第4話
そして迎えたサークルの広報イベント当日。大学の中庭に設置したステージやブースは、華やかな装飾とにぎわいであふれている。ショウコがリーダーシップを発揮し、メンバーたちも目まぐるしく走り回っている。
「よーし、SNSライブの準備は万全よ。あっちのブースとの連携も頼むわ、カナメ!」
「任せてください!」
この一週間、俺も連日連夜の打ち合わせや準備を続けてきた。今日は全力でサポートだ。
ところが、イベントが始まってしばらく経ったころ、突然SNSのタイムラインが荒れ始めるという報告が。
「ハッキングの件が再発か? 何か変な投稿が急に出てるみたいだ!」
メンバーの一人が焦った声で駆け寄る。ステージを盛り上げるショウコの耳にもその情報が伝わり、彼女は一瞬顔を強張らせる。
「ここでトラブルなんて、まずいわ……。いま来場者が増えてきてるところなのに」
「ショウコさん、落ち着いて。俺が状況確認してくるから」
俺は手早くスマホを取り出し、サークルのアカウントをチェックする。確かに誹謗中傷やデマのような投稿が拡散されている。どうもライバルサークルが裏で仕組んでいるらしい。
だが、ここでパニックを起こすわけにはいかない。バイトで学んだクレーム対応術を活かし、俺は次々と対策を打ち出していく。
「会場にいるスタッフに呼びかけて、現場の混乱を抑えるようアナウンスしましょう。あと、公式アカウントからすぐ訂正ツイートを発信だ。従来のファンも巻き込んで、ネガティブ投稿を打ち消す!」
ショウコも「わかったわ。こっちも切り替えて動く!」と声を張り上げる。勢いある指示が飛び交い、サークルメンバーが一致団結して混乱を最小限に抑えていく。
それでも、イベントを楽しみに来たお客さんの一部は不安そうだ。俺は人だかりになっているブースの前で声を張る。
「大丈夫ですよ、ちょっと誤解が広まっただけなので! 今、きちんと訂正中ですから、ぜひステージを楽しんでください!」
笑顔でアピールしつつ、ちらりと見るとショウコがステージ上から客席を盛り上げている。あのキツめの口調は封印して、優しい語り口でイメージアップを図っているようだ。
なんとかその場を乗り切り、イベントは終盤へ。無事に大盛況……とまではいかないが、最悪の事態は回避できた。
イベント終了後、人影もまばらになった倉庫で、ショウコと俺は物資の片づけをしていた。夜のキャンパスは肌寒く、倉庫の中はしんと静まり返っている。
「はぁ……疲れた。だけど、今日のトラブルがあってもなんとか成功と言えるかな」
「そうですね。あのまま炎上したらどうしようかと思ったけど、ショウコさんがステージでうまく盛り返してくれたから」
「いや、あんたのおかげよ。クレーム対応術なんて普通の学生じゃそうそうできないでしょ」
そう言われて照れる俺。ショウコは疲れ果てた様子で倉庫の壁にもたれかかり、ハァッと息をつく。
「はぁ……ほんと大変だったわ。でも、これで少しはあのサークルに見返せたかも」
強気な瞳が揺れて、わずかに艶っぽい空気を醸し出す。外ではメンバーが打ち上げ会場に移動しているが、俺たちはここで二人きり。
そんな状況だからこそ、妙に意識してしまう。彼女も疲れ切っているはずなのに、俺の方へ視線を向けたまま動かない。
「……本当にありがとう。私のわがままに付き合って、ここまで助けてくれるなんて。どうしてそこまでしてくれるの?」
ショウコがゆっくり歩み寄る。その瞳には感謝と、それ以上の感情が混ざり合っているように見える。
「それは……ショウコさんが困ってたし、俺が恩返ししたかったっていうか……でも、正直、それだけじゃないかも……」
俺の胸が高鳴っていく。二人だけの閉ざされた空間、互いの呼吸が微かに混ざり合う。
やがて、ショウコは小さく微笑むと、そっと俺の胸に手を置いた。その仕草だけで電流が走るような衝撃。
「ふふ、そっか……。でも私も、あんたのことを信じられるようになったわ。だから……」
言葉の続きを聞く前に、俺たちは自然に距離を詰める。ゆっくりと唇が重なり合う、一瞬の甘い陶酔。
長いキスの後、ショウコが目をうるませながら言葉を紡ぐ。
「……私、海外インターンがもし決まったらどうしようって、正直怖くて……。カナメと離れちゃうのって、こんなに辛いんだって思ってしまう」
「ショウコさん……」
俺は彼女の細い肩を優しく抱き寄せる。イベントは成功したけれど、彼女の中にはまだ迷いがあるんだろう。俺はその迷いごと受け止めてあげたいと思ってしまう。
「大丈夫です。俺は、ショウコさんの夢も応援したい。それに、離れても心は繋がれる……かもしれないし、ね」
そこまで言うと、ショウコは俺の胸に顔を埋めて、小さな声で「ありがとう」と呟く。
もうこのまま何もかも忘れて、この倉庫で深く求め合ってしまいたい衝動に駆られる。でも、まだ俺たちは境界線を残している。
この先どうなるのかはわからないけれど、とにかく今は、ショウコを抱きしめる腕の中に確かに愛おしさを感じている。
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