第4話 ウエイトレスのマリー。
「いらっしゃいませー」
「ご注文お伺いしますー」
「お待たせいたしましたー。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
お店のフロアを忙しく動き回る。
注文をとり、お料理をお出しし、お皿を片付ける。
合間に何かお客様にお困りごとがないか。カトラリーは足りているか。サービスのお水やナプキンは行き届いているか。
床は汚れていないか。
テーブルは綺麗か。
あかりはちゃんと照らしているか。
お客様一人一人にも目を配り、喜んでくれているか、快適に過ごしてくれているか、そんな様子を確認しながら全体を見渡す。
もちろん働いているスタッフにもちゃんと意識を向け。
オーバーワークになっていないか、困っていないか、ちゃんと笑顔で働けているか。
そんなところにも注意を向けながら。
そうして自分でも、お店中に笑顔を振りまいて。
明るい声で応対して。
お店の雰囲気を損なわないように頑張っていた。
わたくしがここで働ける時間はピークタイムの数時間だけではあるけど、終わると結構クタクタに疲れる。
それでもそれは、やり切った満足感と達成感にまみれた心地よい疲れだ。
侯爵家でのお仕事もやりがいもあったし大変なお仕事ではあったけど、それでもお仕事自体を辛いと思ったことはない。
でも、旦那様、ジュリウス様に「いらない」と言われてしまうと、心が挫ける。
(そっか。わたくしはもう、侯爵家では要らない人間なのだわ……)
離婚まではあと一年の猶予があるとはいえ、もうあまり口を出さない方がいいのかもしれない。
三年間白い結婚、清い関係を続けた夫婦は、本人たちが望めばその結婚がなかったこととしてみなされる。
政略結婚、親や親戚らの犠牲者として望まぬ結婚をした夫婦にとって、その婚姻自体をなかったことにしてやり直せる方法、それが白い結婚による結婚破棄法の存在だった。
だから彼は言ったのだ。
「第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
と。
もちろん政略結婚であっても長く仮面夫婦としてつれそう関係も多くあった。
貴族にとって、政略結婚などごく当たり前にある結婚の形なのだと言うことも理解できる。
わたくしだって、ジュリウス様さえ許してくださるのなら、このままずっと彼のおそばで過ごしたかった。
でも……。
彼は、それを望んでいないのだ。
仮に一年後、わたくしがどうしても嫌だと言えば離縁はされないかもしれない。
それでもたとえ形式だけの夫婦でいられたとしても、彼には一生冷たくあしらわれるだろうと想像がつく。
それは、いや。
それは、悲しい……。
そんなことを考えながらも笑顔を絶やさないように気をつけフロアを回っていた。
「いらっしゃいませー」
ふっと、全身真っ黒なマントを被ったお客さんが来店するのが目に映った。
最近よくお見かけするようになったお客さん、ちょっと貴族ふうなんだけど、髪もお顔も深々とマントを被っていてよく見えない。
いつも端の窓際の席に座るそのお客さん。
最初の頃は数人で来ていた気がするけど、最近はもっぱらお一人だ。
「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
わたくしは笑顔でお客様にメニューの冊子を手渡しし、
「お決まりになりましたらお呼びくださいませ」
と一礼して席を離れようとした。
「あ、いや、おすすめディナーを頼む」
ボソボソっとそうおっしゃるお客様。
「セットのお飲み物はどういたしましょう」
「珈琲で。食事の後でいいよ」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
本日のおすすめディナーは若鳥のソテーにオニオンスープ。ガーリックトーストとたっぷりのサラダも付いてくる。お値段はリーズナブルだけれどボリュームたっぷりで、働く若者に人気のメニューだ。
ボリュームだけじゃなくお味も濃いめになっている。いっぱい汗をかいて働く人にはこれくらいの味付けが好まれるわけだけど、目の前の紳士にはちょっと似つかわしくないんじゃないかな。そんなふうにも思いながら厨房にオーダーを通した。
「ねえ、そこの貴族風な常連さん、普段は何を注文していたか覚えてる?」
「わりと軽食系が多かったような気がしますよ。ガッツリ食べていかれた覚えはありませんね」
「そっか。じゃぁ」
普段お店を回しているフロア長に尋ねるとそういった返事。
でも、それなら。
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