主と墓参りに行くロリババア

「今日はパチスロを打ちに行かないのか?」


 儂がいつものジャージ姿ではなく着物姿で朝食を摂っておると、疑問に思ったらしい主が尋ねてきた。


「お盆じゃからな。おぬしの先祖の墓参りに行かねばならん」


「え……?」


 儂が答えると、虚を突かれたように主が止まった。

 儂の言っとることが頭に入っておらぬ様子じゃった。


「じゃから墓参りじゃよ。去年も一緒に行ったじゃろうが」


「あ、あぁ……」


 主は尚もぽかんとした表情で儂を見つめておる。

 こやつは寝惚けておるのじゃろうか。


「お盆は今のお主を形作ってくれたご先祖様が帰ってくる時期じゃ。じゃから感謝の気持ちを伝える墓参りは欠かしてはならん」


 そこまで儂が言うと、ようやく主がまともに口を開いた。


「……くそ! 普段はパチスロ中毒のどうしようもないババアなのにこういう時はしっかりしてやがるから畜生! 俺はお前を憎みきれず……くそ! いっそ突き抜けたクズだったらどんなに良かったか!」


「どういう意味じゃ!?」


「いや、何でもない。そ、その……ありがとな」


 照れくさそうに主が笑った。


「くふふ、気にするでない」


 ……盆の間はパチ屋に近づいてはならぬからな。

 盆、正月、ごーるでんうぃーく。いずれもパチ屋に行ってはならぬ三大期間じゃ。

 世間が休みで放っておいても客がやって来るこの時期は、店にとっては最大の稼ぎ時なのじゃ。地域では優良店の『アンラッキー』とて盆の設定状況は厳しかろう。


 たかだか数日パチ屋に行くのを我慢するだけで主からは感謝されて無駄な散財も防げる。そして二人で出かけた時の支払いは全て主が持つ。儂にとってはご褒美のようなひと時じゃ。


「よし、さっそく出かける準備をしてくる!」


 主が身支度をしに部屋から出て行った。

 ひひひ、張り切りおって阿呆めが。愛いやつよ。


 さて、昼飯は何をねだろうかのう?

 夏バテ対策に特上のうな重をねだるか? 

 それとも廻らない寿司を所望するか?


 ひひひ、楽しみじゃのう。



「あ、暑い……。も、もう駄目じゃぁ」


 儂の元気は外に出た時点で消し飛んだ。

 まだ午前中だというのに尋常ではない暑さじゃった。


「我慢しろ……もうすぐだ」


 主も相当辛そうじゃ。

 先程からずっと汗が止まっておらぬ。


「駄目なものは駄目じゃぁ……」


 儂の泣き言も止まらんかった。


「お前はずっと森の中で暮らしてただろが」


「すっかり人間の冷房に堕落させられてしもうたわ。それを抜きにしても近年の暑さは異常じゃ」


 もう人の活動できる気温ではないじゃろう。

 死人が出ても不思議ではない暑さじゃった。


「墓参りが終わったら昼にうな重を食べさせてやるから頑張れ」


「うーむ。それはとっくに織り込み済みじゃったからありがたみが……」


「なんだと!?」


「あ、いや、楽しみじゃなぁ」


 危ないところじゃった。

 てっきり儂の失言でうな重がご破算になるやもしれぬと思ったが、暑さで頭がヤラれておるのか主は深く追求してはこんかった。


「着いたぞ」


「うむ。ようやくか」


 緑豊かな場所にその墓地はあった。

 日頃パチ屋で煙とヤニにまみれておる儂には新鮮な空気じゃ。


 ここには主の祖父母が眠っておる。

 儂らが今住んでおる家は元々はこの者たちの物じゃった。

 他界して取り壊そうかという話になっておった折に、近くに就職した主が移り住んで来たというわけじゃ。


 この家がなければ儂と主が共に暮らすこともなかったじゃろう。儂からも感謝せねばならぬな。


 儂らは墓を掃除して花を供えると、手を合わせた。


(どれ……)


 万枚を出せますように。

 設定6に座れますように。

 フリーズを引けますように。

 ハイエナが死滅しますように。

 いつも低投資で済みますように。


「随分長いこと手を合わせていたが、何か願い事でもしてたのか?」


 墓参りを終えると、主が尋ねてきた。


「んー? 主と儂が末永く健康で仲良く暮らせますようにと祈っておったわ」


 万枚を出せますように。

 設定6に座れますように。

 フリーズを引けますように。

 ハイエナが死滅しますように。

 いつも低投資で済みますように。

 

「そうか。鈴、ありがとな」


「う、うむ」


 名を呼んで礼を言うのは反則じゃろ……。

 不覚にも顔が熱くなってしもうたわ。


「よし、じゃあ昼飯を食べに行くか」


「うむ! 楽しみじゃ!」


 この時を待っておった。

 儂らはうな重を食べに地元の商店街へと向かったのじゃった。


「これじゃこれ。このために暑い中がんばったのじゃ」


 儂は高級感溢れる重箱に入った蒲焼きを見て手揉みをした。

 冷房の効いた店内に入るとすっかり生き返った心地じゃった。


「それは良かった」


「見よ、百年継ぎ足した秘伝のタレじゃと。秘伝のタレとやらが入っとる壺の底にはどんな得体の知れぬ物が沈んでおるのじゃろうなぁ」


「食欲が失せるようなことを言うのはやめろ」


 ちっ。

 隙あらば主の分ももらってやろうと思ったのじゃが、耐えおったか。

 主も食欲が近頃減退しておったとはいえ、うな重の魅力には抗えんかったらしい。


「旨いのぅ、幸せじゃのぅ」


 儂が満面の笑みでうなぎの蒲焼きを頬張っておると、主が無言で見つめてきた。


「なんじゃジロジロ見おって。食べにくいじゃろうが」


「いや、こうして見ると鈴も普通の女なんだなって」


「よさぬか、まるで日頃は尋常ではないみたいな言い草は」


「尋常じゃないだろ。……なぁ、そろそろパチスロ以外にもっと生産的な趣味を見つけてみないか? 俺も仕事で平日は相手できないのは悪いと思ってるが、鈴にはもっと健全な生活を送ってもらいたいんだよ」


 またその話か。

 主と向かい合うと近頃この手の話題で言い争っておってばかりな気がする。

 だいたい何が普通で健全なのじゃ。おぬしの普通とやらを儂に押し付けるでないわ。


「パチスロも充分生産的な趣味じゃぞ? 入念な情報収集に設定予測。そして損切りを厭わぬ度胸に必要とあらば投資を続ける精神力。パチスロは阿呆でもできるが、阿呆では勝ち続けることができぬ。儂はこの高尚かつ高度な趣味で脳を鍛えて実益も得ておるのじゃ」


「そ、そうか。まぁ考えてはみてほしいんだ」


 じゃが主も飯時に険悪な空気にはなりたくないのか、それ以上は強く言ってこんかった。こやつにしては上出来じゃ。

 

「ふん。そこまで言うなら頭の片隅には置いてやろう」


 その後、うな重を堪能した儂らは店を出た。


「鈴。これやるよ」


「なんじゃこれは?」


 店を出ると、主が奇妙な紙を儂にくれた。


「今この商店街でやってる福引券だってよ」


「ほほぅ、この寂れた商店街も生き残りに必死というわけじゃな。どれ、一つ冷やかしに行ってやろうではないか」


「そういう言い方はやめろよな」


 儂らは福引をしに商店街の入口に向かった。

 白いテントが張ってあったその福引会場では、商店街の者共が法被を着て必死に声を出しておった。

 ひひひ、この猛暑の中でご苦労なことじゃ。


「どれ……」


 儂は貼り出されておった景品表を眺めた。


 1等 10万円分の商品券 

 2等 自転車

 3等 掃除機

 4等 1000円分の商品券

 5等 ティッシュ一箱


 ふむ、しみったれた商店街に相応しいショボくれた品揃えじゃな。

 どうせ商品券とやらもこの商店街でしか使えんのじゃろ。

 金券しょっぷで換金できるなら燃えたのじゃが、これではやる気が出ん。


「主はどれが欲しいのじゃ?」


「どれでもいい。どうせこういうのは当たらないからな」


「ほほぅ、言いおったな? なれば儂が3等以上を当ててやろう」


 自慢ではないが、儂の引き運は自身に興味のない対象に限り神憑っておる。

 以前パチ屋のファン感謝祭でもテレビを引き当てたことがあるのじゃ。

 もっとも、主への言い訳が面倒じゃから即りさいくるしょっぷに売りに行ったがの。


「無理だろ」


「儂がこれまでどれだけ薄いところを引いてきたと思うておる? この程度オスイチでレア役を引くよりは簡単じゃ」


「お前な、すぐそうやってパチスロに例えるのはやめろよな。悪い癖だぞ」


「儂が3等以上を引き当てれば夜は出前の寿司でどうじゃ?」


「そうやってすぐ賭けを持ちかける癖もだ。……まぁ、本当に当てたら出前を取ってもいいぞ」


「よし、決まりじゃ!」


 儂は抽選券を係の者に手渡してガラガラを回した。


「おめでとうございます!」


「嘘だろ!?」


 直後に係の者の歓声と主の悲鳴が聞こえてきた。

 赤い玉が出てきて2等の自転車が確定したからじゃ。


 ふむ、寿司が懸かっておらねば1等いけたなこれは。


「くふふ、夜は特上寿司じゃな」


「クッ、信じられん」


「約束は約束じゃ。ほれ、乗って帰るぞ。無論、漕ぐのは男の仕事じゃ」


 商店街から出ると、儂は手押しで運んで来た自転車に乗るように促した。


「二人乗りは違反だぞ」


「堅いことを言うでない。こんな田舎で誰に見られるというのじゃ。ほれ早う」


「しょうがねえな」


 渋々ながら了承した主が自転車に跨った。

 儂は後方で横向きに座ると、身体をこてんと主の背に預けた。


「うむ。くるしゅうない」


「暑苦しいから離れろ!」


「いーやーじゃ!」


 風などほとんどない炎天下の中じゃったが、儂は心地良かった。

 久々に主と共に出かけたが、悪くはない時間じゃった。

 儂ももっと主と一緒におる時間を大事にせねばならぬな。


 じゃが盆が明けてしまうと……。


『お盆明けの本気営業! アンラッキーがお見せします!』


 朝一からパチ屋に向かういつも通りの儂がおった。

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