パート2: 「海松の日常」

都会の地下にひっそりと佇む「海松」は、まるで喧騒を拒絶するかのようだった。狭い階段を下りた先にある木製の扉は、洗練されてはいるが、どこか近寄りがたい静けさを放っている。その扉を開けると、木の温もりと金属の冷たさが奇妙に調和した空間が広がっていた。


カウンターの奥では、高雄が静かに包丁を手にしていた。ステンレス製の調理台の上に置かれた鯛は、その鮮やかな銀色の鱗を、刃先がかすめるたびに反射させた。包丁の刃が肌を滑る音は、細く張り詰めた琴線のようで、店内の空気を震わせた。


「こうでなくっちゃなあ。」


高雄は小さく呟きながら、まるで彫刻家が石を削るような手つきで、魚の身を完璧な切り身に仕上げていった。鱗も骨も無駄なく取り除かれたその姿は、料理の域を超えた美しさを持っていた。


厨房から見えるカウンターの椅子は、どれも微妙な距離感を保ちながら並んでいた。その配置には彼の几帳面さが滲んでいた。彼にとって、この空間は聖域だった。だが、それは同時に、どこか息苦しさを伴う孤独の表れでもあった。


調理が終わると、彼は一瞬だけ動きを止めた。手元を見下ろすその目は、何かを測り、何かを拒んでいるように見えた。


「これでいい。」

自らに言い聞かせるように呟くと、彼は再び手を動かし始めた。


そしてその空間には、再び包丁の音だけが響き始めた。

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