第4話 はじまりからのはじまり


セルジュさまに勇気づけてもらって、元気がわいてきた。

彼の動画アカウントで生配信を決行した。


「イケメンを独り占めしてなにが悪い?」


謝罪配信のつもりなどまったくない。

セルジュさまは物じゃねー。

シェアなんてできるか。

レンタルバイクじゃねーんだぞ。


などと話していたら、一瞬にして、チャット欄が激しく炎上をはじめた。


「未成年略取? 空から落ちてきたのを保護してやっただけだっつーの!」


どこの誰だか顔も名前もしらないモブキャラどもに遠慮などせん。


「あと私の作品をけなす奴。テメーはベストセラーを出したことあるんだろうな?」


じゃなきゃ説得力もくそもない。

デブがダイエット動画を出して「こうしたら痩せる」といわれても、コーラ飲んでピザでも食っとけって話だ。


「ふうスッキリした」


配信を通報した輩がいるかもしれない。

セルジュさまのせっかくのアカウントが凍結されたら私のせいだ。

そうなったら、また一からふたりで再出発するのみ。


悩むのはもうやめだ。

前に進んで進んで道を切り拓いてやる。


「もうひとりで大丈夫そうだね」

「え?」


突然なにを?

そのセリフって、私の中では別れる時にするものだけど……。


「君は強い。言葉の刃にももう屈することはない」


急にすこし照れるセルジュさま。

間があった後、急に顔が接近した。


とても甘くて蕩けるようなキス。


──でも、なぜかペロペロと唇を執拗に舐めまわしてくる。


ちょっ、なんだか痒い。








「ちょっ、やめて……あっ!」


なん……だと?


自分ちの屋根の上。

近所のよくエサをあげてる野良ネコが心配そうに私を舐めまわしていた。


東の空が赤く染まっている。

スマホをみると、時間が巻き戻っていてあの流れ星を見た日の朝だった。

いや、そもそも夢だったのか?


例の「令嬢ちゃんねる」を見ても私の名前などひとつもない。


夢にしてはずいぶんとリアルで長かった。

軽く1週間は寝起きした感覚だったのに……。


友人にLIMEを送っても覚えていない。

セルジュさまの影がどんどん薄くなっていく感覚に襲われる。


でも不思議と筆が進むようになった。


もう止まらない。

私の心の中に眠っていた物語を寝食を忘れる勢いでキーボードを叩いた。









それから3年。

私は5作品のベストセラーを世に送り出した。

そのうちの最初の年に書いたものが、この春映画が公開される。


夢の中でセルジュさまに言われた言葉は今でも私の心の支えになっている。

あれが私が生み出した幻影だとしても心の底から感謝しているし、大好きなあの人には幸せになってもらいたい。


「──ってうそ!」


ふと、例の小説投稿サイトをのぞいてみた。

すると、じつに4年ぶりに「辺境領主のご落胤」が更新されていた。


はやる気持ちを抑えて一文字ずつ、かみしめるように物語を追う。

セルジュさまは、隣国の賊を退治した後、国王から王女と結婚するようすすめられる。


しかし、彼は丁寧にそれを断り、街中に住む何の変哲もない女性と結婚した。

彼女は市井にあって、物書きをしていると物語の最後に書かれていた。


物書きをしている女性、か──



まさかね?







  ─ fin ─








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】小説の中の人を拾いました ─辺境領主のご落胤─ 田中子樹@あ・まん 長編3作品同時更新中 @47aman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画