ハクサイ掲示板に晒されたロリババア
391『ジジイみたいな喋り方する女ウザすぎ』
392『それ』
393『あのジャージ着てるうるさい女か』
394『いつかしばいたる!』
395『あの女毎日いるよな。そこそこ出してるしムカつくわ』
「ハ、ハクサイ掲示板に晒されておる……」
家でたぶれっとを弄っておった儂はワナワナと怒りに震えた。
「なんだそれ。野菜を取引する掲示板か何かか?」
何も知らぬ主が呑気に言った。
「地域でも指折りのチンカス共が集う掲示板じゃ」
パチ屋毎のスレッドがあるので儂もたまに覗いておる。
どの店員が可愛いだのあの店は遠隔で当たりを操作しとるだの顔認証しとるだの、書き込まれておる内容は基本的に程度が低い。
こやつらに感心するのは常連客につけておるあだ名ぐらいじゃ。ちなみに常連で強面の弦には拳王というあだ名がついておる。
なぜ儂がかような愚にもつかぬ掲示板を覗くのかといえば、極稀に関係者が流しておると思われる有益な情報が手に入ることもあるからじゃ。無論、虚偽の情報も多いので鵜呑みにはできぬが。
「言い方……。何か晒されるようなことをしたのか?」
「うーむ。正直身に覚えがありすぎてのぅ。奇声。台パン。レバー強打。ボーナス確定画面でドヤ離席。ドヤ睥睨。ドヤジュース。まぁ自分で言うのもなんじゃが、よくぞ今まで晒されなかったものよ」
「何を言ってるのかよく分からないが、謝ったら許してもらえないのか?」
主は現代の若者のくせに儂よりもねっとの情報に疎い。匿名で書き込んどる不特定多数に謝ってどうなるというのじゃ。
「無駄じゃな。許してはもらえぬ」
「俺からも謝ろうか?」
「くふふ、おぬしが謝っても仕方ないじゃろ。気持ちだけもらっておこうかの」
主のあまりにもズレた物言いに思わず笑ってしもうた。根は善人なのじゃが、どこか抜けておるから見ていて面白い。
さて、そろそろ出陣の時間じゃ。
「こんな状況で打ちに行くなんて危ないだろ」
儂が立ち上がると、行き先を察した主が言った。
「所詮は直接物を申せぬ虫ケラ共よ。取るに足らぬわ」
「だからって、そんなにパチ屋に行きたいのかよ。理解できないな」
「パチスロ以上の刺激と快楽なんぞ早々ないからのぅ。まぁ、もっともおぬしが……」
儂は身につけておる服を少し捲った。
「あ?」
「儂にパチスロ以上の刺激と快楽を与えてくれるなら別じゃがの……?」
そして床にしどけなく寝転がると、主の反応を期待した。これでも最大限に扇情的な格好をしておるつもりじゃ。
じゃが……。
「はいはい。寝言は寝て言おうなお婆ちゃん」
主は呆れたように言って部屋から出て行きおった。
「クッ!」
勇気を出して誘ったというのに儂を袖にしよるとは。
やはり服がジャージでは駄目か。むぅどの欠片もないからのぅ。いや、童女姿なのが不味いのじゃろう。現にあやつはこの姿と大人の姿とでは露骨に態度が違う。
なれば主の前でも常時大人の格好をすればよいのじゃろうが、パチ屋で気を張って勝負をしておる分、家の中ではくつろぎたいというのが正直なところじゃ。主の関心を取るか己の休息を取るか……うむ、後者じゃな。
儂は頷くと『アンラッキー』へ向かった。
「誰じゃあ!? 儂をハクサイ掲示板に晒しおった不埒者は!」
抽選の列に並ぶなり、儂は大声で叫んだ。
「す、鈴ちゃん。どうした?」
一緒に並んでおった常連の徳一がキョトンとした顔で尋ねてきた。
「客の誰かが儂をハクサイ掲示板に晒しおったんじゃ!」
「それは災難だったねぇ。でもここで騒いでも逆効果だって」
「いいや! 思い知らせてやらねばならぬ。よいか皆の者! 儂は逃げも隠れもせぬ! 文句がある者はかかってくるがいい!」
じゃが案の定、儂が啖呵を切っても直接向かってくる者はおらんかった。これならば安心じゃ。
さて、腰抜け共の落書きを拝見しようではないか。
今頃儂の剣幕に恐れをなして震えておるやもしれぬな。くふふ、楽しみじゃ。
儂は帰宅後、再びハクサイ掲示板を覗いた。
407『年寄りみたいな喋り方をする女の身内です。この度はご迷惑をお掛けいたしまして大変申し訳ございませんでした。あいつはあれでも良いところがあるのです。私の方からも強く言い聞かせますのでどうかご容赦いただけませんでしょうか』
408『自演うぜぇんだよジジイ女』
409『死んどけ』
410『恐れ入りますが自演とは何でしょうか? 勉強不足ですみません』
411『くたばれ』
412『本当にごめんなさい。許してください』
413『許すかボケが』
414『どうすれば許していただけますか?』
415『四つん這いになってケツ出せ』
416『はい?』
あ、あの阿呆めが……。余計なことをしおって。
おそらく主はハクサイ掲示板と『アンラッキー』で検索して辿り着いたのじゃろう。
儂を庇おうとする気持ちは嬉しいが、これでは火に油を注ぐだけではないか。
いや、待て。すくろぉるしたら風向きが変わっておる。
422『ジジイ女が今日の抽選で騒いでたな』
423『なんか様子がおかしかったわ』
424『あのジジイ女クスリやってて逮捕歴もあるからガチで触れちゃいけないやつだぞ』
425『マジ?』
426『前科三犯で人を生き埋めにしたこともあるらしい』
な、なんじゃこれは。
事実無根の書き込みが続いておる。
よもや主が工作を?
いや、あやつにそんな知能はない。
他の分野はともかく、ねっとに関してはサル以下じゃ。
では一体誰が何のために……。
429『最近シャコラー全然設定入ってねえじゃん』
430『養分が脳死で回すからベタピンで据え置いてんだろ』
431『遠隔! ホルコン! 顔認証!』
432『夕方に入ってるコヒレ可愛すぎ』
話題はいつしか別のものへと移り変わっておった。
腑に落ちんかったが、儂は明日のためにひとまず床に就いた。
「鈴ちゃんの書き込み沈静化してたろ?」
その翌日。またパチ屋に並んでおると、徳一が話しかけてきた。口ぶりからするに徳一もハクサイ掲示板を見ておるのか。
「うむ。まさかとは思うがお主がやったのかえ?」
「そう、ほとんどおれっちがやった。あそこはID表示されないし、面倒な手続きを踏んで申請しない限りはIPも開示されないから工作も簡単」
「クスリをやっとるだの前科三犯だのは……」
「それはごめんねえ。下手に擁護するよりは流れに便乗する形で牽制できそうな情報を与えた方が効果的だと思ってね」
「ほぅ、そんな手管があるのか」
確かに儂を庇おうとした主の書き込みなんぞは一蹴されておったな。
「あとは興味のありそうな話題で注意を逸らすとか、叩かれている対象以上に痛い書き込みを執拗に繰り返してヘイトをこっちに向けさせるとか、まぁやり方はいくらでもあるね」
「驚いたのぅ、おぬしの歳でそこまでねっとに詳しいとは」
徳一なんぞは常にひゃっひゃひゃっひゃと笑っておる印象しかなかったのじゃが、かように頭脳的な面も持ち合わせておったとは。
「ひゃっひゃっひゃ! パソコン通信時代からやっとるからね。年季が違うよ、年季が!」
「くふふ、まったく頼もしいことじゃ」
徳一のおかげで助かった。
じゃが、しばらく常連客以外は儂に話しかけてくるどころか、目すら合わせぬようになったのは言うまでもない。
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