初めてパチスロを打ったロリババア
「主殿。あのピカピカ光っとる建物はなんじゃ?」
街へ繰り出した折、儂は派手な外見をした建物の前で主の袖を引いた。自動扉が開く度に中から喧騒が聞こえてくる。見るもの全てが物珍しかった当時の儂にはそこが新鮮な場所に映ったのじゃ。
「ああ……あれはですね、パチンコ店ですよ」
「ぱちんこ店とな?」
「ろくな場所じゃないですよ。関わらない方がいいです」
連れ込み宿というわけでもあるまいに、主は気まずそうな顔をした。
「ふむ……」
じゃが、あんなに大勢の人間が入っておるのじゃ。きっとかなりの魅力があるに違いない。
「それより早く美味しい物を食べに行きましょうよ」
「そうじゃな。楽しみじゃ!」
この頃の主は休日になると儂をよく食べ歩きに連れて行ってくれた。旨い物を食べて帰りに駄菓子屋に寄るのがお決まりの流れじゃった。一つ数十円の鼻糞のような駄菓子で無邪気に喜ぶ儂を見て、主は目を細めておったものじゃ。
「ぱちんこ店か……」
帰宅後も儂の興味は尽きんかった。どんな場所なんじゃろうか。
主にしつこく尋ねると、賭博場みたいなものだという答えが返ってきた。連れて行っておくれと頼んでみたが、難色を示されてしまった。
こうなれば主が仕事の日に儂だけでこっそり行ってみるとしようかの。
「いくら金が必要かは分からぬが、ひとまず3千円もあれば安心じゃろう」
……今にして思えばよく3千円程度で勝負しに行ったものじゃ。
ここで負けておれば儂はパチスロに嵌ることなく、運命もまた変わっておったのじゃろうか。
翌日、儂は思い切ってパチ屋に向かった。
「あぎッ! なんじゃこの音は!?」
店に入るなり、騒々しい音で耳が壊れそうになった。動悸も激しくなっておる。年寄りには強すぎる刺激じゃった。残念じゃが、これはあまり長居できそうにない。
(儂だけで来て本当に良かったのじゃろうか……)
(物を知らぬ田舎者じゃと、他の客に虐められたりせんじゃろうか……)
儂は不安気に周囲をきょろきょろと見渡した。
客は皆、椅子に座って黙々と画面を見つめておる。何をどうすればよいのじゃ。さっぱり分からぬ。
ここに主がいてくれればと思うたが、勝手に来た以上は自力で何とかするしかないじゃろう。どれ、勇気を出して遊び方を教えてもらうとしようか。
「もし、すまぬが、この機械はどうやって遊べばよいのじゃ?」
儂は黄金色の機械の前に座っておった六尺三寸はありそうな大男に尋ねてみた。こやつの周りだけ何故か人がおらぬ。これが今でも親しい常連客の弦との出会いじゃった。
「嬢ちゃん。パチスロの打ち方も知らないで来たのか?」
どうやらこの奇妙な機械はパチスロと言うらしい。ちっとも知らんかった。
「わ、悪いかえ? 遊んでみとうなったから来たのじゃ」
「いや」
弦は気難しそうな顔をしておったが、すぐに遊び方を教えてくれた。
「金をサンドに入れたらメダルが出てくる。そのメダルを投入口に入れてレバーを叩いて左からボタンを押せばいい」
「そ、そうか。礼を言う」
何のことじゃかさっぱりだったが、弦が手本を示してくれた。
なるほど。これなら儂でも遊べそうじゃ。
儂が千円札を入れると、ジャラジャラとメダルが数十枚出てきた。
(なんじゃ? たったこれだけ?)
これだけでどのくらい遊べるのじゃろうか。
よく分からんまま儂は全てのメダルを投入口に入れた。
「メエ?」
不細工な山羊が鳴いておる。
なんじゃこれは。
弦がやっておったように、儂はレバーを叩いて左から順にボタンを押した。何の変化も起きぬ。
これは一体何が面白いのじゃ?
そしてものの数分でメダルが尽きてしもうた。
「もう終わりかえ? 何も起きんかったぞ」
驚いたように儂は弦に尋ねた。
「スロットはすぐに当たるとは限らない。金がないならやめておいた方がいいぞ」
「そ、そうか……」
あっという間に千円が溶けてしもうた。千円あれば駄菓子屋で豪遊できるというのに。
こやつの言う通り、儂はやめておいた方がいいのやもしれぬ。
最後にもう千円だけ遊んでやめるとしようか。
その時、それは起こった。
――ぷちゅん――
「む?」
急に画面が真っ暗になりおった。
「右を押してください」
「な、なんじゃこれ。壊れおったのか……?」
不安になった儂が再び弦に尋ねた。店の者に機械の弁償をさせられたらどうしようか。見るからに高価な機械じゃ。儂の手持ちではとても払えぬ。
「フリーズだ。良かったな」
「ふりぃず?」
「いいから後は指示通りに押してみな」
「う、うむ」
儂は弦に言われた通り、おるそおそるボタンを押した。
「メェぇぇえええええええええええええええええええええええ!」
山羊たちの鳴き声。
山羊飼いの少年が笛を鳴らしておる。
そして柵を突き破った山羊たちは次々に脱走を始めた。
「あぎえッ!?」
思わず情けない声を出してしもうた。じゃが、儂のような素人から見ても尋常ではない事態じゃということは分かる。
派手な電子音と振動が直接儂の脳に伝わってくるかのような途轍もない刺激。それはバチバチと火花を散らし、儂の脳細胞を焼き切ろうとしておる。盛大なふぁんふぁーれは儂を天上の世界へと誘った。
「メ、メダルが止まらぬ」
どうやら儂は当たりを引いたようじゃ。
あまりの快感によだれも出そうになりおった。
パチスロ……面白いではないか。
その後はもう出っぱなしじゃった。
「……ふぅ、堪能したわ」
1時間後。
2000枚程のメダルを手にした儂は満足気に呟いた。
パチスロというのは中々奥深い。当たっておる最中も打ち手を飽きさせぬように画面上では様々な趣向が凝らされておる。
「この当たったメダルはどうすればよいのじゃ?」
「店員に言えばレシートに交換してもらえる。レシートをカウンターに持って行けば特殊景品に交換してもらえるから、その景品を持って景品交換所に行けばいい」
「そうか。礼を言う」
まどろっこしいのぅ。
何でそんな複雑な手順を踏むのじゃろうか。
ひとまず儂は言われた通りにすることにした。
「全部交換でよろしかったですか?」
じぇっとと呼ばれるメダルを流す場所に行くと、愛想の良い店員が尋ねてきた。
「うむ」
儂が出したメダルが一気に吸い込まれて行く光景は爽快じゃった。
店員はメダルの枚数を計測しておる間におしぼりをくれた。なかなか気が利くではないか。
れしーとを受け取った儂はカウンターへと向かった。
「全部交換でよろしかったですか?」
「うむ」
計算が終わると、店員から面妖なカードの束を渡された。これが特殊景品というものらしい。
おっとそうじゃ。景品交換所とやらの場所を聞かねばならぬ。
「もし、すまぬが景品交換所とやらはどこにあるのじゃ?」
「それはよく分かりませんが、皆さんあちらから出て行かれてるみたいですね」
なんじゃ、はっきりせん物言いじゃのぅ。
まるで主が遊んでおったあーるぴーじーげぇむに出てくる村人じゃ。
後で分かったことじゃが、店員は景品交換所の場所を教えられぬようになっておる。換金は違法じゃし、店外で行われる換金行為も知らぬ存ぜぬで通さねばならぬからじゃ。
儂ら客は、店内でメダルと交換した特殊な景品を買い取ってくれる奇特な業者から金銭を得るという設定になっておるらしい。
儂は前の客について行って交換所を見つけた。
ここが交換所か……。
中の様子がまるで窺えぬ。不気味そのものじゃ。
儂が前の客に倣って面妖なカードの束を窓口に置いたところ、ヌッと人の手が伸びてきた。
「ひっ!?」
危うく腰が抜けるところじゃったわ。
今では慣れたものじゃが、当時は異様な光景じゃった。
「あぎえぇええ!?」
じゃが、それ以上に驚いたのはその後窓口から出てきた金額じゃ。
4万円……。
4万円じゃと……?
儂は2千円で1時間遊んだだけじゃというのに、4万円ももらえるのか……?
4万円などという大金、儂は持ったことがないぞ。
2千円円が1時間で4万円……。
2千円円が1時間で4万円……。
(パチスロ……食える)
儂の目つきが変わった瞬間じゃった。
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