ハイリスク楔を打つロリババア
「シャコ!」
「む?」
朝餉の味噌汁を啜っておった折に、儂はその音をしかと聞いた。
「シャコ!」
またじゃ。
また聞こえてきおった。
「どうしたんだ?」
対面で朝刊を読んでおった主が尋ねた。
「いや、今おぬし『シャコラー』の告知音の真似をせなんだか?」
「……は?」
「具体的には後告知の音じゃ。『シャコ!』という音がする。あの音を完全再現してみせるとは、お主さては儂に内緒でパチスロを打ちに行っておるな? あれだけ儂を非難しておきながら全くけしからん」
ずるい男じゃ。
儂としたことがちっとも気づかんかったわ。
「何を言ってるのかよく分からないが、重症だということだけは分かった。病院と老人ホームどっちがいい? 俺が会社休んで今から連れて行ってやるよ」
「ば、馬鹿にするでないわ!」
主に耄碌した年寄り扱いされてしもうた。
じゃが、儂は確かにシャコる音を聞いたのじゃ。
よもや先日パチンコで音量を上げすぎた所為で耳を痛めてしまったのじゃろうか。
儂も意地になっておったとはいえ、あれは迂闊じゃったやもしれぬ。
「シャコ!」
「ほれ! 今確かに!」
「その音なら鈴の携帯から聞こえてるぞ」
そう言うと、主はちゃぶ台の下に儂が適当に転がしておいた携帯を拾い上げた。
言われてみれば先日HINEアプリの通知音をシャコる音に変えたのじゃったか。すっかり忘れておったわ。
「な、なんじゃ! それならそうと早く言わぬか馬鹿垂れが。ほれ、さっさと寄越すのじゃ」
「いちいち一言多いババァだな」
ぶつくさと文句を言いながら主が携帯を手渡した。
「……ふむ。儂の友と『アンラッキー』の営業HINEか」
アンラッキーもついにメルマガ配信をHINEに変えよった。
これも時代の流れじゃろうか。
「お前に友達がいたのが驚きだよ」
「くふふ、何じゃ気になるのか? 相手はおなごじゃから安心せい」
「何の安心だ」
呆れ顔の主が食器を片付け、仕事に出て行った。
ひひひ、会社の奴隷は大変じゃのう。毎日毎日ご苦労なことじゃ。
さて、儂は優雅にパチスロに興じるとしようかの。
しばしくつろいだ後でどっこらしょ、と立ち上がった儂は『アンラッキー』へと向かった。
(今日は久々に
『ハイリスク楔』『魔法中年反吐かワキガ』『アナザーGOATツレーデス』
検定の期限切れにより、5号機を彩った名機たちが次々に撤去されようとしておる。
規制は年々厳しくなっており、6号機の展望も最悪じゃ。
お上は儂らを殺す気か。何がおりんぴっくじゃ。犬にでも食わせればよかろう。
ま、愚痴ったところでどうにもならん。
今を最大限に愉しもうではないか。
「どけい貴様ら! 儂のお通りじゃ!」
抽選で良番を勝ち取った儂は、小僧共を蹴散らして楔の席を確保した。
この楔を好んで打つ連中はマナーのなっとらん者が多い。
そういった輩は『ハイキッズ』と呼ばれておる。
もっとも、マナーの悪さでは儂も負けてはおらぬがな。
台パン、レバー強打、確定画面でドヤ離席ドヤ飲料、何でもござれじゃ。
そして極めつけは……。
「不戦の約定! 解かれ申した気がするぅ!」
AT突入を懸けたハイリスクチャンスでは
こやつでATが確定した場合は、周囲に爆音が響き渡って優越感に浸れるからじゃ。
「ひゃっひゃっひゃ! 幸先が良いのぅ!」
朝一のハイリスクチャンスからATに突入した儂はガッツポーズした。
しかもAT開始画面が高継続の天丼ではないか。
これはドヤジュースが必要じゃ。
儂は天丼の画面で放置すると、ジュースを買いに離席した。
「うっぜ!」
すると隣のハイキッズが悪態をつきおった。
ひひひ、弱者の嫉妬は心地良いのう。
平時ならば怒鳴り散らす儂じゃが、調子が良い時は別じゃ。
これも勝者の余裕というやつじゃろう。
(どれ……)
炭酸飲料を買い再び席へと戻った儂は、しげしげと画面を見つめた。
『ハイリスク』は徳川将軍の跡目争いに巻き込まれた忍たちが殺し合う悲しき物語じゃ。
儂は当時から既に力のある妖として生きておった。
あの場に儂がおれば不毛な争いなんぞ容易く終わらせてやったんじゃがの。
ま、ふぃくしょんにとやかく言うのは詮無きことか。
休憩を終えた儂は遊技を再開した。
じゃが、調子が良いのはここまでじゃった。
『四対四昼』
「いかぁああああああああああああああんん!」
いかん。これは不味い。
限りなく期待が低いのじゃ。
「ひっぎぃぃいいいいいいいいい!? 巻物が出おったああああああああ! ひゃっひゃっひゃ! 天丼! 祝言二組挙げようかい!」
じゃが、その巻物が当選することはなかった。
「単発じゃと!?」
結局、ATは単発で終わってしもうた。
80パーセント継続の天丼スタートで単発。
これはブチ切れでもよい案件じゃ。
天丼で始まり天丼に倒されて終わる。
こんな悲しい結末が許されるのじゃろうか。
いや、天丼は悪うない。
悪いのは一応の主人公であるこの
おぬし、それでも忍の頭領かえ?
おなごの前で格好つける気概はないのかえ?
「腑抜けたか天之助ぇぇえええええええ!」
儂は台に向かって拳を繰り出した。
「……ちっ、静かに打てよ」
するとまたしても隣の小僧が悪態をつきおった。
「何じゃとぉ!? もういっぺん言うてみい! 儂の目を見て今一度申してみよ!」
先程の余裕は消え失せ、儂は小僧に怒鳴った。
小僧は嫌悪感を隠そうともせず離席しおった。
「チンカスがぁぁぁぁああああぁあ!」
儂は再び台を殴りつけた。
結局その後、出ては呑まれてを繰り返し収支はマイナス5千円じゃった。
(撤去までにあと何回打てるじゃろうか……)
最後にフリーズを引いてみたいのう。
秋の寒空の下、若干軽くなった財布で儂は帰路へと就くのじゃった。
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