パート5: 「夜の街角」

店の戸締りを終えた高雄は、エプロンを脱いでコートを羽織った。時計の針はすでに深夜を指しており、地下通路から続く階段を上ると、都会の夜景が目の前に広がった。


夜の街は、昼間の喧騒とは違う、不気味な静寂を漂わせていた。ネオンの光がビルの壁を滑り落ち、アスファルトに反射している。遠くで響くタクシーのクラクションと、時折吹き抜ける冷たい風。それらが高雄の耳に無機質な音の層として重なっていった。


鯛を抱えて歩いた朝とは違い、手には何も持っていない。だが、肩や指先には、まだ包丁の冷たさや、魚の微かな湿り気が残っているようだった。


足を止めて見上げた先には、無数のビルがそびえ立っている。その頂点には薄い月がかかり、まるでそれらを支配する王冠のようだった。


「適当、か。」


魚屋が言った言葉が頭をよぎる。それは、彼の完璧主義の中では決して許容されない概念のはずだった。だが、今日、店を訪れた彼女――夕の無造作な態度が、その言葉の輪郭を妙に浮かび上がらせている。


高雄は足元に影を作る街灯の光を見つめた。その影は、どこまでも薄く、どこか不安定に揺れているように見えた。


彼はコートの襟を立て、再び歩き出した。その足取りはいつもと変わらない。だが、胸の奥底に芽生えた微かな違和感は、彼を追い続けていた。

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