在りし日のロリババア
主と出会った頃のロリババア
「何じゃ人間。何ぞ用か?」
人間による土地開発で切り開かれた山々。その麓にある取り壊しの決まった小さな洞窟の前で儂らは出会った。
「ここが無くなると聞いて様子を見に来たんですよ」
その若い男は澄んだ良い目をしておった。
「そうか」
森の住処を追われた儂はしばらくこの小さな洞窟を根城にしておった。この付近で工事業者以外の人間を見かけるのは珍しい。
「子供の頃よくこの辺りを探検して遊んでいたんです。ここが無くなるのは寂しいですね」
「寂しい……じゃと? 誰のせいで無くなると思うておる。貴様ら忌まわしき人間共が身勝手に自然を壊すからじゃろうが」
男の他人事のような言い分に、儂は腸が煮えくり返りそうじゃった。
「まるでご自分は人間じゃないという口ぶりですね」
男が愉快そうに笑った。
儂を人間の女じゃとでも思っておるのか。
「ふん……如何にも。儂は人ではない」
そして普段は隠してある狐耳と尻尾を出してみせた。
昔はこうして物見遊山に来る人間共を脅かして遊んでいたものじゃ。
じゃが……。
「凄い。よくできた手品ですね」
その男は動じんかった。
「手品ではない! なればこの姿を見よ」
儂は一瞬で大きな狐の姿に変化してみせた。
「狐……」
「儂の名は鈴。五百年の時を生きる妖狐じゃ。これで信じる気になったかえ?」
再び人の姿に戻った儂が得意気に言った。
「驚いたな。本当に人間じゃなかったんですね」
「おぬし……あまり驚いておらんようじゃの?」
「これでも驚いてますよ。妖怪を実際に見るのは初めてですが、祖父母からよく聞かされていたので存在は信じていたんです。昔はもっと身近な存在だったと言ってましたよ」
確かに以前は人と妖の距離は近かった。自然ともじゃ。
そして人は妖や自然に対する畏敬の念というものを持っておったはずじゃ。いつの間にそれらが失われてしもうたんじゃろうか。
「なれば態度には気をつけることじゃな。儂の機嫌を損ねれば非力なお主などすぐに食ろうてしまうぞ?」
「……もしかして、お腹空いてます?」
「なっ! 誰が空腹などと……あ」
その時、くぅぅ、と不覚にも腹の虫が鳴ってしもうた。
人の姿でいると身体の造りもそう変わらんくなってしまうのは困りものじゃ。自然破壊のせいで山の恵みは途絶えて久しかった。
「よかったらどうぞ」
「何じゃそれは?」
男が鞄から取り出した物を見て儂が尋ねた。
「添加物まみれのコンビニ弁当です」
「こんびに弁当とな……?」
初めて耳にする食べ物じゃった。
「本当は油揚げの方が良かったんでしょうけど」
「狐が皆油揚げを好むと思ったら大間違いじゃ! ……ふん、まぁどうしてもというなら貰ってやらんこともない」
「素直じゃないですね」
儂は男からこんびに弁当を受け取ると、夢中で貪った。
「旨い……」
冷めておるのに何でこんなに旨いのじゃ。
口いっぱいに広がる風味豊かな味わいに儂は舌鼓を打った。
「泣いてます?」
「泣いとらん!」
「コンビニ弁当一つでこんなに喜んでもらえるとは思わなかったな。よかったら、これからも定期的に持って来ますよ」
「真か!? あ、いや、儂は人間の施しなど受けぬ! ……じゃが、貢ぎ物ということなら仕方がないから貰ってやってもよい」
「本当に素直じゃないですねぇ」
これが最初の出会いじゃった。
約束通り、男は毎日のように洞窟の前にやってきて食い物をくれた。
コンビニ弁当ばかりは何じゃからと、様々な食い物を持ってきた。
カツ丼とやらを食した時は頬が落ちるかと思うたわ。
いつしか儂はすっかりこの男に気を許すようになっておった。
完全に胃袋を掴まれてしまったというわけじゃな。
儂らは色々話すようになった。
日々の暮らしのこと。お互いのこと。
儂がこの辺りの昔話を聞かせてやると、男はニコニコ笑いながら熱心に聞いておったものじゃ。
じゃが、そんなある日……。
「鈴さん。実は俺、明日引っ越すことになったんです。だからここへ来るのは今日が最後です」
「なっ! 引っ越してしまうのかえ? せっかく仲良うなれたというのに……」
「え?」
「い、いや、何でもない。どこに行くのじゃ?」
「県外の祖父母が住んでた空き家です。鈴さんはこれからどうなさるんですか? この場所も来週には取り壊されると聞きました」
「そうじゃな、旅にでも出ようかと思っておる。色々行ってみたい場所もあるでな」
嘘じゃった。
取り立てて行きたい場所などなかった。
「そうですか。では今日でお別れですね」
「あっ……」
しばし沈黙が続いた。
岩場に二人並んで座り、夜空を見上げた。
声をかけたかったが、その先は言えんかった。
儂も連れて行っておくれ、などと言えるはずがない。
そんな儂の強がりを知ってか知らずか、先に沈黙を破ったのは男の方じゃった。
「あの、もしよかったらなんですけど」
「む?」
「今度引っ越す家、一人で住むには広すぎるんですよね。だからその、少し寂しいと言いますか、他に誰かいてくれたら良いなと言いますか……」
急に男の歯切れが悪くなった。
かなり緊張しておるようじゃ。
「くふふ、何じゃその物言いは。それで誘っておるつもりなのか? ヘタクソじゃのう」
今まで飄々としておった癖に、肝心なところで奥手な男を見て儂は微笑ましくなった。
「うっ……そうですね、誘ってます。一緒に行きませんか?」
まだまだ青いが、実に良い目をしておる。
男の若さに任せた真っ直ぐな言葉は、儂の心を動かした。
「ふむ、それもまた一興じゃな」
嬉しくてたまらんかったのに、儂は気取った言い方をした。
「ということは……?」
「よかろう。これから世話になるぞ、
こうして儂らは一緒に暮らすことになったのじゃ。
「そんな時期もあったんだよなぁ……」
通算12回目となる金の使い込みが発覚して大目玉を食らった夜、儂の前で主が懐かしむように言った。ま、主にバレておらぬ件数も含めたらこれで35回目なんじゃがの。
ちなみに儂は窮しておるから主の金を持ち出しておるわけではない。人の金で負けられぬ戦いに挑めば勝率が上がるからそうしておるに過ぎぬ。金は後でしっかりと返しておるのじゃから何も問題はあるまい。
「……何が言いたいのじゃ?」
「出会った頃は着物姿で神々しいオーラを感じたんだよなぁ……」
勿体ぶった口調じゃった。
言いたいことがあるならはっきりせい。
「じゃから何が言いたいのじゃ!?」
「それが今や……」と、主が続けた。
「三本ラインのジャージを着こなしてパチ屋に入り浸るパチスロ中毒の自堕落ババアだよ」
冷ややかな目じゃった。
まるで路傍に捨てられたゴミでも見るような……。
「くっ! この家で暮らさぬかと下心丸出しで儂を誘ったのはお主じゃぞ!?」
「下心って……まぁ、そうだな。そりゃ俺も男だからさ、お前を家に招き入れた時に全く下心がなかったと言えば嘘になるよ? 妖狐とはいえ、あんな美人と一つ屋根の下で生活できるなんて心躍るってもんだ。……けどな」
主が今度は恨めしそうな顔で儂を見た。
「け、けど何じゃ?」
「家に入るなり子供の姿になるのはあんまりだろ。詐欺かと思ったよ。狐に化かされるとはこのことだ」
「やかましい! おぬしの方こそ最初は儂に敬語で紳士的じゃったのに馬脚を現して粗雑になりおって! 釣った魚に餌をやらぬとはこのことじゃ!」
あんまりな物言いに腹を立てた儂が即座に応戦した。
「敬う要素がないからな。今からでも放流できるならしたいくらいだよ。海でも山でも宇宙にでもな」
無慈悲な言葉じゃった。
さすがに本気で申しておるわけではないと思いたいが、あながち冗談という顔でもない。儂は宇宙空間に放り出される可哀想な自分の姿を想像して身震いがした。
「断る! 今更遅いわ! 儂はおぬしがくたばるその時までこの家に居座ってやるからの! 覚悟せい!」
儂が力強く宣言すると、観念したのか魂が抜けたような顔をした主が天を仰いだ。
ああ……儂らは一体いつからこんな冷めきった関係になってしまったのじゃ。やはりパチスロか、パチスロがいかんのか。
じゃが、パチスロなんぞ儂はその気になればいつでもヤメられる。じゃから今はヤメぬ。以上じゃ。
パチスロ……あの人間が生んだ悪魔の遊技台と出会ってどのくらいになるじゃろうか。
儂は回想しておった主に釣られて、パチスロとの出会いを思い出そうとした。
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