第5話 グッバイ儚いお姫様生活(瞬間風速)

「ぽえー」


「とてもよくお似合いですよ」


 私はドレスを着ていた。

 ご主人様から血を与えられ高位の吸血鬼へさらなる進化を遂げた私は、「うむ、次は服だな。我が娘となったのだからそれにふさわしい装いをせねばならない!」と言われた途端、メイドさん達に連れ出され、こうして着せ替え人ぎょ、いや着せ替え吸血鬼となったのである。


「お嬢様、とてもよくお似合いですよ」


 メイドさんがもう一度同じことを言う。


「ですから、もう裸で外を出歩いてはいけませんよ」


 ……うん、そうなのだ。今までの私はマッ裸だったのです。

 だって仕方ないじゃない。さっきまでコウモリだったんだよ。

 全裸が制服みたいな生活を長年続けていた所為で、服と言う概念を忘れていたのは仕方がない事なんだよ!


 今思うと、さっきの門番達も話している最中ずっと私から目を反らしていたような気がする。

 うん、そうだよね。突然夜の森から全裸の女の子が飛び出して来たらそりゃ門番も何だあれってなるわ。

 理不尽に怒ってゴメンね門番さん達。


 だがそんな裸族生活とも今日でおさらば! 

今日からは服を着た文明人として生まれ変わります!」


「えへへ、可愛い」


 うむ、鏡に映った私の姿はとても可愛い。

 フワフワのドレスは前世で着ていたら間違いなく痛い子と陰で言われていた事だろう。

 だが今の私は違う! 今の私は吸血鬼として生まれ変わったのだ!

 その容姿たるや、まさに人外の美! すっごく綺麗! すっごく可愛い!

 進化して良かった! ありがとうミイラ! 君のお陰で私は可愛くなれたよ!


 あとなんか進化した影響なのかめっちゃ髪の毛長いです。

 もうね、何年もずっと切らずにいたみたいにモサモサだったんだよね。あんまりモサモサだったからメイドさんがハサミで整えてくれた程だ。

 まぁそのおかげで門番達に私のセンシティブな部分は見えてなかったっぽいんだけど。多分、そうであってくれ。


「そう言えば私って吸血鬼になったんですよね? なのに何で鏡に映ってるんですか?」


 吸血鬼と言えば鏡に映らないというのがお約束だ。それとも異世界の吸血鬼は鏡に映るのかな?


「それはこの鏡が魔鏡だからですよ」


「魔鏡?」


「ええ、特別な力を持った鏡です。大抵は鏡に映った者を呪ったりする邪悪な品なのですが……」


「ええ!? 呪い!?」


「我々吸血鬼には効果が無いので害のない便利な品ですよ」


 おお、びっくりした。てっきり呪われるかと思ったよ。

 やっぱ吸血鬼って邪悪な存在だから、邪悪な力に耐性があるんだね。


 ◆


「おはようございますお嬢様」


 夜、吸血鬼にとっての朝を迎えた私の部屋にメイドさんがやってくる。


「おはようございます」


 挨拶を終えるとメイドさんは私をじっと見つめてくる。

 そして近づいてくると、ガバッと私のスカートを捲った。


「……ちゃんと下着をつけていらっしゃいますね」


「ええ、すっかり慣れましたから」


 そうなのだ、吸血鬼になってからの私は、毎朝メイドさんに服を着ているかのチェックをされていた。

 というのもご主人様改めお父様の教育方針で、自分のことは最低限自分で出来るようになるべしと言われ、着替えなどは自分ですることになったのだ。

 と言っても前世が人間だった私に服を着るなど造作もない事。あっという間にこの世界のドレスを着る方法を覚えることが出来た。


 ただ、吸血コウモリだった頃の癖で私はうっかり服を着忘れてしまう事があり、その度にメイドさんに叱られたりしていた。


「これで一週間連続で服の着忘れがなくなりましたね。おめでとうございます」


「ありがとうございます!」


 なんだこの会話。多分前世だったら一生使う事が無い言葉のオンパレードだぞ。


「くぅ~」


 と、一段落したところでお腹が鳴る。吸血鬼もお腹が空くのです。


「ではお食事にしましょうか。来なさい」


 メイドさんが部屋の外に声を掛けると、綺麗な女の人が入ってくる。

 食事と言って何故人がやって来るのか。

 それは簡単、この女の人こそが私の食事だからだ。


 もちろん頭からバリバリ食べる訳じゃない。私は吸血鬼だ。つまり私の食事は血なのだ。

 前世が人間だった私が人間の血を吸う事に抵抗はないのか? と聞かれそうだけど、私はためらうことなくノーと答えるだろう。

 だって転生した私は吸血コウモリだったんだよ。その時点で獣や魔物、それに森に侵入してくる人間を襲っていたんだから、今更忌避感を感じる理由がないんだよね。


 ま、コウモリ時代は食事が血でびっくりしたけど、あの頃はそもそも人間の姿ですらなくなっちゃった事のショックが大きすぎて「ま、まぁ、生まれ変わったんなら仕方ないよね。この生活に慣れないと!!」って感じで、むしろ現実逃避の為に慣れる事に専念してたんだけど。


 なんて思い出していると女の人が嬉しそうに服をはだけて首筋を見せてくる。


「どうぞ、お吸いください」


 操られているのか、それともそう教育されているのか、血を吸われる事を嫌がっている様子は見えない。

 一体どういう関係で吸血鬼に血を吸われる生活をしているのか知らないけど、それを聞くのも怖いので疑問は心の中にそっと置いておく。


「いただきます」


 カプッと首筋に噛み付くと、何とも言えない甘い味が口の中に広がる。

んー! 美味しい!

 ミイラの血を吸った時は食べ応え満点の肉料理を食べている感じだったけれど、この女の人の血はまさにスイーツ! 高級パティシエの作り出した自慢の逸品といった風情だ。


 ホントちゃんと人間の血って美味しい! 今まで飲んできた魔物や獣の血とは大違いだよ!

 あっ、でも森に侵入してくる人間の血は不味かったっけ。何だろ、育て方が違うのかな?


 そんな訳で吸血鬼のご飯を堪能した後は勉強の時間だ。

 勉強といっても算数や歴史といった普通の勉強……もちょっとはするけど、メインは吸血鬼の力の使い方だ。


 吸血鬼になった私だけれど、コウモリから進化した為か己に何が出来るかはよく分かっていなかったのだ。

 ここらへん、生まれた時から吸血鬼の人は無意識に理解出来るらしいんだけどね。


「吸血鬼は多くの能力があります。それは吸血鬼が人間よりも精霊に近い存在、すなわち体の構成要素の多くが魔力に依存しているからなのです」


 前世の知識でファンタジーな出来事にもある程度の理解はあるけど、難しい理屈はよくわかんない。

 分かったのは吸血鬼は半分幽霊のような存在なんだとか。

 肉の体〇%と魔力の体△%みたいな感じで、肉の体の割合が高いほど下位の吸血鬼で魔力の体の割合が高いと高位の吸血鬼に分類されるらしい。


 そして上位の吸血鬼は普通の武器じゃ攻撃が通じなくなるという特典もあった。


「魔力とは形の無い存在ですから、空気に鉄の剣を振っても空気を切る事は出来ない事と同じです」


 つまり私達高位の吸血鬼は自身が魔法そのもののような存在なんだって。

 でも肉の体も多少はあるから他者に触ることが出来るんだとか。


「体の構成要素が魔力そのものである吸血鬼は人間のように魔法として魔力を加工する必要がありません。ただ手足を動かす事のようにそうしたいと思えば勝手に魔法が発動するのです」


 つまり無意識に魔法を発動しているらしい。霧になる魔法、眷属を従える魔法といった感じで。

 出来ると思えばできる、それが吸血鬼の魔法だと教育係の先生は語る。


 初めて吸血鬼に進化したあの日、私は空を飛んで帰ろうとして飛ぶことが出来なかった。

 そうしたいと思えばできるのなら、何故私は飛べなかっただろうと先生に問うと、彼女はこう答えた。


「おそらくはお嬢様が人の形に大きく変化したからでしょう。今まで羽で飛んでいたのに羽がなくなった、人間は空を飛べないという無意識の認識、何より自分が自分でなくなった事への精神的なショックがお嬢様が力を使えなかった原因ではないかと思います」


 なるほど、確かにあの時はめっちゃ驚いたからね。


「ですからまずは飛ぶことから覚えましょう。かつてのお嬢様は飛ぶことが当たり前に出来ました。これが吸血鬼の力で出来るようになれば、ご自身の力への認識もはっきりとするでしょう」


 という訳で私は飛ぶことの練習から始めた。

 何もない状態で浮き上がるのは私には無理だったので、先生のアドバイスで自身にコウモリの羽を生やす事から始める。


「吸血鬼は自在に変身する事が出来ます。かつての自分の翼を思い浮かべながら体内の魔力を翼の形にしてください」


「は、はい」


 私はコウモリ時代の自分の羽を意識しながら体内の魔力を操作する。

 すると羽が生えた。腕に。


「お見事です。一度で変身できるとは流石ですね。ですが腕を羽にするのは吸血鬼として見栄えが悪いので、背中にはやしましょうか」


「は、はい!」


 という訳でやり直し。

 すると今度は背中の腰よりやや上の位置に羽が出現する。


「出来た!」


「ええ、この位置なら問題ありませんね」


 ただ完成した羽は真っ白だった。

 私の髪の毛も真っ白なので、羽も真っ白になったっぽい。


 次は飛ぶ練習だったけど、こっちは簡単に出来た。

 これは私が長年コウモリとして飛んでいたからだろう。


 こうして力の使い方を理解した私は、多くの吸血鬼の能力を習った。

 ただ習うのは力の使い方だけじゃなく、吸血鬼の常識やマナー、お父様の事やこの世界の事など、吸血コウモリの頃には知らなかった様々なことも教えて貰った。


 そのなかでも驚いたのはご主人様の事だ。


「ご主人様はこの世界でも7人しかいない特別な吸血鬼で『七天の真祖』と呼ばれているのです」


「真祖?」


 聞いたことあるような無いような単語に首をかしげる。


「真祖とは幾多の吸血鬼の中にあって頂点に位置する方々です」


 ほえー、お父様って凄い吸血鬼だったんだ。


「そんなご主人様の血を頂いたお嬢様が、ご主人様の血族において上から二番目、第二階位に位置されます」


「第二階位って凄いんですか?」


「… …ええ、とても。ご主人様と同位階の方を除く全ての吸血鬼がお嬢様にひれ伏す程の権力をお持ちです」


「うえええーっ!?」


 何それ!? つまり私って副社長レベルの権力を持っちゃったって事!?


「お嬢様、そのような言葉使いをしてはいけませんよ」


「あ、はい。ごめんなさい」


 はい、先生ってば結構言葉遣いには厳しいです。

 でもしょうがないじゃん。平社員以下のバイト待遇から副社長に一気に格上げなんだよ!?

 ミイラの持ってた剣をあげただけでこの待遇は破格過ぎるとおもじゃん!?


 ちなみにミイラの剣はなんかもの凄い剣らしくて、ご主人様は近年稀に見る程ご機嫌らしく、城の皆もビックリするほどウッキウキなのだとか。マジかー。

 だから私がご主人様の娘にして貰えたのも納得な待遇なんだって。

伝説の聖剣を手に入れたみたいな感じなのかなぁ。


「おお、メルリルよ!」


「あっ、ごしゅ、お父様」


 授業を終え、自分の部屋に戻ろうとしていたら、お父様と廊下でバッタリ出会う。


「丁度お前に会いに行こうと思っていたのだ」


そう言うとお父様は笑顔で私を抱き上げる。


「私をですか? 呼んでくださればこちらから出向きましたのに」


「はははっ、可愛い娘に逢いたかったのだ」


 ミイラの剣を手に入れたご主人様、じゃなかったお父様は本当に上機嫌で、私を抱き上げると、部屋まで連れてゆく。


「さて、お前に逢いに来たのは他でもない。メイド長からお前の教育が一通り完了したと聞いた」


「そうなのですか?」


「うむ、これでお前も一人前の吸血鬼。であれば自分の領地を得る必要がある」


「自分の領地……ですか?」


 確か教育係のメイドさんに聞いた話だと、吸血鬼は自分の領地という名の縄張りを持っているのだと。

 そしてその縄張りを侵す事は宣戦布告に等しいのだとも。


「故に父として命じる。メルリルよ、城を出て自分の領地を持て! 今日からお前は私の庇護を離れ一人の吸血鬼として気高く生きるのだ!」


「……」


 ええと、それってつまりここから出て行かないといけないって事?

 私一人で? 魔物が闊歩する危険な世界に?


「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 死ねって事ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 かくして、お姫様になった私はわずか一か月で追放される事になったのだった……

 とほほ、世の中そんな美味い話は無いよね。

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