第6話 早速襲われました!
「うう、追い出された」
あの後、私は最低限の荷物を与えられて城から放り出された。
「私も断腸の思いだがこれも吸血鬼の習わし! 強く生きるのだ我が愛娘よ! そして領地を得た暁には私に報告しに戻って来るのだぞ! それまで我が領地に戻ってくることはまかりならん!」
てな訳だ。
「とほほ、手元に残ったのは餞別の携帯カンオケと数日分の血が入ったガラス瓶、あとは……」
「……」
私は無言で傍に立つミイラを見る。
「私の眷属である君だけかぁ」
なんとも世知辛い。ほんの数分前まではお姫様扱いでメイドさん達からチヤホヤされていたのになぁ。
「姫様、お気を付けて」
「幸運を祈っております」
と、以前お話した門番さん達が励ましてくれた。
そうだね、このままここでグダグダしててもどうしようもない。とにかく外に出て私の領地を見つけないと!
「はい! 今日までお世話になりました! 皆さんもお元気で!」
門番さんと、そして聞こえないだろうけど城で働いている皆に向けて私は声を張り上げる。
「行ってきますお父様!」
さぁ! 二度目の生まれ変わった私の人生の始まりだ!
◆
「っていっても歩きだから全然進まないねー」
はい、吸血鬼としての修行を付けられた私は背中に羽を生やして空を飛ぶ方法を教わったんだけど、このミイラがね、飛べないからね。
置き去りにしたら護衛が居なくなるし、結局徒歩で森を抜ける事になったのだ。
「まぁでも、いざとなったら君の剣があるから大丈夫だよね!」
何せこのミイラいつもはふらふらユラユラしてるくせに、いざ戦いとなったら物凄い剣技で敵を倒すのだ。
お父様が仇敵と呼んでいたのも納得の強さだよ。
「と、そうだ。いつまでもミイラとか君じゃ締まりが付かないよね」
ここは何か良い名前を付けてあげないと。
「君の生前の名前が分かればよかったんだけど、でも君生前はなんか色々あったっぽいから、寧ろ新しい名前の方がいいよね」
生前の名前は彼にとって人間に裏切られた苦い思い出も思い出してしまう事だろう。
いやミイラに思い出すとかあるのか分からんけど。
確かスケルトンやミイラのような下位のアンデッドはそういった複雑な感情を持つことはないって。
なので名前を与えるという行為はお気に入りの物に名前を付けるに等しいのだとか。
「でもま、やっぱ心機一転したいよね! という訳で君の名は……!」
私は心の中で決めていた彼の名を力強く口にする。
「ミイラ1号! 1号くんだよ!」
ガターンッ!!
ミイラが思いっきりすっこけた。
なんだそのリアクション。お前自我が無いんじゃなかったの!?
「ゴホン、気を取りなおして……んんっ、君は私の初めての眷属! つまり眷属1号! だから1号くん! ピッタリの名前でしょ!」
ふふん、我ながら名は体を表すナイスなネーミング。
有名なヒーローだって最初の一人は一号だしね。
シンプルだからこそ一の一文字が輝くのだ。
「……すっ」
なんか今すっごく不満そうに視線を背けなかった? ねぇ、ミイラだからよくわかんないけどなんか不満そうにしてない?
「何か不満があるっているの!?」
「……スィ」
するとミイラは肩をすくめていーえ、なんにもありませんよーと言わんばかりのリアクションを返してくる。
「いや絶対不満そうじゃん! ってか自我が無い筈なのにめっちゃ自己主張するじゃん!」
ゆーらゆーら。
「今更自我なんてありませんよーってフラフラするなー!」
コイツ絶対自我あるでしょーーっ!
「とーにーかーくー !君は一号君! 一号君だからね!」
既に決めたのでクレームは受け付けません!
という訳で私達は歩みを再開する。
森の外を目指してたったかたったか。
夜だけど吸血鬼の私には昼間と同じくらいハッキリ見える。
「こうして歩くと結構広い森だよねー」
お父様の領地は大呪海と呼ばれる大きな森だ。
ただし森と言ってもその規模は国家サイズで、複数の国と接しているのだとか。
そんな城の位置は森のほぼ中央。
そこから徒歩で外に出ようとすれば結構な日数がかかるだろう。
しかもこの森はお父様の邪悪な魔力によって魔物が引き寄せられてくるらしく、森の中心に近い程強くて危険な魔物が住んでいるんだって。
「コウモリ時代は空を飛んでいれば襲われないから良かったけど、今襲われたら危ないよねぇ」
「グルルルル」
まるで私の言葉に引き寄せられたかのように、重苦しい獣の唸り声が聞こえて来た。
現れたのは全身に鉱石を纏った巨大なクマ、デッドリーベアだ。
見た目の通り防御力が高く、その割には動きも素早い。更に爪や牙に魔力を通す事で、魔爪とでも呼ぶべき凄まじい破壊力を発揮するのだとか。
うん、めっちゃヤバそう。
「で、でも怖くなんてないんだよ」
さっきも言った通り今の私には心強い護衛が要る。そう、ミイラ一号君だ。
「一号君、頼むよ!」
私がミイラ一号君が前に出る。
そして私に視線を向けると、無手で剣を構えるポーズをとる。
……って、ポーズ?
「待って待って、何で剣を持ってないの!?」
もしかしてこんな敵相手に剣なんて要らないなんて言うつもり!? それはそれで凄いけど大丈夫なの!?
するとミイラ一号君は剣を素振りするポーズを見せると両手をパッと開き、剣があるであろう空間を指でなぞると後方を指差した。
「?」
一体後ろに何が? 振り返っても後ろにはうっそうとした森しかない。
その先にあるのはもう見えなくなったお父様の城があるだけで……
「んん、城?」
城、お父様、剣……
「あ、ああああああああああああああっ!!」
それで思い出してしまった。ミイラ一号君の剣は……
「お父様にあげちゃったんだぁぁぁぁぁぁぁっ!」
何という事だろう、私はミイラ一号君の唯一の武器をお父様に譲ってしまったのだった。
「ゴアァァァァァァ!」
そんな最悪のタイミングでデッドリーベアが襲い掛かって来た。
まるでいつまで漫才してんだとばかりに。好きでやっとるんちゃうわ!
私達は慌ててデッドリーベアの攻撃を回避すると、突っ込んできたデッドリーベアの攻撃をモロに喰らった木々が細い枝のようにベキベキと音を立ててへし折れてゆく。
「ひ、ひええええ」
ヤ、ヤバい、あんなのに当たったら死んじゃう!
「あ、新しい剣とか貰ってないの!?」
しかしミイラ一号君は首を横に振って貰ってないとジェスチャーする。
「じゃあ素手でなんとか……」
けれどミイラ一号君はいや無理ですわと肩を竦める。
「マジでぇぇぇぇぇ!?」
どどどどうしよう! 頼りになる筈の護衛が一気に役立たずになっちゃったよ!
「とにかく逃げ……」
すぐさま逃げようとした私だったけれど、デッドリーベアがそうはさせんと回り込む。
oh……、見逃す気なんてサラサラないって事ですね。
「何か良い手はないの!?」
私はミイラ一号君に何か妙案はないかと尋ねる。
戦闘力が無くなったとはいえ、仮にもお父様の仇敵と言われたミイラだ。
何かうまいやり過ごし方を知っているかもしれ……
「シュッシュッシュッ!」
しかし目の前のミイラが見せたのはいわゆるジャブ。つまり殴れと!?
「って、無茶言うなぁぁぁぁぁ!」
私の細腕で殴ってもこっちの細腕が折れるだけだよ!
なおも襲い掛かって来るデッドリーベアの攻撃を私は必死で回避する。
くっ、コイツ私をいたぶって遊んでる!
わざと避けられる程度のスピードで攻撃して恐怖心を煽るとか性格悪すぎない!?
「でも相手がこっちを舐めてるならチャンスはある筈!」
私は必死でデッドリーベアの攻撃を避けながら反撃のチャンスを考える。
そうだ、私は魔法が使えるんだ。
吸血鬼に進化した事で魔力がアップした事で色んな魔法が使えるようになったのである。
魔法の勉強はかなりきつかったけど……いや今は思い出してる暇はない。というかあの日々を思い出したくない。
「よ、よし! いくよ! ファイア……」
「ブンブンブン!」
しかし私が魔法を放とうとしたら突然ミイラ一号君が待った待ったと手をブンブンと振って妨害してくる。
「ふぇ!?」
その謎の行動に戸惑って、集中していた魔法が霧散してしまう。
「何で邪魔を…キャア!?」
「ゴアアア!」
いけない! 魔法に集中してたせいでデッドリーベアの接近を許して……!
デッドリーベアが私の上に馬乗りになる。
「ひっ!?」
デッドリーベアが私の体を抑えた状態で右腕を大きく振り上げる。
あ、あれで身動きの取れなくなった私を殺す気!?
「た、助け……」
私は一縷の望みをかけてミイラ一号君に助けを求め……
「シュッシュッ!」
目に入って来たのは先ほどと同じくシャドーボクシングのように虚空に向かってパンチを続けるミイラの姿。
「……グッ!」
そして決め顔(に見える)ポーズと共に親指を立てるミイラ。
って、役に立たねぇーっ!
「バカーッ!!」
そんなん効くわけないでしょー!
けれどデッドリーベアは待ってはくれない。
その爪がゆっくりと振り下ろされる。
死に瀕した人間は出来事がスローモーションに見えると言うが、これがそうなのだろうか?
あ、いや私吸血鬼だからもうとっくに死んでるのかな?
吸血コウモリ時代もご主人様の魔力由来の使い魔だったしって、そんな事考えてる場合じゃねー!
私は破れかぶれになって拳を突きだす。
本能的な防衛行動、どうせ効かないにしても一矢報いたいと言う思いから放たれた無駄な抵抗。
次の瞬間、その腕ごと体を引き裂かれて、生きたまま肉を喰らわれると分かっていてもやらずにはいられない生への執着。
思わず目を瞑ってしまう。
直後、私の拳がデッドリーベアの爪と接触するのを感じた。
パァン!
けれどデッドリーベアとの衝突は、驚く程軽く、寧ろ子猫がぶつかって来た程度の衝撃しか感じなかった。
代わりに突き出した私の手には不思議な手ごたえ。
「へ?」
ドゴォン!!
そして数瞬後に聞こえてくる凄まじい轟音。
一体どうなったのかと目を開ければ、視線の先には大きな木に叩きつけられて口から血を吐いて半分埋まっているデッドリーベアの姿があった。
「え?」
何これ、どういう事?
「あ、あれ、君がやったの?」
思い当たるのは近くでパンチのジェスチャーをしていたミイラ一号君くらい。
しかし彼は首を横に振ると私を指差した。
「……え? 私?」
信じられない気持ちで尋ねると、彼はゆっくりと首を縦に振ったのだった。
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