7万円のジュースを飲むロリババア

「……うぐ、うぷっ、おえ……ぁ……」


 盆明けの某日。

 儂はパチ屋『アンラッキー』の厠で便座を抱えながら吐いておった。


(よもや朝一で天井へ一直線とはのぅ……)


 例によって儂が打っておったのは『GOAT ~山羊たちの脱走~』じゃ。出る時は壊れたかのように出るが、吸い込む時は掃除機のように吸い込みよる。無垢で可憐な慎ましい儂は、凶悪なGOATという魔物の餌食になってしもうた。


 ここまでのGゲーム数は1200G。要するに1200回転させて当たりが0ということじゃ。GOATの天井は約1480G。


 天井とは、ここまで回せば必ず当たるという言うなれば救済措置のようなものじゃな。ありがたい反面、そこに至るまでには大抵ボロボロになっておる。投資金額は既に万札5枚。痛すぎる出費じゃった。


(3日連続で凹んでおったから、そろそろ来ると思ったんじゃがのぅ」


 常に低設定で放置してあるボッタクリ店はともかく、『アンラッキー』のような優良店では、連日出ておらぬ台には折を見て設定を入れる傾向がある。今回儂はそれを期待して打ったのじゃ。


 GOATは閉店時にリセットされると、天井が510G、1000G、1480Gのいずれかに振り分けられる。一応1480Gが選択されれば高設定である456確定なのじゃが、確率が低すぎる上にそもそもリセットをかけられておらぬ可能性もあるので信憑性は薄い。


 進むも地獄。戻るも地獄。なれば儂は……


(修羅の道に参ろうぞ)


 鏡の前で両頬をパンと叩いて気合を入れると、儂は席へ戻った。


 じゃが……。


「何じゃあの小僧は?」


 見知らぬ小僧が儂の打っていた席に座っておった。儂は離席する際に携帯とメダルを何十枚か下皿に残しおったはずじゃ。これは遊技中、もしくは場所を確保しておるというパチ屋特有の合図でもある。


 それを無視しよるとは良い度胸じゃのぅ。

 儂は深呼吸すると大声で叫んだ。


「この糞餓鬼がぁああああああああああああ! そこを誰の席じゃと思うておる!?」


「うわっ!」


 驚いた小僧が椅子からずり落ちそうになった。

 儂は腕力こそ弱いが剣幕だけなら並の者には負けぬ自信がある。この世界は舐められたら終わりじゃ。


「下皿のメダルが見えないのかえ!? そこは儂の席じゃ!」


 いくら天井付近で魅力的じゃったとはいえ、暗黙の了解は守ってもらわねば困る。まったく、油断も隙もないわ。


「……」


「聞こえんかったのか!? 特大の耳糞でも詰まっておるのか? 早う去ねい!」


「チッ……」


 小僧が舌打ちしおった。

 年長者に対してあるまじき態度。


 これは大変なことじゃ。

 やってしもうたのぅ。

 これは教育じゃろうな……。


「何じゃその不貞腐れた態度はー!」


 カンカンになった儂が怒鳴った。


「鈴。どうしたんだ?」


 その時、騒ぎを聞きつけたのか常連のげんがやって来た。

 これは頼もしい援軍じゃ。

 太々しかった小僧もさすがに弦の体躯と威圧感には度肝を抜かれたと見える。顔からは焦りと怯えが見えた。ハクサイ掲示板でつけられた拳王というあだ名は伊達ではない。


「おう、弦。丁度良いところに来たな。一つお主のガタイでこの物を知らぬ小僧を教育してやってはくれぬか?」


 虎の威を借る狐ここに極まれりじゃ。


「鈴。お前さん向こうで打ってたんじゃなかったのか?」


「……ほ?」


 ふと落ち着いて台の番号を見た。

 違う。儂の打っておった台ではない。

 どうやら儂は通路を一列間違えたようじゃった。


「おぉ……すまぬの。間違えてしもうたわ。儂、反省」


 片目を瞑った儂が軽くコツンと自らの頭を叩いた。

 去り際に「信じらんねえ」という小僧の声が聞こえてきたが、さすがの儂も言い返せんかった。


 よし、反省終わり。

 気を取り直して遊技再開じゃ。


 どれ……。

 うむ、儂の打っておった台はしっかり1200Gで放置されておるな。

 残りあと1万と少しで天井へ到達する見込みじゃ。


 GOATの天井恩恵は1/2の確率で当たりが80%ループする。

 もう片方は1%ループ。まさに天国と地獄じゃ。


「メええええ……?」


「あぎえ!?」


 遊技を再開した儂が直後にレア役を引くと、山羊たちの鳴き声が忙しなくなった。

 通常ならば喜ぶところじゃが、天井付近でこれは泣きたくなる。


 GOATに限らず、あらゆる天井恩恵のあるAT機ではこの『天井ストッパー』なる存在が囁かれておる。

 天井が近づくとやけに当たりやすくなるのじゃ。当然、普通に当たってしまえば天井の恩恵はなくなる。ここまで来たからには素直に天井まで進んでくれた方がありがたいのじゃ。


「メええええ……? メええええ……?」


「ひぎぃぃいい!?」


 儂はレア役を引く度に奇声をあげて当たらぬように祈った。

 ここで当たってしまえば元も子もない。


「メええええええええええええ!?」


「ぐぎぎぎぎぃぃぃいいいいい! やめよやめよ! やめておくれ……か弱い年寄りを虐めるのはやめておくれ……」


 もう駄目じゃ。

 このままでは心臓が持たん。


 じゃが、必死の祈りの甲斐もあってか、その後儂が打っておったGOATはどうにか1480Gから前兆を経て天井へ到達した。

 正直それまで生きた心地がせんかったわ。


 さて、いよいよじゃ。


「逆襲の時間じゃあああああああああああああああああああ!」


 30分後。

 出玉を全て飲ませた上に追加投資もした儂は、都合7万円で買った自販機の缶ジュースを握りしめて店の外にいた。


(身体の震えが止まらぬ……)


 ものの見事に天井単発。

 こうなることは半ば分かっておった気がする。じゃが、もはや止まれんかった。


 7万円のジュース……。

 どこの世に7万もするジュースがあるのじゃ。

 ひひひ、まぁ7万で買ったと思えばただのジュースも高級シャンパンよ。


「いざ……!」


 儂は缶の蓋を開けて一気に呷った。


(何の味もせぬ)


 未だ身体の震えは止まらず、冷や汗をかいておる。儂は何て哀れなのじゃ。


 そうじゃ、帰りは景気づけに焼き肉と洒落込もうではないか。負けた時ほど贅沢して頑張った自分を労ってやらねばならぬ。旨い肉をたらふく食べて明日への英気を養うのがよかろう。


 じゃが……。


 その焼き肉も味がせんかった。

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