第3話 紙の本


「だいぶこの世界のことがわかってきた」


働かないと対価を得られないこと。

あと、私が本を書いて生きていることを学んだようだ。


「くわを持たぬ者に、みのりは巡らず、だ。オレも働こう」


働かざる者食うべからず、みたいな意味なのかも。


でもなぁ。

働くっていっても、むずしいと思うんだよね。

だって、顔が良すぎるもん。

こんなイケメンがコンビニでバイトしたらどうなる?

たぶん、セルジュさまを目当てに女の子が押し寄せる。

それで、コンビニがつぶれる。


他の仕事もだいたいそんな感じになるでしょ?

かといって、俳優とかモデルの仕事は田舎にはないしなー。


いや待てよ。

見た目で稼ぐ方法ならある。

まあ本人がイヤじゃなければの話だけど。


私もはじめてやるので、準備に時間がかかった。

それはつまり、動画の配信。

企画の内容は特にない。

踊ったり、歌ったり、料理を作ったり、適当でいい。

素人まる出しの編集なのに、登録者数がすぐに1万を超えた。

それなりに数を出せば、セルジュさまなら100万人も夢ではない。


だけど、ここで問題が発生した。

動画のコメント欄にアンチコメがちらほらと入る。

セルジュさまではなく、撮影と編集をしている私に対してだ。


服を買おうと外出したときに撮られたツーショットが出回っているらしい。


エゴサーチをすると、すぐに出てきた。

女の子用WEB掲示板、通称「令嬢ちゃんねる」。


そこで私が小説家であること。

最近、売れる本を出してないこと。

学生の頃にどんな子であったか、などが書かれている。









HOME 〉 小説 〉 悲報、南海祭。未成年略取の疑い


2. 匿名 2025/10/03(金) 14:23:37

このオバサンを誰か警察に通報してよろしくてよ。


3. 匿名 2025/10/03(金) 14:24:01

誰なのw

ってか、イケメンを独り占めするのはマジゆるせない。





37. 匿名 2025/10/03(金) 16:26:18

>>3

正体判明、南海祭(みなみまつり)小説家

代表作「おばあちゃんの優しい台所」


38. 匿名 2025/10/03(金) 16:27:29

>>37

むかしから気が強いヤツ。

コイツならやりかねんw


39. 匿名 2025/10/03(金) 16:27:53

>>37

けっこう有名だよね?

でもその作品しか知らないけど。


40. 匿名 2025/10/03(金) 16:28:01

>>37

小説版一発屋ですわね。

それもおクソな作品ですわ。


41. 匿名 2025/10/03(金) 16:28:26

>>37

オレ、小学2年のころ、コイツに殴られたことあるしw

ババァとの想い出を書いただけだろ?


42. 匿名 2025/10/03(金) 16:29:46.

>>41

ヤローは出ていきなさい!

握りつぶすわよ?









そのあとも悪口がたくさん書かれていた。

しばらくして、中学の卒業アルバムの顔が出た。


友だちから連絡があった。

だけど心配をしているフリをしながらセルジュさまのことを聞かれる。


しんどいな。

男っぽい性格なのは、自分でもわかっている。

子どもの頃、男子を泣かせたのも1回や2回ではない。

私の人格を否定するのはかまわない。

でも、私が生み出した小説をけなすのはやめてほしい。

おばあちゃんとの思い出を形にしたものだから。


「遊びに行こうか?」


セルジュさま。

今はそんな冗談につきあう余裕はないのだけど?

いったいどうやって行くの。


一緒にいけばまたスクープされて炎上するだけ。


「だいじょうぶ」


怖がっている子どもを勇気づけるようなやさしい笑顔。


「オレに考えがある」












これかぁ~。

セルジュさまの秘策って。

頭を包帯でぐるぐる巻きにした姿。

片目を眼帯をしている。

もはや誰なのかさっぱり。


私もマスクと大きめのサングラスで変装する。

これだけで外を出歩いても、バレていない。


ショッピングしようと大きな街にやってきた。

気が沈んでいるので、あまり気乗りしていない。


なにを買うのかと思っていたら、書店に向かった。


「これか!」


セルジュさまが手に取ったのは「おばあちゃんの優しい台所」。

彼は静かに本をひらいて読みはじめた。


あたらしい物語が書けない自分がいやだった。

過去の作品にこだわっていては新しいものが生み出せない。

だから本を捨てた。

でも、今は電子でも読める時代。

なのでわざわざ紙の本を買う必要もないのに。


「すてきな物語だね」

「でもこれは……」

「自分で生んだものを見捨てたらかわいそうだよ?」

「──っ!?」


そんなこと言われなくても、わかっている。

本なんていつだって買えるのだから。


セルジュさまは本を閉じて、やさしい笑みを浮かべた。


「紙の本にはね、特別な力が宿っていると思うんだ。」

「……力?」


私が問い返すと、彼はゆっくりうなずいた。


「うん。この本もただの文字じゃない。ページをめくるたびに物語が広がる。それは君のおばあちゃんとの思い出であり、心を込めて作られた世界だからだよ」


彼は指先で表紙をそっとなぞった。


「……でも、今は電子書籍の時代だし、時代遅れなんじゃ」


私はそう言って目をそらした。

セルジュさまは静かに首を振った。


「たしかに紙の本は便利じゃないかもしれない。でもね、誰かが大切に持ち続けてくれるものだよ。たとえば、何年も経ったあとに、ふと本棚から引っ張り出されてまた読まれる。そうやって、君の想い出と言葉がずっと生き続けるんだ。」


彼の言葉に胸がぎゅっと熱くなった。


「それにね」


セルジュさまが微笑みながら本の表紙を私にみせる。


「これは君が生んだ〝命〟──君自身が大切にしなくて、誰がこの物語を守るの?」


その言葉に息が詰まった。

本を捨てた時の自分の気持ち。

あれは本当はただの逃げだったんだと思い知らされた。


「もっと自分の中をのぞいてごらん。物語は君の中に眠っているのだから」


失敗した苦い経験や思い出。

楽しかったことや学んだこと。

そのすべてが糧となって、私からあらたな命が生みだされる。

そうセルジュさまは優しく説いてくれた。


「だからオレのはじめて稼いだお金で君にプレゼントするよ」


セルジュさまは本を私の胸にそっと押し付ける。

私はぎゅっとその本を抱きしめた。





「それが君自身の物語のはじまり一歩だよ」







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