一話 楽園から来た少女
荒廃した旧道を一台のバイクが走っていた。運転しているのはすその広がったズボンにシンプルなデザインの長袖ジャケット。髪型はウルフカットの少女、フユミ。彼女が運転するバイクは碌に舗装されていない道を進む。
『この先十キロ旧葵区』という看板を通り越すと集落らしきものが見えてきた。同時に道脇のあるものに目を引かれたフユミはそこでいったん停車した。
「何…コレ」
フユミの目の前には横転し泥沼にダイブしたジープ。沼から這い出たと思わしき足跡があるためけが人はいないようだ。更にジープを観察するとタイヤにバーストした形跡がある。
この辺りには旅人を襲う野党か怪獣でもいるのかとフユミは唾をのむ。
「おいおい、無防備そうな嬢ちゃんだな。この辺は人を襲う小型怪獣だって出るってのに」
突如フユミの背後から声がする。
「誰!?」
振り返り声の主を見るフユミ。その男は目元には隈があり不精ひげを生やしている。長袖のシャツにジーンズといういで立ち。首からドッグタグをぶら下げ、フユミを見ながら不敵な笑みを浮かべていた。
--ミノムシのように樹にさかさまに吊るされながら。
「無防備な姿見ていると心配になってくるじゃん」
「貴方の方がよっぽど無防備だよ!?」
フユミは男に近づく。よく見ると余裕そうな表情の割に男の顔色は悪く結構な時間ここに放逐されていたことが分かる。
「よう…嬢ちゃん、悪いんだけどここから降ろしてくれないか?そろそろ頭が破裂しそう」
「…一応聞くけど貴方何して吊るされてるの?」
「それが語るも涙な話でな…俺ぁこの付近の小型怪獣の駆除、解体してその肉やら骨やら売って生計立てているんだ…」
「へぇ…」
「それで最近思い切って爆破トラップを仕掛けたんだ、そしたら…」
「あのジープがトラップにかかってドカン、その罰でこのざまってことね」
「よりによってこの集落の自警団どもの車がかかっちゃってさ…朝から吊るされて一時間たったら下ろしに来るっつってたのに…もう昼だよまじ最悪…」
「…わかった。今降ろすから」
フユミが溜息をついて男の救出を開始。樹の裏に停めてあった軽トラの荷台に上がり、そこから樹によじ登る。リュックからナイフを取り出すとロープを切る。
ドサッ
「あだ!」
地面に男が落ちた音がして男が呻く。フユミが樹から降りてみると男はロープをほどいていた。
「ありがとう、マジで助かった」
「いいよ、それより貴方この先の集落の住人?ちょっとそこまで案内してくれない?」
「勿論、ついでに昼飯くらい奢らせてくれ」
二人は軽トラにバイクを乗せる。フユミを助手席に乗せ男は軽トラを発車した。村に向かう道中、男はフユミに話しかける。
「俺はジョウイチ、嬢ちゃんは?どこから来たんだ?」
フユミは名刺を取り出しジョウイチは片手で受け取りさらっと名刺を確認する。
名刺には『アンダーズ怪獣ズフィートカンパニー 代表取締役フユミ・ナツアケ』と記載されていた。
「こりゃご丁寧に」
「私はフユミ楽園から来たの」
「楽園から?なんでまた?」
「わが社の事業…なんていえば格好がつくけど…」
「代表取締役ね…若いのにたいしたもんだ」
ジョウイチは名刺に記載されていたフユミの肩書を思い出し感心する。
「まだ社員は私一人だけどね…あれ、何かしら」
フユミが指さした先には荒らされた柵、何か大きな生き物が暴れたような跡、地面にこびりついた血に食い荒らされた何体もの牛の死骸。そして何かを引きずったような跡が続きその先には大きな穴が口を開いていた。
「ひどい…」
「この牧場はこの辺りの食用の牛を育てているんだが…こりゃ怪獣だな」
ジョウイチは軽トラから降りて惨劇の跡を見る。周囲を散策していると何かを拾い上げる。
「それは怪獣の歯?」
フユミがついてきてジョウイチが拾った歯を見る。形状は鋭利な形で牛の血がこびりついていて肉食生物の歯の特徴と一致する。
「…ガラパか」
ジョウイチは手早く軽トラに戻る。フユミも続く。
「ねぇ、ガラパって何?」
「地底怪獣の一種で死肉か自分より小さな動物なら何でも食っちまうような悪食野郎だ。普段は平地まで中々降りてこないんだがな…」
軽トラが急発進する。牧場は見る見るうちに小さくなっていき、しばらくすると軽トラの後ろの方から地鳴りがして地面が盛り上がる。
「やっぱまだ近くにいたか…」
ジョウイチがアクセルを強く踏み込む。グラグラと地鳴りが強くなると遂に地面から怪獣が姿を現した。
「グェヴヴオォゥウン!!」
体長は三十メートルほどの四則歩行の怪獣。ガマガエルのような体に長い尻尾。頭には三本の角が生え口には鋭い歯がずらりと並んでいる。見開かれた目が軽トラをロックオンするとガラパは大声を上げた。
「しっかりつかまってろ!」
ガラパが軽トラを追いかけて走り出す。凄まじい地響きと共に恐ろしい口が近づいてくる、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」
フユミが悲鳴を上げる。数キロほど逃げるがガラパをしつこく追いかける。
「このままじゃ食べられちゃう!」
「おい嬢ちゃん!ダッシュボードの中に催涙弾が入っている!それを窓から放り出せ!」
フユミが確認すると本当にダッシュボードには催涙弾がいくつか入っていた。
「はああああああぁぁああ!」
フユミが叫びピンを引き抜き催涙弾を窓から放り出す。それは地面を転がりガラパの足元で破裂。
「ギィュウユユウエェェン!?」
紅い煙が吹き上がるとガラパその場で足を止め悶絶した。涙を流しガラパがジタバタするとその振動で軽トラの席も揺れる。
「助かった?」
「いや、まだだ」
起き上がったガラパが息を吸い込むとその腹が膨らむ。怒りに満ちたガラパが標的を定める。
「来るぞ!」
ガラパが口を開くと紫色の神経毒液が放たれた。既に二百メートルは離れたであろう軽トラまで猛毒は届く。
「いや゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!」
「ッダラァ!」
ジョウイチがハンドルを切るとすれすれのところで軽トラは急カーブ。かすった毒液がバックミラーを吹き飛ばす。軽トラは毒液からぐんぐんと距離を離した。
「二発目来るぞ!!」
ジョウイチの言葉通りガラパはすぐさま毒液を発射する。
「ひいいぃいぃいいいい!!」
ハンドルを切りすれすれで猛毒をふたたび回避。三発目を撃とうとガラパはチャージをしようとする。しかし既に軽トラは猛毒噴射の射程から抜けていた。ガラパは再び追いかけ始める。
ジョウイチはそのまま前方に見えた竹林を指さす。
「このままあそこに突っ込むぞ!!」
軽トラは竹林の中に突入、ガラパは竹林の前で停止、恨めしそうに逃げる軽トラを睨む。
「グルルル…」
しばらく睨んだのち諦めたガラパは穴を掘り始め地底へと姿を消した。
「なんとか蒔いたか」
「なんであいつ折ってこなかったの?」
「竹は地下でつながっている。硬いし穴彫って進むのも面倒だし口に竹の破片が入れば口内に刺さることもあるから地底怪獣はよける習性があるんだよ。毒液だって出すのに体力使うからな」
「なるほど」
「あの感じだと集落周辺に来るかもな。気にくわないけどあとで自警団にも伝えとこ」
「それにしても危なかった…」
青ざめたフユミの顔を見て溜息を吐くジョウイチ。
「ガラパなんて珍しい怪獣でもない、楽園の外はどこもかしこも怪獣パラダイスさ。わかったらさっさと楽園へ帰りな。もしでくわしたのがゲムバだったら催涙弾も竹林も効果ゼロだったぞ」
「ゲムバ…」
「ま、ゲムバに効く手段なんてあるわけないけどな」
「もし」
フユミが口を開く。まさにゲムバの話題を待っていた、そんな目でジョウイチを見る。
「もしゲムバを倒す手段があるなら?」
ジョウイチの目が鋭くなる。
「なんだと?」
「ゲムバを倒す。それがわが社の事業よ。勝算もあるわ」
「もうすぐ集落に着く。まずは飯だ、話はゆっくり聞こう」
そのまま軽トラは竹林を抜ける。そのまま十分ほど走れば目的の集落が見えてきた。
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