つま先

永嶋良一

第1話

 「おトイレで声がして・・『頭からか、つま先からか?』って聞かれたら・・そのとき、絶対に『頭から』って答えてはいけないんですよ」


 女将さんの言葉に一瞬、私は息を飲み込んだ。高校生の私は、お正月に両親と弟のスミオの4人で、山の中のさみしい温泉旅館に来ていた。近くに遊園地があるので、遊園地と温泉を楽しもうという計画を立てて・・・遊園地の帰りに、家族でここにやってきたのだ。私たちが泊まるのは・・木造のとっても古そうな旅館だった。宿に入ると、若女将という女の人がお部屋に挨拶にやってきて、旅館に伝わるトイレのお化けの話を始めたのだった。


 私は女将さんに聞いた。


 「もし、そのとき、頭からって言うと、どうなるんですか?」


 女将さんが私の顔をのぞき込んできた。天井の蛍光灯が女将さんの顔に深い陰影を作っている。


 「お嬢ちゃん。頭から飲み込まれてしまうんですよ」


 横で聞いていたスミオが笑い出した。


 「そんなのウソだぁ・・」


 女将さんがスミオに言った。


 「いえいえ、坊ちゃん。本当なんですよ」


 女将さんの言葉にスミオがブルっと身体を震わせたかと思うと、私の顔を見た。


 「そんなの、ボク、ちっとも怖くないもん。でも、お姉ちゃんは怖くて・・夜、一人でトイレに行けないよね」


 スミオは最近、私に生意気なことばっかり言う。私はむっとしてスミオに言った。


 「大丈夫よ。一人で行けるもん」


 その夜、私はトイレに行きたくなって、眼が覚めた。お部屋の時計を見ると、夜中の2時だった。父も母も、スミオもみんなぐっすり眠っている。


 そして・・私は一人でトイレに行くために、お部屋を出た。

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