どうも初めまして。魔法術師の皆さん

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 冷たさと温かさが共存する風がその町に吹いていた。街路に植えられている梅が足並みを揃えて咲きこぼれている。離れて見れば白と桃のコントラストに目を奪われ、誰かがお花紙を枝に載せたような綺麗さがあった。冬を越えたことを報せる、この国らしいものだ。

 ここは大東、帝都。この国の首都となる場所だ。

 表通りには陽の光が照り返している硝子張りの高層ビルと、傾きが生まれている木造建築の壁が隣り合わせに建っていた。新たな風を吹き入れながらも、旧きものも寂れることもなくそこに存在をし続けている。多種多様なものが混ざりあって、一種のアートの如く芸術性を見出している。そんな、有数の街並みの様子を街角からも見て取れる。

 この帝都の中心部付近に位置する帝都第一通りは、他の場所に比べ大変歴史のある通りの一つであり、帝都第一通りという地名から国とって重要な交通点であることを思い出させる。

 早朝なのも関わらず、この辺りはとっくに賑わっている。駅にも近いということもあり、バスが多数停車できる区間も多くある。あちこちにスーツを着こなしている社会人達がバス停で待ち、駅に向かって歩いていく様子が多く見受けられる。

 そんな、賑やかな雑踏のあいまでふわりと、深淵の先のような黒が街中になびいた。

 制服を着こなしている少年が黒真珠の髪を風に身を任せ、増えていく人混みをすり抜けるように歩いていた。陽射しを映す黒髪が一瞬だけ、液を潤むように白を帯びた。少年の制服も黒かったが、白く帯びたのはあの髪だろう。

 道行く人と同じ黒髪をしていたのにも関わらずも、どこか異質な雰囲気を漂わせていた少年だった。奇妙なことに、人々は少年を居ないものとして動いていることだ。まして、芸術を愛すこの街で。誰もが煙のような幻として行き過ぎて行った。

 少年はふらりと帝都第一通りを曲がり、賑やかな表通りを背景にする。すれば、少年の目の前には巨大な建物が見えた。表通りほど煌びやかに生きている訳ではないが、それでも明るいほどだ。

 すると、目の前に一人の少女――夜野よるの祈織いのりが道脇にあるベンチに座っていた。暇を持て余したかのようにうつらうつらと頭を揺らしていた。しかし、祈織の目に少年の姿を捉えた。


天嶺あまねー!」


 少年――布都ふと天嶺を呼んだ少女の祈織は鞄を手に飛び出して、目を見張った。先日まで会っていた天嶺の姿と大きく変わり、どこか幻想じみていた。歳の頃は祈織と同じ十五歳ほどだ。すっきりとした顎の輪郭。雪を連想される柔らかな頬と唇に載る暖かな紅が華やかでいた。

 その姿をより際立てているのは、国立帝都高等学校の制服だ。シンプルに作られた黒と白を基調としたブレザー。純白の羽のように整えられているワイシャツによって、より目立つ蒼と白を織り交ぜたネクタイが胸に下がっていた。黒のスラックスを止めているベルトで締め上げられた、細い腰が目立っていた。時代の流れに乗った制服が、はっとするほどに天嶺と調和していた。

 とは言え、祈織の姿も天嶺に引けを取らないものだった。丸みを帯びた額に卵を裏返したような顎の輪郭をしている。人形のようなきめ細かい白い肌とは対照的に、眉毛を隠す程度に伸びた前髪は顔を包んでいた。天嶺と同じような制服を着こなし、違うのはスカートを履いている点だけだ。そのスカートから伸びる白くとも健康的な脚には男女問わず視線を奪われてしまっても文句は言えない。


「おはよう……どした?」


 呆然としてた祈織は我に返り、すぐに目の前にいる天嶺の頬を掴んで、顔を近づける。

 

「おはよう……じゃなくて! なんでこんなに変わってんのぉ!」

「声がデカい。耳が痛くなる」


 目の前で大声にも似た声を上げる祈織に苦言を呈する。異性の顔が目の前にあるというのに、天嶺は動揺をする様子も見せない。それどころか、無関心といった様子で、到底十五歳とは思えない。


「あっ、ごめん。じゃなくて、どしたの急にイメチェンなんかして!」

「志麻さんがこうしろって」


 日坂ひさか志麻しま。親の居ない天嶺を女一人で育て上げている二十代後半の女性だ。その話を聞いた祈織は、天嶺の頬から手を離して一足分離れた。同時に、視線を少し天に向ける。映るのはそろそろ三十路になるとは思えない笑っている女性像。手を二振り、顔の前で振って視線を戻す。

 

「えぇ……モテようとしてる?」

「してないが?」

 

 そんなことはないと天嶺は言う。しかし、小中と天嶺の姿を知っている者からすれば、天嶺のイメチェンっぷりには女性からモテようとしているようにか見えないのだ。思わず祈織はため息をつく。


「なんだよ」

「んやー布都天嶺君は無意識系主人公なのかなって」

「ラノベ主人公になった覚えはないぞ」


 片手腰に付き、もう片手は人差し指を立てて天嶺の目の前に差し出す。若干前屈みになって腰を反らせた。どこぞのキャラクターを連想させる格好で、頬に少し空気を溜めた。


「いやー鈍感属性を付与されて、主人公になる未来しか見えないぞ!」

「鈍感じゃないから。超敏感系主人公だから」

「その主人公返してきなさい。貴方には私と同じモブがお似合いよ」

「俺が一番理解してる」


 勝手に納得して首を縦に振る天嶺に、祈織は軽く胸を叩いた。この行為にどんな意味合いを持ち合わせているのかは、本人にしかわからない。けれども、一種類だけの意味ではないのは重みからしてわかる。


「祈織。そろそろ普通に立て」

「えっ、なんで」

「国の性癖か知らないけどさ、無駄にスカートの丈短いじゃん。その体勢のままだと、後ろから下着が見えるんじゃないかなと」

「……あっ!」

 

 ことに気づいた祈織はスカートを抑えて背筋を伸ばした。すれば、天嶺達に向けられていた視線は減っていく。男女関係なしに、道の先にある石造りの正門に吸い込まれていった。

 道端には所々小さな植物と人工物の調和が取れている。自然と人工物の調和を取れている中に石材でできた正門があるのは、この街の追求心を示しているかのようだった。


「見られたよね、絶対」

「性別問わずにな」

「初日にこれとか最悪すぎ……」

「あんな体勢になった祈織が原因だろう。どうしようもない」


 項垂れた祈織は近くのベンチにスカートを抑えて座った。天嶺は腕時計を横目で見ると、一瞬悩んだような姿を見せてから祈織の隣に座る。時間は八時を回った頃。新入生集合時間は九時だ。こんな所で座り込んでも間に合うだろうと考えた。

 未だに頭を下げている祈織を横に、天嶺は目の前を通る自動車や自転車を目で追いつつ、脚を組む。すれば自然と膝で肘をついた。傍から見れば、素行不良の学生にしか見えないが、見た目が見た目だ。それすらも様になるようなものだった。特に天嶺の隣で青くなっている者もだ。

 それすらも絵になるのは、世間の人間に喧嘩を売っていると言っても過言ではない。そんな様子だった。

 数分もすれば落ち着いたのか、顔を上げて太ももに両肘をつく。その上に祈織自身の顔を載せる。まるで、男を利用するぶりっ子のような体勢だ。と言っても祈織の表情とは真反対なもので、沈鬱ちんうつな表情を容赦なく出していた。


「私、入学式前になにやってるのかな」

「馬鹿をやっている」

「事実を言わないで。心が痛くなる」


 視線だけを天嶺に向けて、身体をベンチの背もたれに任せる。すると祈織の理想という理想を詰め込んだスタイル。その中に薔薇のような高貴な姿と豊かな色彩、溢れる気品が浮き彫りになっている。おかげで、再び視線を集めてしまったのは言うまでのことでもない。

 ひと段落をつくように、一つ背伸びをしてから祈織は立ち上がった。多少シワになってしまった制服を叩きつつも伸ばして、少しでも見栄えを整えている。

 その様子に天嶺も立ち上がり、天嶺自身の鞄と祈織の鞄を拾い上げる。自然の動作で祈織も気にすることもなく天嶺から鞄を受け取る。このやり取りには貴族の娘とその使用人のような関係性が勝手に見える。

 

「今思ったんだけどさ、その耳飾りはどうしたの?」

「これ? 志麻さんから入学祝いで貰った」


 祈織が触った先には黒いワンポイントの耳飾りが着いていた。天嶺の髪と同じ黒真珠模様で、陽に当てればこの上ない存在感を示している。高校の段階、それも入学式以前から開けているのか気になってしょうがない祈織は天嶺の耳を触る。小さく言葉にならない言葉を漏らして天嶺は祈織の手を取る。すれば、祈織は固まった。


くすぐったいから、やめてくれ」

「えっ、あっ、ごめんね」

「次から気おつけてくれ……耳が弱いんだ」


 少しだけ頬を紅く染めながら、天嶺は顔を逸らして言った。落ち着いた雰囲気とは一転、一度に可愛らしさが溢れている天嶺に祈織も戸惑ってしまっていた。初々しい恋仲同士に見える二人に微笑む通行人すらもいるほどだ。

 我に返った天嶺は、増えていく入学生の姿を見かけて祈織のブレザーを軽く引っ張る。それに気づいた祈織は少しだけ天嶺の傍に寄る。


「どうしたの?」

「早く教室に行こう。周囲の視線が痛くて死にそうだ」

「隠蔽魔法を自分にかければ良いじゃん」

「かけてもいいが……その場合、祈織は何故か立ち続けている変人としての初期評価を頂くことになるぞ」

「……さも当然のように私にかけないのはいじめだと思うんだ」


 湿らせて半目になった目元が天嶺に向けられた。遠くの流れている雲を眺める目で、または覚えの悪い犬の使い道を考えているような目で天嶺のことをただただ見ていた。

 

「別にいじめじゃない。いじりって言うんだ」

「同じでしょ」

「同じ……うん。同じですね。はい」


 よくよく考えれば同じというのを理解した天嶺は、素直に祈織の言葉に賛同を示した。祈織と会ってから既に三十分。長過ぎた会話に頬を引き攣らせながら、祈織の手を取って正門を潜った。

 相手からヒロインを盗むような、少女漫画にもありそうなシチュエーションに、祈織は少しだけ赤らめる。そんな祈織の様子を見向きもしないで、噴水の前に張り出されているクラス表の元に行く。しかしながら、依然として人の数が多く、中々前に入り込めない。


「ここは私に任せなさい。背の小さい人間の出番よ!」


 すると、祈織はその大きくとも華奢な身体を使って人と人のあいまを縫うようにして潜り込んで行った。入る際に「うぎゃっ」と祈織の小さな悲鳴が聞こえたが、どうすることもできない。天嶺はそっと悲鳴に瞼を落とした。我関せずといった風貌だ。

 少しすれば、人によって乱れた髪をそのままにして出てくる。テクテクと小さな効果音が付きそうな走りをして、天嶺の元へと走ってくる。


「天嶺はBクラスだったよ!」

「祈織は?」

「私はAクラス、一緒じゃなかったね」


 声に影が入る祈織の髪を、天嶺はそっと手を乗せる。そのまま跳ねた髪を解くようにして、流して整える。慣れたことなのか、祈織も瞼をつぶって髪を好きのように任せている。


「ん。これでマシになったかな」

「相変わらず髪の扱い上手いよね……彼女でも居た?」

「俺がいる訳ないだろう。祈織のを弄りまくったからだ」

「言い方。言い方すごいよー」


 含みのある言葉遣いに思わず祈織は言葉を突く。ただ、その言葉は冷たくなくて、どこか愉しさが含まれているように聞こえた。

 天嶺と祈織は、人が集っている横を通ってやけに大きい昇降口に入る。中は木製の下駄箱が九列並んでいる。隅には観葉植物が申し訳程度に置かれていた。木製の下駄箱に白い壁と光を阻害するものはなくて、中まで明るい印象を抱く。天井が吹き抜けている訳ではないのに、天井がそれなりに高く、圧迫感もない。ここだけでも過ごしやすい空間だと、すぐに感じることができる。

 AクラスとBクラスの下駄箱は別々の列にある。自身の名前が彫られている金属製ネームプレートの所に靴をしまう。下駄箱一つ一つもそれなりの大きさがあり、革靴と上履き以外に運動靴まで入れられるスペースがある。これはかなり便利だと天嶺はそう思う。

 上履きに履き替えてから、もう一度別れた祈織と会う。


「下駄箱大きい。かなり使えそうだね」

「運動靴も入れられるのは便利。態々袋を用意しなくて済むよ」

「ほんとにそれ」


 下駄箱の先には広めの階段がある。一年生の教室は四階にある。横に三人ぐらい並んでも邪魔にならない階段を上がると、左手側に教室。右側に魔法科目専用の特別教室がある。

 四階の地に足を踏み込むと、教室側から喋り声が聞こえてくる。廊下まで響いている声には驚きながらも、クラスに向かっていく。

 手前からAクラス、B、Cと続いている。Aクラスの前で祈織と一度別れて、天嶺はBクラスの扉を開けた。


 


 

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青紫陽花の魔法術師 依命 @imeisan

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