第4話

 翌朝、大学でカナの姿を見かけたとき、彼女はいつになく暗い表情をしていた。

 目の下にうっすらクマがあるし、頬がこけたように見える。


「おい、カナ。大丈夫? また徹夜してるんじゃない?」


 そう声をかけた俺に、カナは少し震えた声で答える。


「……ちょっと、友だちが巻き込まれたみたいで……あの怪しいバイトの話。高額謝礼とか言って実は闇バイトだったって」


 ああ、やっぱりか……と俺は頭を抱える。

 怪しい金儲けの誘いに手を出した友人がいるなんて。

 しかも、債務トラブルにまで発展している可能性が高いという。


「そりゃまずいっスね。早めに止めさせないと、もっと危険になりそうだ」


「……私も、彼女を助けるにはお金が必要かもって思って……実は高額バイトに少しだけ興味を持っちゃったの」


 カナが弱々しく呟く姿に、俺は胸がぎゅっと締め付けられる。

 まさかあのクールな彼女が、そんな境遇で悩んでるなんて思わなかった。


「バカ。そんなのやめろよ。困ったら俺を頼れって!」


 勢いよく言ったつもりが、周囲の学生たちがびっくりしてこっちを見ている。

 でも構わない。


「俺で良ければ力になる。ていうか、俺がなんとかするから……無茶しないで」


「でも、私があなたに迷惑かけるのは……」


 カナの瞳が潤み、声がかすれる。

 その表情があまりにも儚いもんだから、思わず俺は彼女をぐっと引き寄せた。


 周囲の視線を忘れ、カナの肩を抱く。

 彼女の頬が一瞬にして赤く染まるのがわかる。

 でも、反発することなく、カナは小さく震える手を俺の背中へ添える。


「迷惑なんかじゃない……俺は、お前が心配で仕方ないんだよ」


「……ありがとう。ケンジ……」


 気づいたら、俺たちはそのまま唇を重ね合っていた。

 キャンパスの片隅、人目をはばかる余裕などなかった。

 お互いの体温が重なるたびに、頭が真っ白になる。

 カナの息遣いが熱を帯び、俺の心臓もバクバクと跳ねる。


 彼女の唇は柔らかくて、呼吸が互いの頬をかすめるたび、その熱に溺れていく。

 理屈じゃなく、カナを求める気持ちが止まらない。


 ふと我に返ると、周囲の学生たちがぽかんと見ている気配。

 俺はあわててカナと体を離し、顔を赤くしながら咳払いをする。

 カナも視線をそらしつつ、「……行こ」と小声で言う。


 そのまま二人は人気のない場所を探し、校舎の裏で再度熱く唇を重ね合った。

 一度火がついたら、容易には消せない。

 俺たちは混乱しながらも、求め合わずにはいられなかった。


 しばらくして、ようやく理性を取り戻したとき、カナの瞳には涙が浮かんでいる。


「……ごめん、私、こんなこと初めてで」


「俺も……こんなに急に感情が爆発するなんて、想像してなかった」


 俺たちは戸惑いながらも、はっきりと惹かれ合っているのを感じる。

 このまま気持ちに身を任せるのは危険かもしれない。

 それでも、もう後戻りはできない――そんな熱が体に残っていた。


「闇バイトの話、必ず止めさせよう。お前の友だちも、ちゃんと助けよう」


「……うん、お願い。私一人じゃ、もうどうにもできそうにないから」


 ふわりと吹いた風が、カナの髪を揺らす。

 その隙間から覗く潤んだ瞳を見つめながら、俺は強く決意を固めた。

 困っている人を見捨てられない性分もあるが、それ以上にカナを守りたいという想いが俺を突き動かす。


 こうして、俺たちはまだ始まったばかりの恋情を抱えながら、危険な闇バイトに立ち向かうことになる。

 ちょっとした行動力が、思っていた以上に大きな波紋を広げることを、このときの俺はまだ知らない。

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