第6話

 ショウが斡旋する闇バイトの現場が、大学近くの倉庫だと聞きつけた俺たちは、その夜、思い切って突入した。

 もちろん危険は承知のうえ。

 だが、放っておけばカナの友人はより深みにはまり、カナ自身も困ることになる。


 倉庫内は薄暗く、無骨なライトがいくつか置かれている。

 埃が舞い上がり、鼻につく鉄錆びた臭いが漂う。

 そこにいたのは、いかにもやばそうな連中。

 カナの友人らしき人物は、奥のテーブルに怯えた顔で座らされていた。


「おい、何も知らねえ学生が勝手に入ってくんなよ」


 男たちが睨みをきかせてくるが、俺もひるむわけにはいかない。


「こいつらを解放しろよ。こんなバイト、正当なものじゃないっスよね?」


「はあ? てめえ、誰に向かって口利いてんだ?」


 向こうはガタイのいい連中だが、俺は話術と度胸だけでどうにかするしかない。

 ポジティブが取り柄の俺だが、さすがに心拍数は跳ね上がっている。


 すると、カナが一歩前に出て、俺の袖をつかんだ。


「……私も一緒に話す。友だちを返してほしい」


 彼女の声は震えながらも、はっきりとした意志が感じられる。

 その姿を見て、俺も覚悟をさらに固める。


「要は金だろ? だったら、いきなり暴力じゃなくてもっと建設的なやり方があるはずだ。……あんたらだって、捕まったら終わりでしょ?」


 連中は一瞬、虚を突かれたように顔を見合わせる。

 そこをさらに畳みかけるように、俺はとにかく勢いと口調で圧倒する。


「第一、この場所がバレたらどうなる? こんな倉庫まで借りて闇バイトさせてること自体、リスキーじゃん。あんたらも面倒は嫌だろ?」


 ハッタリ半分だけど、勢いだけなら負けない。

 連中がたじろぐすきに、カナは友人を引っ張り、テーブルから救出。

 相手は人数だけは多いが、意外と押しに弱いのか、手を出すタイミングを逃している。


「よし、行くぞ!」


 俺はカナと彼女の友人の手をとって出口へ走る。

 乱暴な男たちが追いかけようとするが、物陰からショウが姿を現す。


「へえ、やるじゃん。けど、ここで逃がすわけにはいかねえんだよ」


 ショウはニヤリと笑い、周囲に合図を送る。

 するとまた別の手下が何人も姿を現す。

 さすがに囲まれたか……と身構えたそのとき、カナが意を決したように声を上げる。


「いい加減にして! このままじゃ本当に警察沙汰になるわよ! そんなのあんたたちも嫌でしょ?」


 ショウは一瞬たじろぐように視線を泳がせる。

 どうやら警察を呼ばれるのは本気で困るらしい。


「……ちっ、確かに面倒だな。だが、お前らが黙ってくれるなら見逃してやってもいいぜ?」


 ショウは余裕を装いながらも、俺たちの気迫に押され気味だ。

 ここで強引に殴り合いになる前に、きっぱり言い放つ。


「俺たちは黙るわけないっスよ。でも、あんたらがこれ以上バカなことしないなら、わざわざ自分から警察に突き出す気もない。……とにかく、引いてくれ」


 いまにも睨みつけてくるショウだったが、周囲の男たちが「マジで厄介だぞ」「ここで暴れたら捕まるかも」と口々に言い始める。

 結局、ショウは舌打ちし、俺たちを睨んだまま引き下がっていった。


「……いい気になるなよ。いつか後悔するぜ」


 最後に捨て台詞を吐き捨て、闇バイト連中は姿を消す。

 俺は、ほっと息をつく暇もなく、カナの手を握りしめる。


「大丈夫か? 無事で良かった……」


 カナは目に涙を浮かべて頷く。

 俺たちの指は自然と絡み合ったまま離れなくなっていて、俺は胸があたたかくなるのを感じていた。


「……ケンジ、本当にありがとう……」


「まだ終わってないかもだけど、ひとまず友だちは助かったし、よかったっス」


 深夜の帰り道、俺は震えるカナの手をずっと握ったまま歩く。

 そんな俺たちの姿は、まるで恋人同士みたいだと、内心ドキドキしながら思っていた。

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