第11話 町を攻めよう
「おー! 外だー!」
漸く森を出ると、一面の平原が目に入って来る。
「まずは地形の確認かな」
私は背中に羽を生やすと空高く飛び上がる。
「えーっと、あっ、道がある。という事はあの道を辿って行けば……あった町」
街道を辿っていくと、その先に四角い壁に囲われた町が見えた。
「あれがお父様の領地の外で一番近い位置にある町か」
お父様の領地は大呪海と呼ばれる国家規模の広大な森そのもの。
なので森の木々が途切れる位置が国境線の役割を果たしているのだとか。
「となると最初の拠点としてピッタリだよね」
私は領地獲得の為の最初の一歩としてあの町を襲うことにした。
「その為には手下を増やさないとだね。ウルちゃんズも沢山いるけど、町を攻めるならもっと数が欲しいか」
となるとまた森に戻って魔物を眷属にしようかと考えた私だったけれど、街道沿いに輝く小さな光に目を止める。
「あれは……人間? なんであんな所に?」
空から近づいてみると、どうやら彼等は野宿をしているようだった。
街道沿いを見れば他にもちらほら光が見える。
「小さな光もあるけど、結構纏まってるのもあるね。ああそうか、魔物から身を護るために皆で纏まってるんだ」
多分日が落ちる前に町にたどり着けなかった人達が寄り集まって夜明けを待ってるんだね。
「うん、あれは使えるね」
私はニヤリを笑みを浮かべると、まずは小さな灯りを目指していった。
◆トルタルの町の衛兵◆
「ふぁー」
退屈と眠さから思わずあくびが出る。
危なかった、上司に見られたら怒鳴られてどたまぶっ叩かれるところだったぜ。
とはいえ夜の見張りは面倒くさい。
隣にいる相棒もあくびをかみ殺している。
特に交代で明け方まで見張る後番の日は最悪だ。
夜中に叩き起こされて朝まで起きてないといけないんだからな。
「どうせ魔物も野盗も壁を越えられないのになぁ」
「隊長に聞かれたらうるせーぞ」
「分かってるって」
たまーに大呪海から繁殖期の魔物が溢れてくるって話だが、それも数十年に一度の事だし、例えそれが来たとしてもやっぱり壁を越えられる筈もない。
つまりなにも起きないのだ。
「ふわぁ、早く朝にならねぇかなぁ」
「全くだ」
とその時だった。
突然ドザッという音がすぐ傍で聞こえてきたんだ。
「なんだ? 誰かすっ転んだか?」
深夜は灯りが焚いてあっても足元は薄暗い。
その所為で壁の上に登ってくる際に階段を踏み外す間抜けがたまにいるんだ。
「おーい大丈夫かー?」
「……」
無言で歩く音が聞こえるから大丈夫か。
派手な音がしたし、自分が転んだとバレたらからかわれると思って黙ったんだろうな。
まぁ若手は必ず通る道だ。聞かなかった事にしてやるよ。
「ぐがっ!?」
すると突然隣にいた相棒が変な声を上げた。
「おいおいどうしたよ。お前まですっ転んだのか? それとも居眠りしてどっかぶつけたか?」
仕方のないやつだと振り向けば、そこには何かに纏わりつかれた相棒の姿があった。
「……は?」
一体何が起きているのかと目を疑う俺。
「グウウウ」
それは人間だった。
全身が血まみれの人間が相棒の首筋に噛み付いていたんだ。
「なっ!? 何だお前は!!」
慌てて俺は相棒に噛み付く男を蹴り飛ばす。
意外にも男はあっさりと蹴り飛ばされ、相棒から離れた。
「おい大丈夫か!?」
「あ、ああ。助かった」
「なんだコイツは!?」
俺は相棒を襲った血まみれの男を見る。
灯りに照らされたそいつは全身が血まみれなだけでなくよく見ると腕や足がおかしな方向に曲がっているじゃないか。
「お、おい大丈夫なのかお前?」
そのあまりの惨状に思わず声をかけてしまう。
何かの事情で大怪我を負って助けを求めてきたのか?
「グゥゥ……」
だが男から返ってきたのは返事ではなく呻き声とも唸り声とも取れない声だった。
男は俺達に向かって地面を這って近づいてくる。
「ひっ! 来るな!」
相棒が槍の石突きで男を突き飛ばす。
「グアッ!」
しかし男はのけぞりはしたものの、すぐに俺達に向かって這いよってくる。
「お、お前いい加減にしろよ!」
どう考えても普通じゃない。
ただの怪我人なら素直に助けを呼ぶはずだ。
コイツは普通じゃない!
だが、それに気付くには遅すぎた。
ドサッドザッ!
再び重い音が周囲に鳴り響く。
「っ!?」
まさかと思って周囲を見回せばそこには何人もの血まみれの人間が地面に横たわっていた。
そしてそいつ等はゆらりと立ち上がると俺達に向かってゆっくりと向かってくる。
「コ、コイツ等アンデッドか!?」
相棒の言葉にハッとなる。
アンデッド、動く死体の魔物の事だ。
だが何でアンデッドがこんな街中に?
アイツ等が出るのは墓場や森の中くらいだろ? こんな町中に出てくるなんて聞いた事もないぞ!
ドザドザドザッ!!
立て続けに鈍い音が鳴り響く。
「まさかまた……」
嫌な予感は当たってしまう。気が付けば俺達は全身血まみれの死体に囲まれていた。
「ひっ」
「何なんだよ一体……何が起きてるんだよ!?」
俺の悲鳴を合図とばかりに、死体達が襲い掛かって来た。
「「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」」
無数の死体に押しつぶされた俺達は、全身を死体に噛み付かれなすすべも無かった。
唯一出来たのは遠くで聞こえる緊急事態を告げる笛の音を聞く事だけだった。
◆
「うん、良い感じだね」
空の上から私は悲鳴で溢れる町を見下ろしていた。
「アンデッド落下作戦大成功!」
この町を見た時私は思ったんだよね。
あっ、これ空から攻めれば一発だって。
だって壁は地面を歩いてくる敵は防げても空から飛んでくる敵には無防備なんだもん。
弓や魔法で反撃はしてくるだろうけど、それでも全て倒せるわけじゃない。
更に言えば……
「アンデッドならどれだけ高い位置から落ちても死なないし、弓や魔法で迎撃されてもすぐに動けなくなったりしない。なら、アンデッドを次々と空から落とせばどうなる?」
それがこの惨状の答えだ。
私は街道沿いで野宿していた人間達の血を吸って眷属にすると、町の薄暗い位置へとアンデッド達を落下させていった。
するとアンデッド達は一人で油断して歩く酔っ払いや薄暗い場所の近くを歩いていた人間達を襲って仲間を増やしてゆく。
そうして仲間が増えた所で家に押し入り更に仲間を増やす。
「まずは一般人から。そうして数を増やしたら一気に衛兵達を押しつぶす」
衛兵達は武器や鎧を装備しているから簡単には倒せない。
でも数で攻めればこの通り。
一人の衛兵に対して10人のアンデッドで攻めればどうにもならずに新しい犠牲者の出来上がり。
町の中でアンデッドが増えている間にも私は追加でアンデッドを投下してゆく。
ここまでアンデッドが増えてくると町の人間も異常に気付き衛兵が非常事態を知らせる笛や鐘を鳴らしだす。
「アンデッドだー!」
「なんでこんな大量に!?」
「アイツはトム!? トムがアンデッドに!?」
「ナターシャ! ナターシャが何で!?」
あちこちで悲鳴や怒号があがる。
「市民を救助しろ! どこかにアンデッドの首魁が忍び込んでいる筈だ、探せ!」
衛兵達の中に動きの良い人間が要る。
会話の内容からいって部隊の隊長とかかな?
「んじゃ、あの人間を狙おうか。いってらっしゃーい」
私は隊長の真上からアンデッドを落下させる。
ズジャジャ!
「ヒヒーン!」
「うわぁぁぁ!?」
惜しくもアンデッドは隊長に命中こそしなかったものの、彼の乗る馬のお尻に命中。
ビックリした馬が立ち上がった事で隊長が馬から振り落とされる。
そこにアンデッド達が殺到してくる。
「た、隊長!? 隊長を守れ!」
周囲にいた衛兵達が振り落とされた隊長を守るように円陣を組み、彼にポーションを飲ませる。
「す、すまん。助かった」
けれど彼等が態勢を立て直す前にアンデッド達の包囲は更に厚くなってゆく。
更にここで新たな事態が起きた。
ギギィィィと大きな音を立てて町と外を隔てる門が開かれたのだ。
「逃げろ! 町はアンデッドの巣窟だ! 町から逃げろ!」
どうやらパニックに陥った市民が門を開けて外に逃げ出そうとしているようだ。
「ふふふ、計画通り。ウルちゃんズ、おびき寄せてからやっちゃって!」
「待て! 外は危ない! この状況で外に何もない筈が……!」
おお、あの隊長さんなかなか賢いね。
彼の言う通り、惨事は起きた。
「「「「グォォォォォウ!」」」」
逃げ出した市民が町からある程度離れた所で、夜の闇に紛れて近づき物陰で待機していたウルちゃんズが襲い掛かる。
「ぎゃああああ!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
そこかしこで新たな悲鳴が溢れる。
「よーし、第二陣ゴー!」
私が指示を出すと地上で待機していたアンデッド達が町へ向かって走ってゆく。
だけど夜目の効かない人間からすれば、それは魔物に恐れをなして引き返してきた市民にしかみえない。
「違っ!? コイツ等アンデ……ガァァァァァ!」
至近距離まで近づいて漸く松明の灯りで市民でない事に気付いた衛兵達。
でももう遅い。アンデッドの群れが町の中へと飛び込んでゆく。
内と外から攻められ、さらに逃げ出した市民もアンデッドとなって参戦。更に更にウルちゃんズも加わってはもう衛兵達に勝ち目はない。
「ほんと何でこの世界の人達って空からの攻撃をもっと警戒しないんだろうね。夜中に空から攻められたら一発じゃん」
その時だった。
町の中に大きな炎と、眩い光が迸ったのである。
「うわっ!? 何々!?」
「うろたえるな! アンデッドは全て焼き尽くせ!」
現れたのか全身を金属の鎧で包んだ騎士の一団と、ローブを纏った怪しい人達の集団。
どうやら彼等が炎を放ってアンデッド達を消し炭にしたらしい。
そしてもう一つの光、アレはついさっき似た様なのを見た。
「恐れる事はありません! 神のご加護が皆さんを守ります!」
別の方向から現れたのは、いかにも神官って感じの白い衣装に身を包んだ集団だった。
おお? なんか強そうなのでてきたよ?
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