第5話 マナハート

「若様、アシュフォード家より招待状が届いております」

 十中八九クレームだろうな。

 難癖をつけられた少年たちは教会に引き渡し、ボコボコにした男たちはそのまま放置した。

 対応したい気持ちはやまやまだが、残念ながら今は忙しい。


「忙しいから丁重にお断りしますと返事をしておけ、それと今から俺は大事なことを始める。誰も部屋の中には入れるな。声もかけるな」

「……承知しました」

 王都で最も格式ある宿屋の最上級スイートルームに部屋をとった。

 結界で外部と隔離されたこの部屋なら安心して集中できる。


 今日は魔力の一段階上のマナの構築を始めようと思う。

 座禅を組み感覚を研ぎ澄ます。

 ゆっくりと深く呼吸をして魔素を魔力へと変質させる。

 これを何度も繰り返し魔力を目の前に集めていく。

 ここからさらにできる限り不純物を取り除いて圧縮する。

 青白く皓皓と輝き、その美しさに魅入られそうになるが、まだまだマナと呼ぶには程遠い。

 マナが使えれば一人前の魔法使いと呼ばれる。

 アルカナム卒業の条件にマナが使えるということがある。

 つまりは五年間を通して構築していく難度のものなのだ。


 魔力も足りなければ不純物もまだまだ多い。

 そもそもここでいう不純物とは魔素から魔力へと変質させる際の失敗したもののことだ。

 なぜ失敗するのかは単純に魔力のコントロールが下手だから。

 練度を上げればこの不純物を減すことができる。

 不純物が限りなくなくなればマナへの一歩目となる。


 この作業に魔法使いは心血を注ぐわけだが、俺はこれを裏道で突破したいと思う。

 実際にできるかどうかは試してのお楽しみだ。


 魔力不足はグレイヴンロックの資金力を使って高級霊薬を買ってきた。

 澄み切った氷青色、容器越しに冷気を感じる。

 一本で一般人の年収を超えるフロストエーテルを飲むと体の芯から全身へと冷気が巡っていく。

 これでより魔力を集めることができる。


 より大きく煌々と集められた魔力が部屋を照らす。

 霊薬でブーストしたせいか不純物がさっきよりも多く混ざってしまっているが想定通り。

 集めた魔力をゆっくりとゆっくりと回転させていく。

 この世界で調べても出てこなかったが、マナといえば心臓の周囲を回転させるように構築するマナサークルが有名だ。

 いきなり体の中で試すのも怖いので外で試している。


 回転が徐々に速くなっていく。

 かなりの速度に達した魔力は最早手に負えないほどに高速回転している。

 遠心力で外に逃げ出そうとする魔力の奔流はまず不純物から飛ばしていく。

 不純物がなくなった後もコントロールを離れた魔力は回転を続け必要な分の魔力までも飛ばそうとする。

 それを無理矢理抑え込み、回転を止めるように働きかける。


 安定した速度に抑えるまで結構な量の魔力を失ってしまったがとりあえずは完成だ。

 魔力の上位互換である純粋なマナの塊。

 まぁ、ここまでやってマカを作る意味は皆無というか無駄すぎる。

 気づけば一時間は集中していたわけだが、そもそも敵の前でそんなに待ってくれる時間なんてあるわけない。

 裏道を抜けまくったせいで自分の許容を超えたマナはその場に維持するのも難しいため、力を抜けばすぐに空気に溶けていった。

 悲しくも儚い存在よ。

 魔力を使い果たしたせいで急激に眠気がやってきた。


 翌日、目を覚ますと昼過ぎだった。

 食事をして再び部屋に閉じこもる。

 今日は昨日試したものを心臓に作る。

 心臓が血液を全身に流すようにいつでもマナを全身に巡らせれるようにマナハートを作る。


 心臓の周囲を魔力が高速回転している。

 体を傷つけないためにも決して回転を大きくしてはいけない。

 昨日よりも繊細な作業になるが、昨日の今日で要領は掴めている。

 魔力の奔流が体の内側から全身を突き刺してくる。

 痛みのせいで意識が途切れそうになるが、ここで意識が途切れれば抑え込んでいた魔力が破裂して体がどうなるか分からない。

 痛みに耐えどれだけの時間が経っただろうか。

 

 ようやく不純物が黒い汗のように全身から溢れ出て、魔力がマナに変わったのを感じた。

 あとはマナの回転を抑え安定させて心臓にマナサークルを定着させる。

 全身の痛みがひいていき、心臓の鼓動をより強く感じる。


 心臓にマナサークルが定着してマナハートの完成だ。

 なぜだろう、体が軽い。

 マナハートはマナをいつでも引き出せるようになるものなのに。

 この異様な臭いを発する黒い汗はまるで武侠世界の換骨奪胎をした後のようだ。

 悪いものではなさそうだし別にいいだろう。


 とにかく風呂に入って飯だ。

 腹が死ぬほど減った。


「はぁー、食った食った。もう食えん」

「本当に大丈夫ですか? 結界越しでも相当な魔力を感じましたが」

「あぁ、こうして元気だろ」

「さようですか、フロストエーテルをお試しで使用なさるなど後にも先にも若様だけでしょうね。それも二日も連続で」

「まぁ、それなりの成果はあったんだから気にするなよ」

 改めて考えてみると今回のマナハート構築で最も高いハードルだったのはリュカの説得だったかもしれん。

 さすがに詳細を話すと危険だからと止められるし、掻い摘んで話しても高級なエーテルを購入する理由を説明しないといけないしで面倒だった。


「ところで若様、アシュフォード家より改めての招待がありました。もしも受け入れられなければ正式な手段で抗議するとのことです」

「俺は忙しい、聞きたいことがあるならそっちが来いとでも言っておけ、それと抗議するならグレイヴンロック本家にどうぞともな」

 互いの家の関係的に向こうもかなり気を遣っているようだな。

 面倒ごとが嫌なら諦めろってんだ。

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