トナラーと戦うロリババア
『トナラー』それはパーそなるすぺーすを解さん間抜けのことじゃ。
飯屋、電車、駐車場。至る所に奴らは出没する。パチ屋とて例外ではない。
他にたくさん空き台があるのにも関わらず、わざわざ儂の隣に座ってきおるのじゃ。
最初から狙っておった台じゃというならまだ分かる。
じゃが、いかなる状況であろうと隣に座ってきおるのは一体どういう了見なのじゃ。
どうやらパチ屋では、当たらずに嵌っておる者の隣に座れば当たるという法則を信じとる者が一定数おるらしい。傍迷惑な話じゃ。
今日も儂はトナラーと戦っておった。
スロットの抽選に漏れた儂が仕方なしにパチンコを打っておると、隣に中年の男が座ってきおったのじゃ。
馴染みの店『アンラッキー』はスロットの設定状況こそ良いが、パチンコの扱いは悪い。
じゃからイベント日にも関わらずパチンコは空席が目立つのじゃが、その男はわざわざ儂の隣に座りおった。
そして席に着くなり煙草を吸い始めおったのじゃから始末に負えん。
儂もパチ屋に来とる以上、煙草の煙は覚悟しておる。
じゃからこうして着物ではなく、臭いのついてもよいジャージを着ておるわけじゃ。
とはいえ、防げるものは防がんとな。
儂は速やかに各台に備え付けられておる分煙ボードを引き、顔をしかめた。
そしてジャージの衣嚢から扇子を取り出すと、隙間から流れ出てくる煙を男に向かって雅やかに扇ぎ返してやった。
「おい」
するとそんな儂の行動が気に障ったのか、男が因縁をつけてきおった。
「んー?」
画面から目を離さずに儂は空返事した。
「嫌がらせか?」
ドスの利いた声で男が言った。
ひひひ、それで凄んでおるつもりか、チンカスが。
「やかましい! それはこっちの台詞じゃ唐変木がぁ! 後から来おった癖に断りもなく煙草なんぞ吸い出しおって! 儂のきゅーてぃくるな髪が傷んだらどうしてくれるのじゃ! 煙草を吸いたくば外にゆけ! 外にぃ! どうしてもその場で吸いたくば頭からビニール袋を被ってヘコーッヘコーッと好きなだけ吸えばよかろう!」
儂は一気に捲し立ててやった。
自らの膝を叩き、小刻みに痙攣しながら怒声を上げる儂に男もひるんだようじゃった。
「何だこの女……」
それだけ言うと即座に離席しおったわ。
ひひひ、大勝利じゃ、大勝利。
次のトナラーは気弱そうなメガネの小僧じゃった。
怒鳴り散らしとうなったが、小僧が座るなり儂の台が当たったので寛大な心で許してやった。
じゃが……。
「あの……」
小僧が消え入りそうな声で話しかけてきおった。
「んー?」
「音量下げてもらえませんか? うるさくて……」
儂は台が当たったのと同時に音量を6まで引き上げておった。
パチンコの音量は台にもよるが、だいたい1から8まで設定が可能じゃ。
この程度の音量で苦情とは良い度胸じゃのう。
「なぁぁぁあああーーーッッ!? パチ屋に来て何を抜かしとるんじゃこやつは! 大音量で耳と脳味噌を極楽浄土に飛ばすのがパチ屋の醍醐味じゃろが! それに何か勘違いしとるようじゃなぁ? うるさいというのはのぅ、こういうことじゃ!」
儂は一気に音量を最大の8へと引き上げた。
「っ!?」
驚いた小僧が反射的に両耳を塞ぎおった。
儂もあまりのうるささに参ったが、ここで退くわけにはいかん。
この世界は舐められたら終いじゃ。
儂の頑張りの甲斐もあり、程なくして小僧は悲しそうな顔で去って行きおった。
ひひひ、再び大勝利じゃ、大勝利。
それからしばらくは平和じゃったが、またしても招かれざるトナラーがやってきおった。
「めっちゃ出てんじゃーん」
隣に座った軽薄そうな若者が儂の台を覗き見て言った。
「……」
儂は無視して台の展開に集中しておった。
確かに絶好調じゃ。
確変に入って当たり続けておる儂の台はそれはもう景気の良い出玉じゃった。
「パチンコよく打つのー?」
「……」
好きで打っておるわけではない。
スロットに座れなんだから仕方なしにじゃ。
「お姉さん、めっちゃ美人だよね。彼氏と来てんの?」
何だってよいじゃろうが。
余計なお世話じゃ。
とまぁ、先程から儂は一言も喋らずに脳内で返答しておるだけなのじゃが、若者はめげずに話しかけてきおった。
「ねえ、この後予定ある? 俺と遊びに行こーよ」
儂は今日も明日も明後日もパチ屋でフル稼働じゃ。
どこの馬の骨とも知れぬ者と遊んでおる暇はない。
じゃが、ここまで言われて儂はナンパされておることに気づいた。これは久々じゃ。
さてはこやつ一見客じゃな。
大方イベント日ということで遠方からやってきたのじゃろう。
なぜなら地元の常連客であれば、儂の異常性を熟知しておるから滅多なことでは儂と関わろうとせんのじゃ。
交流があるのは弦や徳一といった一部の年寄りぐらいじゃな。
「去ねいチンカスが」
いい加減うんざりした儂が呟いた。
「なっ!? 何だとこいつ!」
「あ……」
その瞬間、確変が終了してしもうた。
プツン。
同時に儂の理性も終了してしもうた。
「この糞餓鬼がぁああああああああーーーッッッ! 確変が終わってしもうたではないかああああああ! おぬしのせいじゃ! おぬしのダミ声が乱数に悪影響を及ぼしたのじゃ!」
怒ろうとする若者を儂の剣幕が凌駕した。
「いやどんなオカルトだよ……」
「儂はラウンドが終了する毎に微妙に飲み物の置き場所を調整したりして全神経を集中しておるのじゃ! 儂の集中をかき乱しおって! この損失をどうしてくれる!? どうしてくれると訊いておるのじゃ!」
「いや関係ねぇから! 全部確率だから!」
「じゃからその確率がおぬしのせいで狂ったと言うとるんじゃボケナスがぁ!」
「人のせいにしてんじゃねえよ! 頭おかしいのか!」
大抵の男なら退散しておるところじゃが、この若者は応戦しおった。
そして威嚇のつもりなのか、自分の台を拳で叩きおった。
やってしもうたのう……。
終わりじゃな……。
「おぬし、それで威嚇のつもりか? なればこちらも拳王を呼ぶぞ」
儂はハクサイ掲示板で拳王というあだ名のついておる常連客の弦を思い浮かべた。
あの圧倒的な体格は見る者を威圧させる。抑止力としては充分すぎるほどじゃ。
「は? 拳王?」
「ゲーン!」
世紀末救世主を呼ぶ可憐な少女のように儂は悲鳴を上げた。
そしてやって来たのは世紀末覇者じゃが、細かいことは気にするでない。
「おい兄ちゃん。その辺にしとけ」
儂の召喚に応じた弦が若者の前に立った。
「あぁ!? なんだこのジジイ! かっこつけてんじゃ……でけえ」
弦の巨躯を見た若者が怯えたように後退った。
ひひひ、これじゃ、これ。
弦に恐れをなす男共の情けない顔を見るのが儂はたまらなく好きなのじゃ。
これだけで山盛りの飯を三杯はいけてしまうのう。
「鈴も悪かったと思うが、お前さんももうその辺にしておけ」
弦が諌めるように言った。
……って、なぜ儂も悪いことになっておるのじゃ。
儂は何も悪うない。悪いのはこの阿呆な若者じゃ。
「わかり、ました……」
ようやく諦めた若者が去って行きおった。
「弦。いつもすまぬな」
「気にするな。また何かあったら呼べ」
ぶっきらぼうじゃが、温かみを感じる言葉じゃった。
「弦之介様!」と危うく叫びそうになるところじゃったわ。
まぁ、何にせよトナラーはこれで全て撃退できたというわけじゃな。
ひひひ、またしても大勝利じゃ、大勝利。敗北を知りたいのう。
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