第3話 お化粧。
この後、わたくしは「ウエイトレスのマリー」としてお店のフロアに立つ。
店長のガレンさんは最初あまり良い顔をしなかったけど、それでもオーナー権限で強行したわたくし。今では同僚のサリーたちともすっかり打ち解けマリーとしての姿を楽しんでいる。
もともと、わたくしはおもいっきりの童顔で、平民顔だった。
そもそもお母様がもと平民で、お父さまと恋愛結婚だったのだけれど(結婚する際には一応別の貴族の養子になってから結婚したわけだけど)そんなお母様の血を色濃く受け継いだわたくしは、他の貴族の子女のような綺麗な髪色も真っ白な肌も高い鼻も切れ長の目も持っていなかった。子供の頃は、同い年の貴族令嬢がお人形のように綺麗で長いまつ毛がファサっと揺れるのを見るたびに随分と落ち込んだものだ。
「お母様。わたくしのお顔はどうして他の子とこんなに違うの?」
綺麗で美人なお母様、お貴族様風にハンサムなお父様。そんな二人の子供であるはずなのに、わたくしの顔はあまりにも素朴で華がない。
まだお化粧も知らない子供の頃。
そうお母様に泣いて訴えた。
「バカね。マリエルはこんなにも可愛いのに。わたくしの子供の頃にそっくりなのよ。あなたは」
お母様はわたくしのほおをむにゅっと摘んでそう言った。
「むむむ、おかあさまやめてくらさい……」
「ふふ。ぷにぷにのほっぺね。お肌ももちもちでスベスベだわ。そうね。まだお化粧をするにはちょっと早いかもしれないけど……」
お母様はわたくしの瞳をじっと見つめて。
「あなたを他の貴族たちにお披露目する頃にはちゃんとお化粧を教えてあげるわ。7歳には貴族院の小等部に通うことになりますからね、それまでには最低でも自分でお化粧を直せるようにしなくっちゃね」
「お化粧?」
「そうよマリエル。貴族の娘は隙を見せちゃいけないのよ。どこに出ても完璧なお嬢様でないとダメなの」
そういうとお母様、論より証拠とばかりにさっと立つとドレッサーの前に座って自分のお化粧を落としてみせた。
「おかあさま!!?」
思えば物心ついてからお母様の素顔をじっくり見たのはこの時が初めてだったかもしれない。
普段は貴族らしく切れ長の瞳でまつ毛も長く、鼻筋もスッとして美人なお母様。
それが、どうだろう。
お化粧を落としたお母様は、美人というより可愛らしいお顔に見えた。
「お母様、ほんとにお母様??」
「バカね。ほら、わたくしのお顔をよく見て。あなたによく似ているでしょう?」
そう言われてよく見たら確かに、目とか鼻とか口元とか、そういったパーツはよく似ているかもしれない。ううん、全体的な雰囲気も、似ているかも……。
「安心しなさい。マリエル。あなたもお化粧さえちゃんとすればどこに出しても恥ずかしくないほどの貴族令嬢になれるから。ふふ。そのもちもちの肌を隠してしまうのはちょっと勿体無いのだけれどね」
「ほんと? お母様。わたくしもお母様みたいになれる?」
「なれるわ。頑張ってお化粧を覚えれば大丈夫よ。貴族の令嬢にはね、社交界に七人は敵がいるものなのよ。そんな貴族社会を渡っていくにはお化粧っていう鎧が必要なの」
小等部に通い出した頃はお家を出る前にお化粧をしてもらい、学院で汗をかいて崩れてしまった時にはなんとか自分で応急的に直す。そんなところから始めて。
10歳で中等部に上がる頃にはすっかりお貴族様な装いが身についていた。
13歳から15歳の間の貴族院高等部では、もうすっかりと一人前な令嬢として見られるようになっていたのも感じていた、けど。
すでに表向き婚約者だったジュリウス様からは最後まで一度もダンスに誘ってもらうこともなく卒業。
そのまま流されるように形だけの夫婦に収まったわけだけど……。
お化粧は、わたくしにとって貴族として生きていく上での鎧だった。
ジュリウス様にちゃんとした奥さんとして認めてもらうためにも、わたくしがちゃんとした貴族でなければいけない。そんな思いからも彼にさえ素顔を見せることができないでいたのだ。
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