覚醒したロリババア

 初めてパチスロを打ってから儂はしばらく連戦連勝じゃった。いわゆるびぎなーずらっくというやつじゃ。

 勝利の女神に微笑まれておるかのような感覚じゃった。


 じゃが、そんな幸運もある日突然終わりを迎えた。


「また負けてしもうた……」


 一度負けてしまってからというもの、これまでの勝ちが嘘のように負けが続いた。

 店員に弄ばれておるのではないかと疑いたくなるほどの負けっぷりじゃった。


「パチスロ……一筋縄ではいかぬやもしれん」


 当時の儂は台に呼ばれた、などという曖昧な理由で運任せに打っておるだけじゃった。

 あまりにも無知で、勝つための情報が不足しておった。

 パチスロに運は肝要じゃが、それだけでは勝ち続けることはできぬ。儂にはもっと多くの知識と情報が必要じゃった。


「これも。これも。あとこれも」


 帰りのこんびにで積み上げたパチスロ雑誌の山を見て、店の者は目を丸くしておった。

 元来好奇心旺盛で凝り出したら止まらん性質じゃ。儂がパチスロの研究にのめり込むようになるまでそう時間はかからんかった。


「ふむ……パチスロには設定なるものがあるのか」


 そんなことも知らずによくぞ今まで打っておったものじゃ。

 天井……ゾーン、期待値、純増、機械割、小役、リール配列。

 儂は瞬く間にパチスロの知識を吸収していった。


 そして儂は世間知らずじゃからもっと広く世間を知りたいと、主に頼み込んでいんたーねっとも開通してもろうた。知りたかったのはパチスロの情報じゃがな。今や主なんぞよりも余程ねっとには明るくなった。


「2千円で出おった! 予想通りじゃ! パチプロになろう! 金を貯めて鍼灸師の資格も……じゃのうて、旨い物をたらふく食べよう」


 パチスロの知識と情報を蓄えた儂に怖いものはなくなった。


 基本は朝一の設定狙いで地元優良店の『アンラッキー』へ赴く。高設定を期待できぬ日は期待値を追いかけてエナ専に徹する。


 エナ専というのはハイエナ専門という意味じゃ。

 ハイエナという名の由来通り、人が打って止めた台を後から掻っ攫う。


 何を隠そう、儂がハイエナを嫌うのは儂もまたハイエナであるからじゃ。


 パチ屋というのは立派なもので、休憩場所も充実しておる。大量の漫画本に、無料で飲めるお茶や水。そしてまっさーじ機まで置いてあるのじゃから、至れり尽くせりと言う他あるまい。


 儂は快適な休憩所で何時間も粘ってハイエナ徘徊を繰り返した。


「儂の方が先じゃこの玉無し小僧が! 末代まで祟られたいのかえ!?」


 養分客が途中で止めた台を巡って他の軍団やハイエナ共と熾烈な争いを繰り広げるようにもなった。

 こんな時に抑止力として頼りになったのが常連客である弦の存在じゃ。


 初めてパチスロを打ったあの日以来、儂らはすっかり打ち解けた。あの巨体が立ち上がるだけで、情けない小僧共は蜘蛛の子を散らすように退散する。良い気味じゃ。


 覚醒した儂を止められる人間はどこにもおらんかった。


「ま、こうして今に至るというわけじゃな」


 主に釣られて過去を思い出した儂は胸を張った。

 そんな儂に主は呆れたような目を向けた。


「誇らし気に言うことかよ……。お前もう鈴から屑に改名したらどうだ? いい加減にしろよな」


「な、なんじゃとぉ!?」


 あんまりじゃ。

 いくらなんでもあんまりな物言いじゃった。

 儂のガラス細工のように繊細な乙女心は深く傷ついてしもうた。


「俺にはともかく、外で人に迷惑かけるなよな」


 他の軍団やハイエナ共のことを言っておるのじゃろうか。

 あんな奴らは人ではない。動物と同じじゃ。


「やかましい! 儂は何も悪うない! 悪いのは儂の狙い台を奪おうとするチンカス共じゃ!」


「この老害ババア……世のため人のため俺のためにも殺処分した方がいいのかもしれん」


 真剣な表情で主が言った。


 儂のパチスロ熱と比例するかのように、主の発言は近頃過激さを増しておる。

 ああ……これでは儂はDV夫に健気に耐える妻ではないか。儂はなんて可哀想なんじゃ。


「ふ、ふん! 何と言おうが儂は明日もパチスロを打ちに行くからな!」


「勝手にしろ」


 吐き捨てるように言った主が居室から出て行った。

 もはや主との関係は修復が困難な領域まで来たのやもしれぬな……。


 なれば儂は……。


「さらなる修羅道へ参ろうではないか」


 儂は明日の抽選に備えて早々に眠りに就くのじゃった。

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