アンダーザ怪獣フィート
音無目電子亀
序章 第四次世界大戦の悪夢
第四次世界大戦最中、旧談合坂防衛線—
霧の濃い山中、二つの陣営がにらみ合っている。片方は白い軍服に身を包み性能がいい銃火器で武装した集団『楽園軍』。それだけでなく戦車や人型TOKUSATUなどの兵器を携え現状を優位に進めている。
対するは濃い緑色の軍服に身を包む『獣伐軍』。こちらの兵器は楽園軍の物と比べると旧式、もしくはガタが来ている。
その獣伐軍の拠点で数人の兵士たちが警戒態勢で構え、内一人の男が双眼鏡で周囲を見渡す。そして何かに気づいた男は竹槍を取り出しその場を離れようとする。
兵のうちの一人、ドッグタグを首からかけている男が竹槍を持った男に話しかける。
「もう行くのか、ジョウイチ」
「あぁ、サイトウ。楽園軍のやつらが回り込んでいるのが見えたんでな。さくっとやってくる」
ジョウイチと呼ばれた兵は手のひらをヒラヒラと振って立ち去る。
「死ぬなよ」
「勿論。みんなもな」
ジョウイチが立ち去った後残された兵たちは再び警戒態勢に入る。楽園軍が動き出したのを確認したサイトウは深く息を吸い込んで叫んだ。
「行くぞ野郎どもォ!!突撃ィ!!」
「「うおぉオオオオオ!!!」」
凄まじい気迫を纏いサイトウたちは突撃する。それを皮切りに獣伐軍の動きは活性化する。遂に両軍はぶつかり合った。戦場のあちこちで発砲音や爆音はさながら怪獣の足音のよう。
肉が爆ぜる音が鳴り響く地獄絵図の中、さっきまで人だった肉塊が宙を舞い地にぶちまけられる。山の中を進むジョウイチはその戦場を山道から見下ろし胸を痛めた。
一刻も早くこの戦いを終わらせたい。そして仲間たちを背後からの不意打ちから守らなければならない。そう思い進んでいくと遂にターゲットを発見した。楽園軍の隠密部隊、構成は新型のライフルを構えた歩兵十人。あれを放置したら獣伐軍は前後から挟み撃ちにされてしまう。
(させるかよ)
心の中で毒づき気配を消してジョウイチは近づいていく。隠密部隊のライフルは既に獣伐軍の歩兵たちを射程に捕らえていた。歩兵たちはライフルを構える。
「撃ち方よーい!!」
隊のトップの曹長が掛け声をかける。安全装置は既に外され引き金に指がかかる。兵たちは発砲の指示を待つ。しかし指示は出ない。
「…」
曹長が視線を下に映すと自分の胸から一本の竹槍が突き出ていた。それは心臓を貫き紅色の血を滴らせる。曹長の意識が遠のき倒れ込むと同時に竹槍は引き抜かれ曹長は動かなくなった。
「曹長!!」
兵たちが振り返るとそこにはジョウイチがいた。鋭い眼光でこちらを睨んでいる。誰もジョウイチに気づけなかった。完璧に気配を消し一瞬で司令塔をつぶす、そして統率が乱れれば次は歩兵たちの番だ。
「地獄に行く時間だ、楽園軍」
ジョウイチからの死刑宣告。そして歩兵たちが襲うより先にジョウイチは動いた。瞬く間に薙ぎ払いで四人の脊椎を破壊、続いて乱心して発砲する兵の懐に入り込むとその場でポンと軽く突き飛ばす。突き飛ばされた兵は茂みに隠されていたピンと張った紐に引っかかり…
ドカン
爆音と共に爆ぜた。紐は手榴弾のピンと結ばれており兵が足を引っかけたことでピンが抜けて爆発した。これもジョウイチが仕掛けていたもの。戦場で相手が通りそうなところにこうした罠をいくつも仕掛けていた。
「ヒィ!!?」
「魔獣だ…こいつは魔獣だ!!」
恐怖はあっという間に伝染し統率は更に乱れる。それでも楽園軍の兵たちはジョウイチに一矢報いるために銃を構える。
「死ね!!魔獣め!!」
対してジョウイチは転がっていた曹長の死体を盾にして銃撃を防ぐ。
「き、貴さ…、あ…」
上官を撃ったことに動揺した兵の腹を容赦なく穿つ。
残り三人。
うち一人が半狂乱で突進する。ガンギマリの瞳は見開かれジョウイチにナイフを突き立てる。
「うわあああぁあぁあぁぁぁああぁぁああぁあ!!」
この兵は正気を完全に失っていた。ジョウイチは一瞬憐れむような目を向け、そしてナイフを蹴り上げた。ナイフを失った兵は絶望した顔でジョウイチを見る。
対しジョウイチは無慈悲に竹槍を振り下ろした。ナイフが地に落ちると同時に兵の頭蓋は叩き割られた。
残り一人。
最後の一人の楽園兵はへたり込み戦意を完全に失っていた。失禁し近寄るジョウイチから後ずさりしなんとか逃げようとする。しかし腰は抜けもはや助かる見込みはない。ジョウイチは冷めた目で楽園軍を見下ろし竹槍を構える。
「…ぁあ!」
しかしそこで楽園軍の目がさらに見開かれる。先ほどまで見せていた怯えた顔より更に深い絶望に顔が染まる。過呼吸になり脂汗をダラダラと流し視線はジョウイチからその背後へと向いていた。
「…?」
ジョウイチが怪訝に思う中、楽園軍がかすれた声で叫ぶ。
「ゲ…ゲムバ!」
ジョウイチがハッと背後を振り向く。
山の上から巨大な生物が戦場を覗きこんでいる。まるで肉食恐竜のような獰猛な顔つきに黄金色の瞳。そして戦場はこの怪獣が現れたことで一気に静まり返りそして混沌の渦へと叩き込まれた。
「ゲムバだぁ!」
「逃げろぉ!!」
「ゲムバが出たぞ!!」
歩兵は逃げ出し、ジョウイチにおびえていた楽園軍もよろよろと立ちあがり逃げ出した。ジョウイチはその巨体を見上げているとゲムバと呼ばれた怪獣は前足を振り上げて思いきり地面を抉り飛ばした。ジョウイチは咄嗟に後ろに引いた。ついさっきまでいたところにゲムバが飛ばしてきた土砂や岩、樹木が雪崩となって襲い来る。
「あぁああああぁあ…ッ!」
判断を誤った楽園兵はそのまま土砂に呑まれて埋もれてしまった。腰が抜けたジョウイチの目の前は巨大な崖となりそこをゲムバが通り過ぎる。そうするとゲムバの全容が明らかになる。
体高は六十メートルはあろうか。冷えたマグマのような黒ずんだ紅色の身体、太く力強い二本の足で立ち、太く大きな腕には鋭い四本の爪。そして長い尻尾と細く短い首。腹は亀の腹甲のように硬質化している。
背中には頭から尻尾までは黒い一筋の縞模様がある。更に首周りには後ろに向かってとげが生えており迫力に拍車をかける。目の上には涙骨が発達してできた小ぶりなとさかが目立っている。
ゲムバはそのまま戦場の中心へと進んでいき、足元の人々を踏み潰していく。左右に振る尻尾に当たった戦車や人型TOKUSATUはそのまますっとんでいき大破。その力は圧倒的だった。
だが人間も黙ってやられているわけじゃない。両軍は一時休戦、戦車の砲撃や人型TOKUSATUの持つガトリングガンがゲムバに向けられ火を噴いた。それらがゲムバに着弾するたびに凄まじい轟音と衝撃が戦場を揺らす。並みの生物はおろか鉄壁の要塞すらこれだけの攻撃を受ければ跡形も残らないだろう。
「…やったか?」
楽園軍の戦車の砲撃手が呟いた。
「グルルルル…」
しかし現実は非常。黒煙が晴れたその先でゲムバは健在だった。過去にはこの砲撃よりさらに強力な兵器を投入されたこともあった。それでも倒せなかった人類の天敵ともいえる存在、それがゲムバなのだ。
「ホワァアアァアアアアアァアアアオオオオォォオオオオオォオォオオン!!!」
ゲムバが咆哮を上げると空気がビリビリと揺れる。そしてゲムバは頭を下げ口を開く。周囲の大気がゲムバの口へと吸い寄せられていく。誰もがこのあと何が起きるか想像がついた。
ゲムバが息を吸うのをやめ口を閉じると沸騰した唾液が地面におちた。その後ゲムバが頭を上げ背を反らせる。口からは黒煙と焔が漏れていた。
ゲムバの正面に構えていた獣伐軍の一人が呟いた。
「やばい」
次の瞬間ゲムバが前方に向けて口を開いた。するとその口からジェットのような轟音と共に放たれたのは灼熱の破壊熱線。着弾した戦車や兵器を融解、爆散しそのまま背後の山を抉り飛ばす。さらに熱線の余波で戦場に凄まじい熱風が吹き荒れる。熱風はゲムバの背後の山にいたジョウイチにまで届き目を開くことすら許さない。
さらにゲムバは一度照射を辞めたかと思えば今度は戦場を破壊熱線で薙ぎ払った。熱線が直撃せずとも熱風と衝撃波で戦場はあっという間に焦土と化した。
それから熱風が止みジョウイチが目を開くと体中から蒸気を発し排熱するゲムバの姿が映った。ゲムバの体からはジュウゥ…という焼けるような音がし、口からは黒煙が漏れている。呆けてみていたジョウイチだったがゲムバの足元に目が行くと正気に戻る。
「……みんなは!!」
戦場は破壊熱線が巻き上げた砂埃や塵のせいでどうなっているか見えない。血が流れる頭を押さえジョウイチは急いで下山した。
「サイトウ!!…スジル!!誰か!!返事してくれ!!」
仲間の名を叫びながら焦土の上を歩くが返事はない。鼻をつく焦げた匂い、ところどころ燃えている死体に熔解した兵器があちこちに転がった戦場でジョウイチの呼吸は荒くなり血眼に会って生存者を探す。そしてそんな中ふと視界の隅で光るものを見つけた。
「!!誰か、誰かいるのか!?」
足を引きずり光った者の方へ進む。その正体は地面に埋もれたドッグタグの先端、それが光を反射していた。その持ち主に心当たりがあるジョウイチ。
「サイトウ!無事…か…」
必死になり掘り起こすとそこには変わり果てたサイトウの姿が。既に息絶え業火に焼かれた下半身は炭化、それでも中々死ねなかったのか目には涙の跡があった、
「あ…ぁ…」
ジョウイチが周りを見渡すとそこにはサイトウと同じ運命をたどった仲間たちが眠っていた。
「シミズ…アオイ…アタガワ…」
ジョウイチの呼びかけは彼らに届かない。あるものは上半身が消し跳び、あるものは岩に押しつぶされ、またあるものは煙をすったことによる一酸化炭素中毒。いずれも壮絶死、ジョウイチに死ぬなと言った彼らはジョウイチを残してしまう結果となった。
「うぅ…うう…」
嗚咽を漏らしドッグタグを握りしめるジョウイチ。地面が揺れたかと思うとまだ排熱中のゲムバが歩き出した。自分に攻撃するものを殲滅したゲムバにジョウイチは眼中になかった。ジョウイチの中で膨れ上がる無力感、あまりにも強大すぎる相手を恨み、しかし自分にはどうすることもできないという諦め、それ以上に自分だけが助かったことへの嫌悪に押しつぶされる。
獣が叫ぶような濁った声でジョウイチは叫ぶことしかできなかった。
「ゲムバ!!」
--第四次世界大戦旧談合坂防衛線
ジョウイチ・ヒナタは一人生き残ってしまった。
・第三次世界大戦
二〇〇四年に怪獣『ゲムバ』の出現を皮切りに世界各地で出没するようになった怪獣、それに対抗するために一致団結した人類の戦い。技術の発展により多くのTOKUSATU(TechnologyOverKeepUniversalSpecialActionToolUnitの略。多目的使用のメカニック全般を指す)が多数開発され多数の怪獣を駆除してきた。しかしゲムバだけは倒すことができず人類はゲムバ出現直前の四十パーセント以下まで人口を減らすことになる。
・第四次世界大戦
ゲムバを倒すために作られたTOKUSATU『鋼帝』を起動するためのエンジン『タキオンエンジン』の所有権をかけて争った楽園軍と獣伐軍による戦争。獣伐軍の敗北によりタキオンエンジンの所有権は楽園軍にわたり人類最終防衛ライン浮遊要塞都市、通常『楽園』が成立する。
-----『楽園人類史入門』より抜粋
そして物語は二年後へ
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