第5話

 イベントから数日後、ショウコの海外インターン最終面接がいよいよ翌日に迫った。彼女はいつものキリッとした表情を保っているけれど、どこか落ち着かない様子だ。


「明日か……大丈夫ですって、ショウコさんなら絶対うまくいきますよ」


「そう簡単に言わないでよ。私だって落ちるかもしれないし、何より……受かればカナメとしばらく離れ離れじゃない」


 そうつぶやいて、ショウコは軽く唇を噛む。彼女は本当に悩んでいるんだな、と改めて感じる。


「まあまあ、そんな暗い顔しないでください。俺が少しでも気分転換できるように、いい場所に連れていきますよ」


「え……どこ?」


 俺は「車、借りてきました!」と笑顔を見せる。バイト先の先輩が免許持ってて、車を貸してくれたんだ。ショウコの気分を明るくしたかった。


 夜の高速道路を走り出す。窓の外はネオンやヘッドライトが煌めいて、非日常を演出してくれる。ショウコは助手席で「こんなの初めてかも」とぼそりと呟く。


「ふふ、カナメが運転する車で夜景ドライブなんてね。学生同士なのに、ちょっと大人のデートみたい」


「はは、そうっすね。まあ借り物だけど……」


 そして車を降りた先は、海辺の駐車場。夜の海は静かで、潮の香りが鼻をくすぐる。


 ショウコと並んで海辺を歩きながら、満天の星空と街の灯りを眺める。彼女は無言のまま手を伸ばして、俺の腕をそっと掴んでくる。


「ねぇ、カナメ。私、このままこっちにいたいって思っちゃう。海外行くのが嫌とかじゃなくて、怖いの……あなたと離れるのが」


「ショウコさん……」


 そう言われると、正直俺も胸が締め付けられる。こんなに惹かれ合っているのに、いきなり遠距離かもしれないなんて。


 だけど俺は、彼女の夢を奪うようなことはしたくない。だからこそ、こうして海を見ながら静かに言葉を選んだ。


「でも、ショウコさんは自分の可能性を試したいんでしょ。俺はそれを応援したい。たとえ離れても、応援してるから」


「……ありがとう。でもね、やっぱり寂しいのよ」


 ショウコが俺の肩にもたれかかり、まるで不安を隠せない子供みたいだ。普段の強気な彼女とのギャップが愛しくて、俺はその頭をそっと撫でる。


 車に戻った後も、エンジンはかけずに後部座席に移り、俺たちは静かに抱き合う。夜の闇が二人を包み込み、呼吸と心臓の鼓動が交差する。


 ショウコが小さく囁く。「……こんなに甘えちゃダメだよね。もっとシャキッとしないと、明日の面接に受からないわ」


「いいですよ、今は甘えて。明日頑張るためにも、今日は少しリラックスしましょう」


 そう言いながら、俺たちはゆっくりと唇を重ねる。車内のシートが軋む音、ショウコのかすかな吐息。五感が研ぎ澄まされて、彼女の体温を余すことなく感じ取る。


 いつも強気な彼女が、今だけは俺に体を預けている。その事実が愛おしくて、もっと深く確かめ合いたくなる。


 けれど、ここは駐車場。あまり派手に動ける場所じゃないし、俺も冷静にブレーキをかける。


「……落ち着きましょうか。ショウコさんが本気になったら、俺も止まらなくなりそうで」


「ふふ、そうね。ありがとう、カナメ。私、明日は絶対受かってやるわ」


 その決意表明を聞けただけで、俺は満足だ。俺は彼女の背中をさすりながら、「応援してます」と穏やかに微笑む。


 こうして夜の海辺での束の間のドライブは、ショウコにとっても俺にとっても特別な時間になった。少しでも彼女の支えになれたなら、それが俺の喜びだ。

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