第2話
トイレは廊下の突き当りにある。こんな時間なので、廊下には誰もいなかった。私は薄暗い廊下をスリッパで進んだ。歩くたびに、木の廊下がギイギイと音を立てた。
トイレの中には裸電球が一つだけ灯っていて、暗いオレンジの光を発していた。私はトイレの入り口でスリッパを木の下駄に履き替えた。トイレの中に木の下駄のカラコロという音が響く。この旅館のトイレは全て古風な和式だ。トイレの個室の中も・・床は古風な木だった。
便器にしゃがみ込んで、用を足したときだ。頭の上から声がした。女の声だ。
「頭からかい? それとも、つま先からかい?」
私は凍り付いた。身体が呪縛にあったように動かなかった。
声がもう一度聞いた。
「頭からかい? それとも、つま先からかい?」
私は女将さんの言葉を思い出した。恐怖に耐えながら、震える声で答えた。
「つ、つま先から・・・」
声が言った。
「そうかい、つま先からかい・・・」
すると、しゃがんでいる私の右の足元が盛り上がった。足元の床から、顔がレリーフのように浮き上がってきたのだ。私の右足が、その顔の上にあった。顔が大きく口を開けて・・・私の右足の先を、トイレの下駄ごと飲み込んだ。つま先に・・・ぬめぬめとした、生暖かい感触があたった。
私は持っていた鉛筆を握りしめた。お部屋のインターホンの横に、メモ用紙と一緒に置いてあったものだ。護身用に持ってきたのだ。
そして、右足の下にある顔に向かって、鉛筆を振り下ろそうとした・・・が、手が震えて振り下ろすことが出来ない。
顔が私の右足のつま先をさらに深く呑み込んだ。舌で、つま先を舐めまわしてくる。
思わず、私の口から「ひっ」と声が出た。
そのとき、あまりの恐怖に私は鉛筆を落としてしまった。
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