徴税シーズン到来

 秋の収穫が終わり、徴税シーズンとなりました。

 新しく建てた倉には昨年徴収された米が収納されていて、今年分の受け入れ準備に取り掛かっておりました。倉を十棟も建てたのは自分の財産を溜め込むためとばかり思ってましたが、お爺さんは国造くにのみやっこなので施政者としてのお仕事もあったのですね。お爺さんの事を誤解していたみたいです。


【天の声】 誤解じゃないぞ!


 業務のIT化が進んでいない職場では手続きが大変なはずです。コピー機もなく、会計処理ソフトや表計算ソフトは無論、電卓どころかそろばんすらありません。

 ◯◯奉行も◯◯大臣もおらず、一つ一つが手作業&手計算なのです。

 計算が得意だったかなんて、文系女子だった私に聞かないで下さい。得意だったら理系女子リケジョとなって、メガネの似合う知的美人クールビューティーとしてもっと違う人生を歩んでいたと思います。

 とはいえ、現代で事務職だった私としてはお手伝いをしない訳にはいきません。この時代を生き抜くためにも手に職をつけなければならないと思うのです。計算はともかく事務手続きは手馴れたものです。


 年末調整は任せて!


 ◇◇◇◇◇


「ちち様、お仕事手伝う」


「おぉ、娘よ。その気持ちだけで十分じゃ。習い事に励むが良い」


「ちち様と一緒に仕事したい。お仕事も将来のため大切」


「おぉぉぉ、何て良い子じゃ。そなたの様な娘をもってワシは幸せ者じゃ。ならば納税の記録を頼むとしようかの。字は書けるんじゃよな?」


「嬉しい。頑張る」


 ちょっとした事ですぐ感動してしまうチョロいお爺さんのおかげでお手伝いポジションゲットです。

 しかし、納税の事務手続きとなると大切なのは事前準備。まずは税のルールを把握しなくてはなりませんね。そのためにも先ずは過去の記録をチェックしましょう。


「これまでの記録、欲しい」


「ふむ、そちらの箱の中にあったかのう?

 ……おぉーあった、あった。これじゃ」


 手渡された箱の中には10枚ほどの木簡に、汚い字でびっしり書き込まれたメモ書きのようなものがありました。木簡メモには納税者の名前と税の目録が書いてあります。

 ……いえ、書いてあるだけですね。これは。

 ぱっと見ですが、規模は130世帯人口1000人弱くらいです。役職名でこそ「国造くにのみやつこ」ですが、現代の感覚では町長さんか村長さんみたいなものかも知れません。


「これ去年の? その前の年、そのまた前の年、どこ?」


「その木簡が昨年使ったものじゃ。表を削って毎年使い回しておる」


 これはいけません。記録が残っていないなんてありえません。たぶんこの時代には戸籍や住民票も無かったと思われます。記録どころか規律すら無いに等しい状態です。これは元・社会人しゃちくとして許せない由々しき事態です。


 現代には『おカネで解決できる問題はおカネで解決する』という金言がありました。(※ただしおカネがあれば)

 お爺さん、成金の本領発揮です!


「ちち様、紙欲しい」


「ん?大丈夫じゃ娘よ。今は短くとも1年もすれば伸びてくる」


「髪、違う。書き物をする紙」


「紙? はて、習い事に使っておらなんだかな?」


「お仕事に使いたい。100枚欲しい」


「なぬ!100枚とな?! どうしてそんなにたくさん必要なのじゃ?」


「記録するのに必要。木簡、あれ記録じゃない。落書き!」


 するとお爺さんは少し考え込んでからこう答えました。


「ふむ……

 今は手元に10枚程しか紙はないが、明日までに残りを用意しよう。なに、紙は貴重かも知れぬが娘には考えがある様じゃ。一生懸命仕事に取り組むそなたをワシは嬉しく思うぞ」


 (意訳:うーむ、娘には何か思うところがありそうじゃ。

 紙は貴重じゃが、今のワシにはケツをふくのに使っても惜しいとは思わぬ。百枚の紙を何に使うかはわからんが、ここで娘の心象を良くする為にも一つ太っ腹なところを見せるか。気のせいか本当に太っ腹になっている気もするが……)


 え? いいの?

 自分でも無茶だと思っていたのでものすごく意外です。でもホントに嬉しい。最大級の賛辞でお礼しなくてはいけませんね。


「ちち様、嬉しい。さすがちち様、さすちち」

 (訳:すごい。お爺さんってば理想の上司みたい。 上司というものは部下の意見を否定することで自分を偉そうに見せると考えるくせに「◯◯社の人はこう言ってたよ」と赤の他人の意見は無条件で信じる愚鈍な人を指すのが現代の常識でした。私が勤めていた会社の課長とは月とスッポン、地デジのフルハイビジョン放送とビデオの3倍速再生、TWILIGHT EXPRESS 瑞風と南海汐見橋線くらいに違います。)


【再び天の声】意訳が長い! VHSの三倍速を知っている主人公かぐやは本当に令和のアラサーか? そもそもどうして汐見橋線?


「わーはっはっはっは、娘のためならば何を惜しむものか。何なりとこの父に頼むが良い」

 (意訳:わーはっはっは、尻を拭く程度のもので娘の尊厳を得られるのなら安いモノじゃ。頼み事なら何でも言ってくれ。出来るだけ楽な要求リクエストなら言う事ないわい)


◇◇◇◇◇


 さて、お爺さんにお願いしました紙が届きました。いよいよ帳簿の作成を開始します。……が、その前に大きな問題が。

 この時代の税務会計処理はどのように行われていたのでしょう?

 西暦701年に発令された大宝律令によって律令制が始まった事は学校の授業で教わった通りです。つまり全国規模での税制の運用はまだ先という事なのです。しかも讃岐ここは中央ではありません。大学時代も律令制以前の税務について調べた事はありましたが、殆ど分かりませんでした。地方行政となると尚更です。

 分からないのであれば自らの足で調べるしかありません。何せ大学時代に分からなかった事が、ここでは現実リアル調査インタビュー出来るのです。

 ただしお爺さんはアバウトな人なので後回し。秋田様は忌部いむべの氏族の方、例えて言えば個人事業主みたいなグループに属しているので違う税務システムっぽい感じがします。一先ず、屋敷に居る家人の人達に手伝って貰いましょう。聞きやすい人に聞く。頼みやすい人に頼む。社会人スキルの一つですね。


 ◇◇◇◇◇


「教えて」


「ひ、姫様。このような場所にどの様なご要件で」


 いえ、土間で土下座したら汚れるでしょ?


「立って。教えて欲しい事がある」


「へ、へえ、失礼します。お姫様、何で御座いますでしょうか?」


「ちち様への納め物、どうやっているか知ってる?」


「は、はい、存じております。ウチのオヤジが米と布を納めております」


「オジサンのちち様、どれだけ納めているの?」


「たしか米を二斗(※)、布を6反、収めさせて頂きました」


「税率は?」


「ぜ、ぜいりつ? 申し訳ございません。ゼイリツとは何で御座いしょう?」


 うん、税金の仕組みを全然知らないみたい。多分、言われた量を納めているんだわ。


「ありがと。お仕事頑張って」


「ははぁ、勿体ないお言葉を」


 いえ、全然勿体なくないから。それに性格の良い悪役令姫かぐやひめを目指すためにはこうしたコツコツとした努力が必要ですの、よ。

 オーホッホッホ……けほんけほん。


 ◇◇◇◇◇


 次はお婆さんですね。何となくですが、お婆さんは家柄の良いお嬢様だった人が頑張って家事仕事をしている様な感じがするのです。家人さんも増えたので、お婆さんにはもっと楽をして欲しいと思っております。


「はは様 、教えて」


「おや、どうしたんだい。おやつが欲しいのかい?」


 お婆さんの中では私は食いしん坊になっているのかしら? お食事でをおかわりした印象が強いみたいです。


「ちち様のお仕事を手伝いたいの。だから税率を教えて欲しい」


「税率かい。もうそんな季節なんだねぇ。いいとも、何でも聞きなさい」


 やはりお婆さん、只者ではございません。"何でも"の言葉にそこはかとない自信が感じられます。スチャラカなお爺さんには勿体ない方ですね。


「はは様、ありがと」


 やはり真の領主様はお婆さんで間違いなそうです。

 そして色々と聞いてみて分かった事は、社会科で習った租調庸・雑役とあまり違いが無いこと。つまり農地に掛かる地税と、成人に掛かる人頭税、そして労働や軍役などの奉仕活動。この三本立てですね。

 ただし奉仕活動に関しては、新しいお屋敷の建築の時に動員したので今年分は納税済みです。


 まず地税。

 地税に関しては豊作不作関係なく、一戸あたりに与えた田畑5反に対して一定税率です。一戸とは家単位で、どんなに人が多くても、どんなに人が少なくても一戸は一戸です。だいたいおじいさん、おばあさん、家長さん、奥さん、子供3~5人と言うのが一般的みたいです。

 5反がどのくらいの広さか分かりませんが、収穫するお米だけでは家族全員で食べていくのがやっとなので、田畑じゃない荒れ地でキビとかアワを育てている様です。


 そして人頭税。

 男女に関わらず、成人1人に対して布を2反納めます。しかし人頭税の根本は住民数の把握なのですが、これがかなりいい加減でした。何せ二十五年くらい前に調べたきりとの事でした。

 私の二十五年前といえば、幼稚園児だった私が両親に「たま〇っち買ってぇ~」と泣き叫んでいた記憶があります。

 ……じゃなくて、この時代の二十五年前。

 その時生まれた赤ん坊が成人して子供をポコポコと産んでいます。

 その時二十五歳だった人は人間五十年を迎えて、夢幻の如きになっています。

 要は世代が変わっているのです。それなのに人頭税が変わっていないというのは少し許せないモノを感じますね。

 私の中に残っている会社員シャチクの血が疼いてきました。

 勤めていた会社は週休二日、有給休暇年20日、有給消化率80%、期末以外残業なし、サビ残厳禁、内部通報制度完備のホワイト企業でしたけど、薄給で飼われていたのは違いありませんでしたから社畜で間違いないです。


 ◇◇◇◇◇


「ちち様、調べたい事ある。お出かけしたい」


「何と!娘よ、それはあまりに危険じゃ。外の世界は飢えた狼みたいな輩がいっぱいじゃ。調べたいのならワシに頼むがええ!」


 予想通り却下ですね。確かにこの時代は危険に満ち溢れています。力あるものは富み、力なきものは虐げられるのが当たり前、『力こそ正義ヒャッハー』を地でいくような時代です。貧しい人達だけが危険にさらされるのではありません。

 歴史を紐解いても、かの物部氏が排除された丁未の乱から、大友皇子おおとものおうじ大海人皇子おおあまのおうじが争った壬申の乱までの約百年間は、嫁姑戦争さながらのドロドロとした権力争いが絶えず、あちらこちらでドンパチしていたみたいです。


【再び×2天の声】古代の戦争に鉄砲ドンパチはありません。


 とはいえ、引きこもりはハッキリ言って嫌です。自室でゴロゴロするのは決して嫌いではありませんが、ここではゴロゴロする事も出来ません。なんてったってアイ……お姫様ですから。

 引きこもりの必須アイテムのスマホもパソコンもテレビも何も御座いません。しかも外の世界では、学生時代に探しても探しても見つからなかった飛鳥時代の資料が現実リアルの民衆の生活として垣間見れるのです。

 今外に出なくて何時外に出るのでしょう?

 今でしょ!


「危険知ってる。でも大人になったらもっと危険」


「うーむ、娘よ。何故外へ行きたいんじゃ? 何を調べたいんじゃ?」


「田んぼ、畑、家、人、全部調べたい。民衆の生活知りたい」


【再び×3天の声】

 かぐやの言葉を聞いて爺さんは考えた。

『確かに年頃になった美しい娘が外を出歩くのは危険極まりない。とは言え、幼子と言えども見目麗しい娘は人さらいの格好の餌食にされかねん。

 反対するのは簡単じゃ。じゃが何でも頼むがええと言ってしまった手前、無下には出来ぬ。何より一度も外に出たことの無い娘が、宮中で世渡り出来るとも思えぬ。ここは一つ、子獅子を千尋の谷へ突き落とす親獅子のつもりで試練を与えてみるか』

【天の声おわり】


「娘よ、分かった。じゃが護衛を付けよう。秋田殿なら民衆の生活に詳しいから同行して貰えるよう頼もう。現地に詳しい者を加えよう。日差しが強いから傘持ちを付けよう。道が良くないから牛車は無理じゃが、御輿を用意しよう。

 いいかな?」


「御輿はいらない。でも他はありがとう。ちち様、やはりさすが。さすちち」


「わーはっはっはっは、娘のためならば何を惜しむものか。何なりとこの父に頼むが良い」


【再び×4天の声】

 実に生温い千尋の谷であった。



※補足説明

 1斗=10升、1升=10合、1合=150gで計算すると、2斗≒30kgくらいになります。ただし飛鳥時代の単位が後の時代に合っていない可能性は大いにあります。(升の大きさが統一されたのは秀吉の時代とのことです。)

 ここでは単純に一戸あたり5反の田んぼから約600kgのもみ殻付きのお米が収穫出来て、5%を小作料として徴収するものとして計算しました。

 ちなみに現代ならば、田んぼ1反から500kg以上の白米が収穫できます。

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