青紫陽花の魔法術師

依命

プロローグ

 放つ魔法は白かった。


 雪崩のように崩れた建物の中で、白い光が放たれていた。折り重なり、横たわっている人々が、白い焔に触れられていた。そして、燃え尽きていく。平民を初め、貴族や皇族も、勝者も敗者も、骨になってしまえば、結末は誰も一緒だ。磨きあげた地位など、この焔の前では全て等しく無に戻っていくものだ。

 建物の中で、汚れが目立つ幼い少年が煙の様子で視線を上げた。

 漆黒の液に浸した霜のような睫毛。飛ばされた血潮に塗れてなお、黒真珠の冷血たる美しさを流す髪が、幼いからこその柔らかな頬に散りつつも張り付いている。少年の瞳は死地にありながら、または死に間際にあるからこそか、滾るような感情を鋭らせていた。

 

「貴方は……布都ふと家の」


 白き焔は揺らめき、事実確認をするように少年へと囁きかける。

 少年の瞳に反射するのは純白に支配された、濁りのない焔。魅惑的で心を奪われてしまいそうな魔法だった。

 この世の倫理そのものを作り替えてしまった根源。故人を想う哀悼の言葉も、熱をともわなくなった人の頬も、一族の喪服も、その全ても――魔法によって潰れた者は白を纏っている。

 魔法は白い。

 ならば、少年の前に映る白い焔は人間あらず者は倫理か。

 

「……やはり、布都家のご子息様だ。なぜ、こんな場所に。本来であればご自宅で待機のはず。どうして、ここに居る」


 少年は焔によって渇いた口を震わせて、問いに答えを返した。

 少年の前に立つ人間の瞳がぐにゃりと歪んだ。魔法が笑ったのだ。

 

「なるほど。ならば、布都家のご子息様を保護をせねばならない」


 ぱちんと少年を留めていた釘を外した。支えにくい上半身を、ふらつきながらも傷のついた細い足で血を踏み締めて立ち続けていた。ぼたぼたと少年の傷口から血潮が滴る。それでも少年は筋を伸ばして、布都家として恥じないその姿を示していた。


「私がご子息様を育て上げなければならない。なんとしてでも」


 力が抜けたのか、少年は倒れるようにその場に座り込んでしまう。すれば、より少年の元には大量の血潮が巡っていた。


「ここまで、お疲れ様です。残りは……私が」


 魔法がかけられた少年は、意識を緩やかに落ちていく。それから、少年は齢十五歳になっていた。未だに魔法については詰めが甘いが、全ては頭脳で補える範疇だった。

 布都家の血筋として、人生の旅に足を踏み出そうとしていた。

 

 

 

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