第23話 「特訓の日々⑨」
翌日(四日目)、午前――
リラは目を厚手の布で、耳を耳栓で塞いで立っていた。こうなるとまっすぐ立てているのかも分からない。何となく身体が揺れている気がする。
一切の雑念を捨て、己を世界へと開くこと。そんなのはさっぱり分からないが、つまりは見えない敵に囲まれていると考えればいいのだ。今私は完全に包囲され、数十の剣を向けられている。その剣先全てを警戒する気持ちで立つ。
もし本当にそれがまとめて襲ってきたら対応なんてできる訳ないが、これは心意気の問題。現実のことは忘れ、一騎当千の戦士になったつもりで全周囲を警戒する。
目は見えない。音も聞こえない。ならばただ待ち受けるのみ。気配を感じた瞬間に応じるのみ。僅かな耳鳴り。血の流れる音。鼓動、呼吸。肌を撫でる風、筋肉の震え。握った棒の感触、指にかかる重み。……集中が深くなっていく。
頭の中に何かが見えてくる。粘土のような不定形の何かは、集中が深まるほどに複数の鋭角をもった形に変化していく。複数の滑らかな面が組み合わされた多面体。その面は最初は鏡に見えた。
だが違うと気づいた。
それは透き通るような水晶だった。光を受け入れ、内部で屈折させ、再び外へと放射するプリズムがそこに浮かんでいた。プリズムは脈動している。平面で構成された多面体と不定型な粘体の間を行き来している。その表面は鼓動のリズム、呼吸のリズムと同期して、波打っている。
結晶が安定すると同時に、見ることもできず聞くこともできない世界に一つだけ灯火が現れた。人の形をした灯火。その手にある木の枝にも火は燃え移っている。枝は常に僅かに動いて、戦意を示し続けている。
リラは、その戦意に向けて、木の枝を構えることで準備が完了したことを伝えた。
リラが構えると同時に灯火は動き始め、軌跡を作っていく。確定した過去の軌跡と、殺意のままに消滅と出現を繰り返す未来の軌跡。
軌跡はリラの周りを半周移動した後、右腕を叩きに来る。かなりゆっくりだ。リラは受けに回る。枝同士が打ち合う手応え。それから微妙に角度や高さを変えながら打ち込まれる木の枝を受け止め続ける。
そして最後にはほとんど連打と化した木の枝を防ぎ続けた結果、少年はリラが『鏡(テスカトル)』を完全に習得したと判断したようだった。
◆◇◆◇◆◇
午後――
「次は切り替えだ。『鏡(テスカトル)』は防御と反撃を強化するが、守りを固めた敵に自分から仕掛ける時にはそこまで有効じゃない。攻勢の切り札は『威圧(ズグラース)』だ。『鏡(テスカトル)』の使い手は戦場では基本的には『鏡(テスカトル)』を維持しながら、ここぞというタイミングで『威圧(ズグラース)』に切り替える。特に重要なのは『威圧(ズグラース)』を放った後、すばやく『鏡(テスカトル)』に戻ることだ。君にはこの切り替えの速度向上を徹底的に訓練してもらう」
それから夕暮れまで、リラは思う存分、『威圧(ズグラース)』を放ち続けた。
◆◇◆◇◆◇
翌日(五日目)――
「明日だな。どうだ、緊張してきたか?」
「あんまり」
そうなってもおかしくないとは思っていたけど。一日中訓練漬けで、帰ったらすぐ寝ていたから、悩む時間もなかったのがよかったのかもしれない。
「いいじゃないか。フォルトゥナの権能を扱うには平常心が大切だ。今日は最終日だが、基礎はもうこれ以上鍛えても仕方がない。身体を休めながら戦術を考えよう」
◆◇◆◇◆◇
「フォルトゥナ同士が決闘する時、最強の武器は何だと思う?」
最初に少年が問うのは、もう迷う理由のない問いだった。
その問いの答えは一つしかない。
「距離次第だけど、武闘場で向かい合うなら『威圧(ズグラース)』一択。先に『威圧(ズグラース)』を放てた方が勝つ」
少年は頷いた。
「そうだ。一対一の近距離戦において『威圧(ズグラース)』は絶対的切り札だ。では『威圧(ズグラース)』の使い手として、同じ『威圧(ズグラース)』の使い手と戦うことになったら、どう勝ちに行く?」
リラは考える。『威圧(ズグラース)』は脅威だが、その正体が第二世代ではなく第四世代である以上、『儀式対話(コミュニケーション)』の成功条件を逆手にとっての無力化は有効だ。
「まず『参加』しないこと。自分は『参加』せず、敵が『参加』してきたところで『鏡』になる。そうすれば敵だけが『威圧(ズグラース)』の成功条件を満たし、権能を使えなくなる。その隙に仕留めてしまえばいい」
「そのとおり。それが基本戦術だ。ではお互いが基本戦術をとり合う場合には、どうすればいい?」
お互いが『参加』しない場合、つまり行動を起こさない場合だ。
「相手が攻めてくるのを待つ」
攻めようと行動を起こした瞬間に『威圧(ズグラース)』が来る以上、お互いにそうするしかない。
「そうだな、待ち受ける側が絶対的に有利だ。だが、そうなると君は不利だぞ」
「どういうこと?」
「引き分けでは婚約を破棄できないんだ。男は女を倒してもいいが、女の攻撃に耐えきっても勝利となる、こちらの勝利条件の場合は、男が決して手を出さないことが条件になるが、『威圧(ズグラース)』回避のためとはいえ、お互いに手を出さないまま引き分ければ男の勝利という扱いになる」
「……それって、ずるくない?」
「逆に男が手を出した場合は、女は最後まで耐えきると勝利という扱いになる。こちらの場合、女は自由に攻撃して構わないから、全体として見れば、釣り合いはとれているどころか、女にとって有利なルールなんだ」
「『威圧(ズグラース)』を考えなければ、でしょ」
「そうだ。『威圧(ズグラース)』をお互いが使える場合、男が先に手を出すという状況が発生しなくなる以上、女にとって不利な戦いしか残らなくなる。だがそれが法だ。君はこの現状を踏まえて、どう戦う?」
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