アイムシャコラーを打つロリババア

「おう、おるわおるわ。風見鶏共が」


 シャコラーの島に行くと、ほとんどの連中がこっちを振り向いた。

 シャコラーは単純なげぇむ性ゆえか、手持ち無沙汰になっとる者が多い。

 きょろきょろと辺りを見回す風見鶏に、ひたすら貧乏ゆすりを繰り返す貧乏神。どいつもこいつも目の前の台に集中せんか。

 

「これが良さそうじゃの」


 儂はしばらく徘徊した後、調子の良さそうな履歴の台に座った。

 シャコラーの打ち方は単純明快じゃ。

 筐体に設置されておる甲殻類のシャコのランプが光った際に7を揃えるだけでよい。


「シャコ!」


 早速シャコりおったか……。

 残念ながら儂ではなく、右隣に座っておる老婆の台じゃが。

 このシャコのランプが点灯することを「シャコる」「シャコった」という。

 大変なことになるゆえ決して「ャ」を省略してはならぬぞ。


「ごめんお嬢さん。揃えてくれるかねぇ……?」


 出おったか……。

 儂は隣の老婆から目押しを頼まれてしまった。

 反射神経と動体視力が劣化しておる年寄りは、この7を揃えることができぬ者が多い。


「仕方ないのう」


 儂が渋々と一発で7を揃えてやった。


「キェぇぇぇええええええええええええ!」


 即座に大当たりを知らせるシャコの鳴き声がホールに響き渡った。

 シャコがこんな風に鳴くのかは知らぬが、とにかくそういう仕様になっておる。

 たまにこの鳴き声を携帯の着信音にしとる者もおるが、心臓に悪いからやめてほしいものじゃ。


「ありがとねぇ」


「うむ」


 面倒じゃとは思うが、まだこやつのように礼を言ってくるだけ上等な方じゃ。

 酷い輩じゃと儂の袖を引っ張ってシャコのランプを指差すか顎でしゃくってくる。揃えろという意味じゃ。


 一度無視してやったら後で怒鳴り合いに発展したこともある。パチスロの演出は中々発展せんというのに……まったくやりきれん。


「はい、コーヒー」


「おおっ、すまぬの」


 老婆が離席したと思ったら、自販機で買ったコーヒーを片手に戻ってきおった。

 目押しの礼に飲み物を馳走する古き良きパチ屋の文化じゃ。今ではほとんど廃れてしもうたが、なかなか殊勝な心掛けの者もおるではないか。



「シャコ!」


 しばらく打っていると、また老婆の台がシャコりおった。

 いわゆるシャコ連というやつじゃ。

 連荘することもあるゆえこのシャコラーという機種は人気が高い。


 もっとも、儂は大して面白いとは思わぬ。

 美麗な液晶画面で様々な演出が見られるAT機の方が好きなのじゃが、シャコラーはどこからでも勝負できる手軽さゆえについ打ってしまう。あとは中途半端に残ってしまったメダルを消化したい時じゃな。


「お嬢さん……悪いけどまた頼めるかねえ?」


「仕方ないのう」


 ウンザリしながらも儂はまた揃えてやった。


「キェぇぇぇええええええええええええ!」


 またシャコのやかましい鳴き声が響き渡った。


「ありがとねぇ。はい、コーヒー」


「うむ」


 律儀にも再び飲み物を買いに行った老婆が儂に手渡した。

 さて、儂のもそろそろシャコって欲しいところじゃな。


「シャコ!」


「お嬢さん……」


「またかえ!?」


 舌の根も乾かぬうちから……。

 台もこやつも調子良すぎるじゃろ。


「ごめんねぇ……」


「仕方ないのう」


「キェぇぇぇええええええええええええ!」


「ありがとねぇ。はい、コーヒー」


 3本目。

 そろそろ腹がたぷんたぷんじゃった。


「う、うむ。もうコーヒーはよいからの?」


 その後も老婆のシャコラーは絶好調じゃった。

 

「シャコ!」

「キェぇぇぇええええええええええええ!」


「シャコ!」

「キェぇぇぇええええええええええええ!」


「シャコ!」

「キェぇぇぇええええええええええええ!」


「シャコ!」

「キェぇぇぇええええええええええええ!」


「お嬢さん……」


「いい加減にせんか!」


 もう何度目になるか分からない目押しの依頼で儂はついに怒鳴ってしもうた。

 いや、儂も儂じゃ。安易に一度引き受けてしもうたから、こうして何度も揃え続けてやる羽目になるのじゃ。

 最初から引き受けねば良かった。


「あの……コーヒー」


「もう要らぬわ!」


「ごめんねぇ……」


 悲しそうな顔でがっくりと老婆が項垂れた。

 その光景にさすがの儂も少々心が痛んだ。


「おぬし、目押しも禄にできぬのに打っていて楽しいのかえ?」


「そうだねぇ……自分で揃えられないのはもどかしいけれど、楽しいよ。家に居場所もないからねぇ」


「……」


 パチ屋に来る年寄りは多い。

 老い先短いにも関わらず、貴重な人生の残り時間をこうしてパチンコやスロットに費やしておる。


 じゃから一概に「パチ屋は悪なのだ」と世間は言うが、なればこの孤独な年寄り連中の面倒は誰が見るというのじゃ。

 パチ屋は家庭で蔑ろにされておる年寄りの憩いの場でもあり、受け皿にもなっておる。ただ一方的に悪じゃと断罪するのは短絡的だとは思わぬか。


「よし、儂が目押しを教えてやろう!」


「えっ? 気持ちは嬉しいけれど、できないよ。目も悪いからねえ」

 

 儂の提案に老婆は戸惑っておるようじゃった。


「やってみなければ分からんじゃろ。儂は何もビタ押しでリプレイ外しをせよと言うておるわけではない。簡単じゃ」


「そ、そうかい? それならお願いしようかね……」


「うむ。任せるのじゃ!」


 老婆のシャコラーが再びシャコると、儂らの特訓が始まった。

 見た目だけは若い娘姿の儂が年寄りに目押しを教えている光景が珍しいのか、後ろに見物客も数人できた。ええい、見せ物ではないのじゃぞ。


 5分後。


「違うそうではない。図柄を目で追いかけようとするからいかんのじゃ」


「難しいねぇ……」


 老婆は苦戦しているようじゃった。

 まぁ慣れないうちは無理もないじゃろう。


「リールの回転速度は同じなのじゃから、たいみんぐを図って上から滑ってくる図柄を迎えるようにして押すのじゃ」


「こ、こうかねえ?」


「キェぇぇぇええええええええええええ!」


 老婆が思い切って押すと、即座にシャコの鳴き声が響き渡った。


「ほぅ、やるではないか」


「や、やったよ! ありがとねぇ」


 この歳になって新しいことを覚えられたのが嬉しいのか、老婆は嬉しそうじゃった。


「礼を言うのはまだ早いぞ? 最後に今シャコっておる儂の台の7を揃えてみせよ。無論、揃え終わるまで儂のメダルを使ってよい」


「えっ、そんな責任重大なことはとても……」


「一度揃えただけでは体得できたとは言えぬからな。よいからやってみせよ」


「う、うん……」


「キェぇぇぇええええええええええええ!」


 儂の予想に反して老婆は一発で7を揃えてみせた。

 それと同時に後ろで見守っていたカス共が一斉に拍手しおった。長くパチ屋に入り浸っておると極稀にかような優しい世界が生まれる。この奇妙な一体感は何なのじゃろうな。


「くふふ、見事じゃ。これで目押しができるようになったも同然じゃな」


「お嬢さん……ありがとう。ありがとう」


 3時間後。


 その後も絶好調じゃった老婆が遊技をやめた。

 6箱は積んでおるじゃろうか。

 こっちは未だに1箱分出した程度で一進一退じゃというのに、景気の良い話じゃ。


「お嬢さん。今日はありがとねえ。はい、お礼」


「なっ!?」


 老婆が去り際にメダルがぎっしり詰まった箱を一つ儂に手渡した。

 カチ盛りになっておる……。

 なぜカチ盛りができて目押しが今までできんかったのじゃ。


「こんなに楽しい気持ちになったのは久しぶりだよ。本当にありがとねぇ」


「う、受け取れるわけなかろうが!」


 両腕で箱をガッチリとキープした儂が心にもないことを言った。


「いいからいいから。よかったらまた一緒に遊んでちょうだいねぇ」


 老婆は笑顔と儂にくれた1箱を残して去って行った。

 まったく情けは人のためならずとはこのことじゃ。


 このまま絶好調じゃった老婆の台に移っても良かったが、連日の朝一稼働で儂も疲れておったので今日はもう帰ることにした。


 ひひひ、これでプラス域。

 負けぬことが肝心なのじゃ。


 異世界馬鹿五郎の投資は痛かったが、シャコラーでどうにか取り戻すことができた。

 2日続けて勝利した儂はご機嫌で店を出たのじゃった。

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