第7話 吸血鬼の真価と大惨事
「う、うわぁ……すっご」
私の前には、大量の狼の死体が転がっていた。
サウザンドウルフ、無数の群れで囲んで獲物が疲れ果てるまで襲う超危険な魔物だ。
一体一体が強い上に、数も多いからシンプルに厄介な魔物で、それなりに頭がいいもんだから、傷を負ってもすぐに別の仲間と交代して無傷の狼が襲ってくるもんだから、狙われた方は堪ったもんじゃない。
腕利きの人間達でも数の前に圧殺されるそんな魔物を、私は拳一つで倒しきってしまった。
「私ってホントに強かったんだ」
つい一時間ほど前、私はデッドリーベアを自力で倒した……らしい。
でも目をつぶっていた所為で本当に自分がやったのか自覚がなかったんだよね。
そこに襲ってきたのがサウザンドウルフの群れ。
私が倒したらしいデッドリーベアと、大物との戦いで疲弊した(と思われる)私を纏めて平らげようと襲ってきたのだ。
圧倒的な数に慌てた私はすぐさま逃げようとしたんだけど、あっさり包囲されてしまった。
「きゃぁぁぁぁっ!」
そして四方八方から襲い掛かられた私は、反射的に手を突きだして身を守ろうとした。
普通に考えればそんなことしても無意味なんだけどね。
でも意味は思いっきりあった。
正面から襲い掛かって来たサウザンドウルフはあっさり私の手に押し返され、デッドリーグリズリーのように壁にめり込……まずに真っ赤なケチャップになった。
「ふぇ!?」
あまりの光景に固まった私だったけれど、敵の攻撃はその一体だけじゃない。
無数の狼に全身を噛み付かれる私。
「い、痛ぁぁぁぁぁぁ……くない?」
狼に噛み付かれたにも関わらず、私は全く痛みを感じていなかった。
せいぜいがあぐあぐと甘噛みされてる感じ?
『高位の吸血鬼は肉体を構成する要素の多くが魔力で出来ており、普通の攻撃は通じないのです』
ふと、城の先生から教わった言葉を思い出す。
「攻撃が効かないって本当だったんだ」
ダメージを受けないと分かった私は、我ながら現金なものであっさりと落ち着きを取り戻す。
そして先生の言葉を思いだす。
『吸血鬼は高位の魔物です。更にお嬢様は真祖であるご主人様の娘、吸血鬼第二位。ドラゴンとだってやりあえる力をその身に秘めているのですよ』
「ドラゴンとだってやり合える……」
自分達の主であるお父様の娘相手だから出たリップサービスかと思ったけど、もしかしたら本当なのかも……
「なら……」
私は落ち着いて噛み付いているサウザンドウルフを掴むと、あっさり体から引き剥がせた。
「おお!」
サウザンドウルフは私を引き剥がそうと暴れるけれど、私の体はびくともしない。
「せーの!」
今度は自分の意志でしっかりとサウザンドウルフをぶん投げる。
バチャン!
狼の体が他の狼に叩きつけられ二体の狼がミンチになった。
「お、おおぉ」
この光景をみたらもう自覚するしかない。私はガチで強くなっていたらしい。
「よーし、それなら!」
攻撃が利かず、更に圧倒的な力の差があると理解した私は改めてサウザンドウルフ達と戦う事にする。
「まずは実戦での魔法の試し打ちだよ! ファイヤー……!」
「ガッ!」
と、魔法を発動しようとしていた私をミイラ一号君がまたしても邪魔する。
「もー! 何で魔法を使おうとすると邪魔するの!」
もしかして私に魔法を使わせたくない理由でもあるの?
「でも実戦で使わないとちゃんと使えるようになれないよ」
今までは動かない的を相手にしていたから当たったけれど、生きている敵は動くし避ける。
ここで実戦経験を積むのは必要な事だと思うんだ。
「という訳でファイヤーボール!」
ミイラに文句を言うフリをして私は真後ろにかざした手から魔法を発動する。
「っ!?」
ふふ、敵を見なくても今ならどこに撃っても当たる状況だからね。
これで二、三体倒せばミイラ一号君もしっかり魔法で戦えるって分かってくれ……
ドゴォォォォォォォン!!
物凄い衝撃と爆風が襲って来た。
「え?」
ふり向けばそこには小さなクレーターが出来上がっていた。
「お、おお……?」
あ、あれ? 訓練の時はこんな風にならなかったんだけど……
ゴォォォ、パチパチ……
そして燃え盛る森。
「って燃えてるぅぅぅぅぅ!」
うわぁぁぁ山火事、いや森林火災だぁぁぁぁ!
「しょ、消火消火! ああでも消火器が何処にもない! 119番! 119番って電話も無いわ!」
「バシバシ!」
慌てる私の肩をミイラ一号君がバンバンと叩く。
「何!?」
「グッ、パァーバッ!」
そしたらミイラ一号君は腰だめに両手を構えると、両手を前に突き出して手をパッと開いた。
ううん? なにそのジェスチャー? 国民的バトル漫画の「波ぁーっ!」って奴?
「……あっ、もしかして魔法!?」
「コクコク」
ミイラ一号君はその通りと首をブンブンと縦に振る。
「よ、よし! 消火、消火っていえば水とか氷だよね。ええと広範囲を冷やすには……ブリザード!」
あたり一面が雪に覆われました。
「やり過ぎたー!」
「バンバン!」
ミイラ一号君がおい馬鹿止めろとばかりにバシバシ叩いてくる。
「ええとええと温めるにはファイもが!」
温める為に炎の魔法を使おうとしたらミイラ一号君に口をふさがれた。
はい、どう見ても事案の絵面です。
「モガモガ……」
魔法の発動を妨害されて慌てた私だったけれど、暫くしたら吹雪が止んでくる。
あっ、そうか。魔法を止めればよかったんだ。
吹雪が完全に止むと、ミイラ一号君も手を放してくれる。
「あービックリした」
「パンパン!」
私が溜息を吐くと、ビックリしたのはこっちの方だと言わんばかりのリアクションを見せるミイラ一号君。
あ、はい。ごめんなさい。
「グォォォォォォン!!」
何とか魔法が収まったと安堵したら、突然狼の雄叫びが木霊する。
あっ、いけね。サウザンドウルフの事忘れてた。
振り返るとサウザンドウルフ達は血走った目でこちらをにらみつけている。
「ギュウン……」
「キュルルウ」
ん? その割にはなんか怯えてるような……
「グォウ!」
しかしリーダーと思しき個体が吼えると、サウザンドウルフ達が一斉に襲い掛かって来る。
その飛び掛かりっぷりたるや、まるで何かに追い立てられているような切羽詰まった物を感じさせる。
「まだやるんなら!」
私は再び魔法を放とうと手を翳そうとするも、ミイラ君が私の手を下に下ろし魔法を使うなとばかりに首を振る。
「でもそれじゃ」
「グッ」
代わりに拳を胸元で握るミイラ一号君。
素手で戦えって事ですかー!?
「「「「ぐぉぉぉぉぉん!!」」」」
「ああもう分かったよ!!」
という訳で私は無数の狼達を素手で迎え撃ち、冒頭に戻るのだった。
「やれば出来るもんだねぇ」
あれだけ居たサウザンドウルフ達は全部こと切れている。
けれどそれ程の数を相手にしたにも関わらず私は息切れ一つしていなかった。
「高位吸血鬼って凄いんだなぁ」
今更ながらにその力の凄さを実感する私。
「そりゃ魔法の威力も凄いことになるよね……って、あっ!」
その時私の脳裏に電流が走った。
「そうじゃん! 火以外の属性の魔法を使えば火事にならなかったんじゃん!」
何て事だろう。魔法と言えばなんか飛ばすもので、攻撃力のあるものと言えば火の玉かなって思い込みから、他の選択肢がすっぽ抜けていたのだった。
「ポン」
そんな私の肩をミイラ一号君が叩く。
振り返れば彼は表情が無いにも関わらず、今頃気付いたの君とばかりに腕を組む。
「もしかしてさっきから止めようとしてたのって、他の属性を使わせたかったから?」
コクリと首を縦に振るミイラ一号君。
そして彼は指を地面に向ける。
うん、言葉が通じなくても分かる。
『お前そこに座れ』って言ってるんですね。
「……」
そっと地面に正座すると、ミイラ一号君による言葉なきジェスチャーお説教が始まったのだった……とほほ。
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