第4話 大図書館

 一概に魔法といってもその種類や特性、発動方法は千差万別。

 最も広く知れ渡っているのが元素魔法、使い手は少ないが強大な力を発揮する原初魔法、見向きもされない五行魔法など、ほかにも体系化された魔法はいくつもある。

 しかし、これらに共通しているのが万物に含まれている魔素を使用すること。

 魔素とは万物に宿る根源の粒子であり、それそのものには目的も意思も存在しない。

 ただただ、そこにあるだけの存在だ。


 魔素に何かしらの意図を持った働きを与えることで魔素は変質する。

 この変質したモノを魔力と呼ぶ。

 生物の意思や自然の摂理によって生まれた魔力はときに破壊をもたらし、ときには癒しを与える。

 魔力を操れば魔法は使えるようになる。

 しかし、ここまでなら学んでいない一般市民でも使えてしまうことがある。

 早く走りたいと願って足を動かせば、無意識的に魔素を魔力に変えて身体強化の魔法を発動させることは珍しくもない。

 もっといえば獣でも使える。


 魔法使いならばさらに上の境地であるマナを使えるようになるべきだ。

 昨今はマナを使えなくても魔法使いと呼ぶ傾向があるが、マナなくして魔法使いといえず、魔力を操るだけならモンスターと変わらないだろう。


 随分と過激な表現が各所に見られる本だった。

 しかし、意外と読みやすくて悪くなかった。

 本のタイトルは『真の魔法使いたるべし』、著者はエルモンド・ヴィス・カリエン。

 エルモンドの本はところどころに散見していたけどどれも悪くなさそうだ。

 アルカナム入学まで時間もあるしすべて見ることができるかもしれない。


「若様、そろそろ閉館のお時間です」

「もうそんな時間か」

 リュカは俺が椅子に座り本を読んでいる間も直立不動で背を守っていた。

 護衛に専念しているのは分かるんだが、あまりにも無駄な気がしてしまう。

 大図書館はアルカナムが管理運営していて、館内には魔法使いが何人も常駐して警備している。

 何か問題があるとは思えないんだがな。


「明日から館内での護衛は不要だ、お前も何かを学べばいい」

「それでは護衛になりません」

「護衛として実力をつけるのも仕事だろ」

「……承知しました」

 リュカは一瞬の空白後、諦めたのか不祥不詳ながら頷いた。


 宿へ戻る道すがら聞き覚えのある声が路地から聞こえてきた。


「すみません、すみません……」

 昼間の果物売りの少年と、その後ろに子どもが数人、彼らを威圧する柄の悪そうな連中。


「テメェのせいで無駄に叱られただろ、どう落とし前つけてくれるか」

「この子らは関係ないではないですか、僕だけにしてください」

「そんなの知ったことかよ」

 昼間に少年にぶつかり、そのまま去ったことを主人に知られて叱責を受けたことで怒っているようだ。

 子どもの泣き声が路地裏に響く。

 肩に家紋が入っているということはどこかの貴族の所属か。

 どうりで周りも見て見ぬふりをするわけだ。


 止めようと一歩足を踏み出したところでリュカが体を前に出して俺を止める。


「あの家紋はアシュフォード家のものです、宮廷での発言力が強くお関わりにならないほうが懸命です」

「なぜ?」

「アシュフォード家は聞いたことがないですが、宮廷貴族と辺境貴族は確執があり、デリケートな問題なのでなるべく関わらないようにと教えられています」

 まぁ、よくある話だ。

 辺境貴族は外敵と接することが多く実力重視で力で解決することが多い。

 それに対して宮廷貴族はどちらかというとうちうちの問題として政治で解決することが多い。

 

「では、どう考えても相手が悪いというのに見て見ぬふりをしろと……そんなにもグレイヴンロックは弱いのか?」

「そういうことではありません」

「そういうことだろ。相手が悪いんだからそれを正して何が問題なのか」

 弱小貴族なら圧力に屈することもあるだろうが、グレイヴンロックは強者側だ。

 いくら相手が宮廷に勢力があろうと気にする必要もない。


「んっ? あっ、テメェは……ちょうどいいところに来たな、そもそもテメェが余計な口出しをしなければなんの問題にもならなかったものを」

 相手の興味は少年からこちらに移り変わったようだ。


「リュカ、どうやらやりすごすのは難しそうだ。周りを制圧しろ。真ん中のは俺がやる」

「危険ですから下がっていてください」

 そういえば騎士団見習いたちは本隊から遅れて王都で合流したため俺が戦っている姿を知らないのか。


「命令だ、中央のあいつは残して周りを制圧しろ」

「……承知しました」

 不祥不詳も慣れたものだ。


「何をごちゃごちゃと、二人まとめて売り飛ばしてやるよ」

 男がハンマーを異空間から取り出して襲いかかってくるのに対して俺は腰に下げた剣を抜く。


「そんな棒切れでなんとかなるかよぉぉぉぉ」

「鍛えて輝け、鋼煌」

 ハンマーと剣がぶつかり合い甲高い音を鳴り響かす。

 金属を強化する五行魔法、これだけではまだ厳しい。

 相手は仮にも貴族に仕えれるくらいには実力がある。


「落ちて流せ、水簾」

 振り下ろされるハンマーの前に水の壁が現れハンマーを受け流す。

 ハンマーの一撃で地面が陥没する。

 ここで決める。


「舐めるなぁぁぁぁ!!」

 男の腕に血管が走り筋肉が隆起する。

 力づくでハンマー振り上げようとしていた。


「そんな力任せで持ち上がるかな」

「このてい……ど……なっ!?」

 男の想定とは異なりハンマーは上がらなかったようだ。

 視線の先にはハンマーを土でできた手が押さえている光景があった。

 五行魔法の土偶は土で物を形どることができる。

 抑えるだけなら手だけでいいし、緻密な操作もいらない。

 ハンマーの先を押さえてやれば大した力がなくても十分だ。


 男はハンマーを持ち上げようと全力を込めたせいで無防備になっている。

 剣の腹で顔面を思い切り殴っておく。

 いくらなんでも王都で貴族の部下を殺すのは問題になる。

 これくらいで……

 いやもう少し……いやもう少し……いやもう少し……

 気づけば元の顔からは誰だか分からないほどに腫れ上がった男の完成だった。

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