活が始まって、二週間が経った。クラスメイトの多くはすでに友達を作り、放課後には楽しげに遊びに行く姿が見受けられる。しかし、俺は相変わらず一人でいることが多かった。人付き合いが得意なわけでもなく、騒がしい輪の中に入るのはどうにも苦手。
とはいえ、完全に孤立しているわけではない。席が近い男子たちとは適度に会話を交わすし、時々遊びに誘われることもある。ただ、自分から深く関わろうとは思わなかった。スクールカーストで言えば、下から数えたほうが早い位置。
そんな俺から見れば、教室の中心で輝くような存在は、まるで別世界の住人だった。
中でも、うちのクラスの山本理玖は、圧倒的なオーラをまとっていた。背が高く、整った顔立ちに運動神経まで抜群。勉強はできないみたいだけど、そういうところも可愛らしさとして受け取られている。イケメンって本当にずるい。
自然と周囲に人を集め、まさにスクールカーストの頂点に君臨する存在だ。
それなのに、山本はなぜか地味な俺なんかに絡んでくる。
ジュースを奢ってくれたり、遊びに誘ってきたりするのだ。ただ、その態度はどこかぎこちなく、まるで理由を探しながら近づいているようにも見える。
最初は冗談かと思った。しかし、あまりにも頻繁に声をかけられるうちに、次第に違和感が募っていった。
俺なんかに、なんで――。
山本の態度に隠された意味を探りながら、俺はただその距離感に戸惑うばかりだった。
それは、ある日突然に起こったのだ。
「なー、ちょっといい?」
「え?」
昼休み、俺は教室の端で数学のテスト勉強に集中していた。そこへ突然、机の前に現れたのは高槻郁人。山本とつるんでいるグループの一員で、サッカー部所属、高身長で女子にも人気のイケメンだ。
気軽に声をかけてきた彼に、俺は思わずペンを止めた。
(なんでこいつが俺に話しかけてくるんだ?)
警戒しつつ顔を上げると、高槻は俺をじっと見下ろしていた。
もしかして、タカリ? 俺、お金ゆすられる?
「ちょっと来て欲しんだけど」
「あ、はい……」
そして、連行された場所は、音楽室。
昼休みだからか、校庭には他の生徒たちの楽しそうな声が響いていた。
俺は静けさを求めて音楽室へと足を踏み入れる。そこには、高槻ともう一人、山田啓太がいた。
山田は山本の仲間で、男女問わず人気のある爽やかなイケメンだ。彼女持ちで、他の男子からは「リア充爆発しろ」と冷やかされるほどの好青年。その場にいるだけで空気が明るくなるような存在感を持っている。
そして――山本理玖。
思わず息を飲む。正直、俺は彼が苦手だった。
別に嫌いなわけじゃない。ただ、近くにいると胃のあたりがそわそわして落ち着かなくなる。おそらく、顔面のレベルが明らかに開きすぎて、こちらが居た堪れなくなるからだ。
確かに、俺だって中学の頃や高校に入学したばかりの頃には何度か告白されたことはあった。でも、彼らとはまるで別次元の話だ。
だって、山本はまるで王者のようなオーラをまとっている。圧倒的すぎて、その場にいるだけで呼吸を忘れそうになるほどだ。それに加えて、周りの女子たちの熱視線。まるで無言の圧力のようなそれが、俺の心を容赦なく追い詰めてくる。
……こんなの、まともに向き合えるわけがない。
もみろん、音楽室には、俺たちを除けば誰もいない。強いて言うなら、壁に飾られたベートーヴェンとモーツァルト、バッハ、チャイコフスキー、ドヴォルザークたちの肖像画があるだけ。
「よっ。柏原くん」
不意に呼びかけられた声に、心臓が跳ねた。
そう言ったのは、山本理玖。
もしかしたら、奴隷にされるかもしれない……
恐ろしく整った顔立ち。まるで彫刻のように端正で、どこか近寄りがたいオーラをまとっている。俺は息を呑んだまま、声が出なかった。
しかも、ピアノの椅子に腰掛けている彼は、光を浴びて余計に映える。指先で鍵盤をなぞる仕草さえ絵になるのは、彼だからこそだろう。
こんな完璧なやつとどう接すればいいんだ? 心の中で毒づくけれど、視線は離せない。
ああもう、俺の心臓、いい加減落ち着いてくれ。
「おーい。聞いてる?」
「あ、はい。なんでしょうか……」
「あ、敬語やめてほしんだけど」
「え」
どうやら、この話の感じでは、奴隷にされる雰囲気ではないのか?
「ちょっと、柏原くんに頼みたいことがあって」
いや、やっぱり奴隷にされる……
「な、なに……?」
逆らったらいじめられるかもしれない……
妙な恐怖心が俺の中に立ち込めてきた。
「いや、ちょっと俺に勉強教えてほしくて……」
「え?」
思ってもみない返答だった。こんな彼が勉強して、俺に教えてくれなんて。
「だめ……かな?」
「別にいいけど。なんで俺?」
「それは理玖のご指名だから」
そう言ったのは、俺を連行してきたイケメンの高槻。彼は、俺の肩に手をかけて、バックハグのようにまとわりついてくる。
山本の指名で、俺が選ばれた? いや、だからなんで俺なんだよ。他の人に頼んで欲しかったな……
ここで断れば、イケメンにしかできない恐ろしい鉄槌が下るだろう。
「わかった」
「え! まじ? ありがとう!」
山本は思いのほか喜んで、そして俺の手を握ってきた。あったかいし、柔らかい……
いやいや、どういうことだ?
「う、うん……」
「じゃあ、これ教えて欲しい」
そう言って見せてきたのは、数学のワークブック。なんだ、そういうことか。
一次関数の応用問題。
しかし……
(うわー、これ俺も苦手なやつ……)
だいたい、前回のテストで六十点しか取れなかった俺に頼むか?
他にもっと点高かった奴はたくさんいるのに。
「あー、ちょっと俺も苦手なんだけど……その切片を求めて……」
「え? なに切片って」
「理玖ー、それくらい分かっとけって」
「うるせぇよ。なー、郁人。ジュース買ってきてよ」
「えー、やだ。だるいぃ」
「お金出すから。柏原くんの分も」
「え、俺のは……」
断ろうとしたけど、山本が俺の口を指で塞いできた。
(ちょっ……。なんだよ。イケメンはなんでもするのか)
急に口を押さえられても、なぜか嫌な気はしなかった。イケメンの効果か。
「はいはい。分かったよ」
高槻がしぶしぶ重い腰を上げて、音楽室を出ていった。山田はというと、スマホのゲームをしていて、こちらの様子は気にしていないようだ。
「え、いいの……?」
「なにが?」
「お金……」
「いいのいいの。理玖んちはカネモだから」
山田が、スマホの画面を見ながら答えてくれた。カネモというのは、親がお金持ちということ。そうなんだ。
「あ、ありがと……」
とまあ、そういうことがあって今、俺は山本たちのグループに入った。いや、入れられたってわけで……
そういうわけで、俺は山本たちになぜか気に入られてしまった。らしい……
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