著名人の来店イベントで大はしゃぎするロリババア

 馴染みのパチ屋『アンラッキー』に著名人がやってくるという。

 来店イベントは店側からすれば大勢の集客が見込め、客も著名人を間近に見ることができるゆえ、双方にとって利のあるものじゃ。


 じゃが、パチ屋を取り巻くイベント規制の波は年々厳しくなっており、既にこうした射幸心を煽るイベントは全面的に禁止されておる都道府県も多い。幸い儂が住んでおる地域はまだイベントが許されておるが、それもいつまで持つかは分からん。

 

 どこの馬の骨とも知れぬパチスロライターであれば儂は歯牙にも掛けぬのじゃが、今回ばかりは事情が違った。

 なぜならあの『怒りん坊将軍』主演の真平円まったいらえんがやってくるからじゃ。


 これは全力で参らねばならぬ。


 何を隠そう、儂は真平円の大ふぁんなのじゃ。

 あの精悍な顔つきに凛々しい眉毛。あれぞ男よ。

 儂は主に頼み込んで時代劇の専門番組に登録してもらい、パチスロで勝った金や小遣いからDVDも収集しておる。家で暇な時はほとんど真平殿の出演作を見ておるといってもよい。


 そんな真平殿がしょぼくれた田舎の『アンラッキー』にやってくるのじゃ。

 しかも『ジャンケン大会』なるものに勝てばサインにありつけるという。

 これは主を質に入れてでも勝ちに行かねばならぬ。


 「絶対に負けんッ!」


 儂は気合充分でアンラッキーへと向かうのじゃった。



「おっ、鈴ちゃん。やっぱり来たんだね」


 店に着くと、既に常連客の徳一が並んでおった。


「無論じゃ。ずっとこの日を心待ちにしておったからの。ところで弦はどうした?」


 あの巨体の姿が見えなんだ。

 あやつも真平殿のサインは欲しいはずじゃ。


「弦ちゃんは用事で来られないんだってさ」


「くふふ、そうか。後でサインをたっぷり自慢してやろうかの」


「ひゃっひゃっひゃ! もらえるといいねえ!」


 徳一がいつものように何本か欠けた歯を剥き出しにして笑った。


 真平殿の来店は昼の2時からじゃ。

 さすがの儂も今日ばかりはソワソワしてパチスロが手につかんかったわ。


 イベントで著名人を呼ぶのは金がかかるので出玉を出し渋る店も多いのじゃが、アンラッキーは景気良く出してくれる。優良店と呼ばれておる所以じゃな。

 その分、翌日からの回収が厳しいのでしばらくは警戒が必要じゃろう。


 そして迎えた昼の2時。


「お待たせしました! ただいまより真平円さんの来店イベントを開催いたします! サインを希望されるお客様は中央までお越しください!」


 いよいよじゃ!

 店内アナウンスが聞こえ、儂らは店の中央広場に集まった。


 200人ぐらいおるじゃろうか。かなりの人数じゃ。

 儂は背が低いので、こうして大勢の男衆に囲まれると視界の確保に難儀する。

 

 ええい、臭いのじゃこやつら。

 ちゃんと風呂に入っておるのか?


 儂が悪態をついておると、司会を務める店の者がマイクを握って壇上に立った。


「みなさーん! 真平さんは好きですかー!?」


「好きじゃあ! 大好きじゃあああ!」


 まばらに声が上がる中、儂は一際大きな声を出した。


「じゃあ真平さんのサイン欲しい人ーッ!?」


「欲しいのじゃ! 欲しいのじゃー!」

 

 儂は手を高く挙げて童子のように跳びはねた。


「おっ! お姉さん元気いいですねー!」


「当然じゃー!」


 顔見知りの店の者は儂を見た際に一瞬嫌な顔をしよったが、儂が賑やかし要員として役に立つことも知っておるので割り切ったようじゃ。


 ひひひ、賢明じゃな。


「えー、真平さんといえば『怒りん坊将軍』ですね。世代を超えて愛される真平さんの代表作といえます。当店でも『CR怒りん坊将軍』『パチスロ怒りん坊将軍』は大人気でございます! みなさんにもぜひ触れていただきたいですね」


「御託はよいからさっさと呼ぶのじゃああああ! 早うせいッ!」


 しびれを切らした儂が大声で叫んだ。


「もうみなさん待ちきれないようですね! ではご登場いただきましょう! みなさん拍手でお迎えください! 真平円さんです!」


「待っておったのじゃー!」


 盛大な拍手が巻き起こり、真平殿がやってきた。

 おお……なんというオーラじゃ。

 さすがに『怒りん坊将軍』の頃よりは老いておるが、あの目力は健在じゃ。


「皆様こんにちは。真平円です。初めまして」


「初めましてではないのじゃー!」


 画面で何度あの勇姿を見たことか。

 悪代官共を情け容赦なく斬り捨てる真平殿は男の理想像じゃ。


「当店『アンラッキー』をご覧になっていかがですか?」


「すごい熱気ですねえ」


 真平殿が驚いたように言った。

 儂に言わせれば熱気ではなく臭気が漂っておるのじゃが、この辺りはさすがに大人の対応といったところじゃろうか。

 その後5分ほどトークが行われたのじゃが、儂は一言一句聞き漏らすまいとメモ用紙に記入した。


 そして……。


「さぁみなさん! ただ今より『ジャンケン大会』を始めさせていただきます!」


 いよいよサインを懸けたジャンケン大会が始まるのじゃった。


「儂は負けん! 絶対に勝つ! 絶対に負けたりなんてしないのじゃ! チンカス共覚悟せい! 儂が成敗してくれる!」


 自らの両頬をバチンと叩いた儂の奇行……じゃのうて気合に周囲の人間は恐れをなしたようじゃ。ひひひ、勝負は既に始まっておるのじゃ。


「サインは10名様までとさせていただきます! ルールは簡単です! 今から真平さんと一斉にジャンケンをしていただき、勝った人だけがお立ちになったまま残ってください! 負けや引き分けは脱落とさせていただきます! 解散していただくか、その場にお座り下さい! ズルはいけませんよ! ズルは! 不正はちゃんと見ていますからね!」


 ふむ、勝率は3分の1か。


 こんなものは馬鹿正直に勝負しておったら運がいくつあっても足りぬわ。

 となれば、後出しギリギリを攻めてくれる。

 スロットの目押しで鍛えた儂の動体視力と獣の反射神経をフル活用すれば可能なはずじゃ。


「ではさっそく参りましょう! 最初はグーでいきますよー? 最初はグー! ジャンケン!」


「パーじゃ!」


 真平殿がグーを出すのを見切った儂は即座にパーを出した。

 この時点で過半数は脱落じゃ。

 会場は歓喜の声と怨嗟の声が入り混じっておった。


「あっ! そこのお父さん今チョキ出してたでしょ! ズルはいけませんよ!」

 

 目敏い店の者が不正を働こうとした中年男を糾弾した。

 ひひひ、いい年こいた大人がみっともないのう。

 ま、どうしてもサインが欲しいというその気持ちは分からぬでもないがな。


 中年男は肩を落として去って行った。

 ひひひ、いい気味じゃ。


「さぁ気を取り直して2回戦に参りましょう! 最初はグー! ジャンケン!」


「チョキじゃ!」


 真平殿のパーに対して儂はやや遅れてチョキを繰り出した。

 これで2連勝じゃ。


 じゃが……。


「あー! お姉さん今チョキ出すの遅くなかったですか!?」


「遅うない! ぎりぎりせーふじゃ!」


 くっ、今回のはやりすぎてしもうたか。

 人数が減ってくれば後出しも目立つ。


「ははは、まぁいいじゃないですか。セーフということで」


 じゃが、ここで寛大な真平殿が助け船を出してくれた。


「真平さんがそう仰るなら……」


「さ、さすが真平殿じゃ! いよっ! 男前! 日本一! 女殺し!」


 危ないところじゃった。首の皮一枚繋がったわ。

 次はないと思った方がよいじゃろう。


 残っておる人間は30人ほど。

 上手くいけば次が最後じゃ。


 これに儂の想いを乗せる!


「では3回戦行きますよー! 最初はグー! ジャンケン!」


「チョキじゃ!」


 儂は再びチョキを繰り出して勝利した。

 2回連続でパーが来ると予想しておった者は少なかったのじゃろう。

 

 これで一気に10人を割り、儂はサインをもらえる権利を得た。


「はい! ここまでとさせていただきます! 勝利された方は今から真平さんのサインと記念撮影がございますのでこの場にお残りください! いやー、大盛り上がりでしたねえ! ありがとうございました!」


「やったのじゃあああああ!」


 儂は嬉しさのあまり小躍りした。

 正々堂々と勝つのは気持ちが良いものじゃな。


「おっ、鈴ちゃんも勝ったんだね。おめでとう」


 常連客の徳一がニコニコ笑いながら話しかけてきた。


「ほぅ、ということはお主も勝ったのじゃな。やるではないか」


「ひゃっひゃっひゃ! 実はちょいとばかり後出しを……」


 ブルータス、お主もか。


「なっ!? ズルい男じゃのう。儂みたいに正々堂々と勝負せんか」


 儂もまともに勝負したのは一度だけじゃが、正々堂々と勝負したことに変わりはない。


「ひゃっひゃっひゃ! 勝てばいいんだよ、勝てば!」


 徳一が豪快に笑った。

 ま、その意見には同意するがの。

 勝てば官軍負ければ賊軍じゃ。


 そしていよいよ真平殿のサインをもらえる時がやってきた。

 店側が用意した色紙に真平殿がサインしてぷれぜんとしてくれるのじゃ。

 そしてそのまま二人で記念撮影という流れになっておる。


「あ、あの、儂……私、真平殿のふぁんなのじゃ……です」


 真っ赤になった儂が俯きながら遠慮がちに声をかけた。

 平時では考えられん小さな声じゃった。


「ははは、こんな若いお嬢さんがファンとは嬉しいねえ」


 真平殿が目を細めた。


 いや儂、おぬしの祖父の祖父が玉袋の中をビチビチと泳いどる前から生きておるんじゃがの。


 ……ま、このナリでは誤解されるのも無理からぬことか。

 真平殿に小娘扱いされるのも悪い気はせん。


「サインと写真……家宝にさせていただくのじゃです」


「嬉しいねえ。ありがとう」


 礼を言うのはこちらの方じゃ。

 恥ずかしゅうて声に出せんかったが。

 

 その後、真平殿は店員に案内されながら店の中を巡回した

 そして儂と野次馬共がその後へと続いた。さながら大名行列じゃ。


 真平殿は笑顔で客に話しかけ、サインにも快く応じておった。


 じゃが、ちょうど通路の角へと差し掛かったところで……。


「おい真平が来てるんだってよ!」


「へー、こんなド田舎のパチ屋でドサ回りなんて他に仕事ないのかねえ!」


 二人組の男が真平殿のポスターを眺めながら騒いでおった。

 なんと間の悪い奴らなのじゃろうか。

 真平殿にハッキリと聞こえてしもうたではないか。


「なんじゃとおぬしらぁ!?」


 怒り狂った儂が二人の間に割って入った。


「何だこの女!? ……あ」


 真平殿とその一行に気づいた二人組はさすがにバツが悪そうじゃった。


「謝れぇえええええええ!」


 儂が吠えた。

 法で許されるならば八つ裂きにしてやりたいところじゃ。


「いや何であんたに……」


「おいこの女、例のアレだよ、ほらハクサイの」


「あっ! す、すんませんでした」


 何が例のアレなのかは知らぬが、二人組は儂を見て謝罪してきおった。

 

「儂に侘びても仕方ないじゃろうが! 真平殿に詫びよ! 手をついてな!」


 血走った眼で儂が怒鳴った。


「あ、あの鈴ちゃんが人のために怒るとは……」


 近くにいた常連客の徳一が目を丸くしておった。

 そんなに珍しい光景なのじゃろうか。

 儂とて大事な人間を馬鹿にされたら怒りもするのじゃ。


「いいんだよ、お嬢さん。気にしてないから。怒ってくれたその気持ちだけで充分嬉しいよ」


「真平殿……」


 内心傷ついたじゃろうに、なんと心優しき御仁なのじゃろうか。


 儂が毎日パチ屋に行く程度でガミガミと文句を言いよる狭量な主に、真平殿の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものじゃ。この度量。これぞ男よ。


 真平殿は巡回が終わると、にこやかに手を振りながら退店して行った。

 きっとこの後も色々と仕事が控えておるのじゃろう。


 主にも真平殿のような良い男になってもらわねば困る。

 帰ったら男とは何たるかをたっぷり教えてやるとしようか。


 儂は真平殿から頂いたサインと写真を大事に抱え、店を後にするのじゃった。

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