第4話  トミが疑われている!!

翌日のことだった。


外出禁止のトミだったが、旅籠のお客様を亀山八幡宮にお連れするときだけ、外出できることになった。


昨夜から、旅籠の使用人がひそひそ噂をしている。


お母さまは、気にするなというけど実際は辛い。


やっと外に出て、新鮮な空気を吸えた。ふううっと解放された気持ちになった。


お宮の境内には砲台があり、大筒を囲んで侍たちが訓練をしている。


大筒(おおづつ)と呼ばれる武器を作るため、地元長府の侍たちは家々から金属を問答無用で徴収してきた。鏡も刃物もお寺の鐘も。

それだけ町の人々の思いがこもった道具である。この大筒がバカンを守ってくれるはず。


石段を上り、お客様に別れのご挨拶をした。


トミを見つけて梅が駆けて来た。髪を桃割れに結い、紺色の着物に赤いたすき、赤い前掛けを付けたかわいいウメが出て来た。


「 トミ姉さんだ。嬉しいぃぃぃ! トミ姉さーーん」


「お梅ちゃん」


「おハナちゃんのこと……」


お梅は鼻の頭が真っ赤である。昨日から、泣いてばかりいるのだろう。


「おタカさんのところにお役人が来ています。これから話を聞くそうです」


「お役人ね、うちにも昨夜いらしたので、話をしたのよ。

梅、おハナちゃんがあんなことになって、寂しくなったね」


「そうなんです。三軒も茶店があったのに、ハナが亡くなってしまって。

もう一人のおタエは先週から親戚の家に行くとかで、梅の店だけになったんです」


「お客も減っているからいいのかもしれないわね」


この三軒の茶店を取り仕切っているのはおタカさん。

ハナの茶店でお役人の弥助さんが、おタカさんと話しているのが見える。


「おタカ、このごろハナの様子で変わったことはなかったか」


「ええっと……。

でも、ハナは好きな男がいたようで、茶店を閉めるときに、よくその男が送っていくのを見ました」


「その男の名は?」


「さあ、聞いたけれど忘れてしまいました。ねえ、梅、知ってる?おハナが一緒に帰っていた男」


いきなり振られて梅はどぎまぎして、下を向いた。梅はとても恥ずかしがり屋で人見知りする。


「え……あの……わかりません」


弥助さんはチッと舌打ちした。そして、茶店の中のいろいろな物を手に取って見ている。


そこに伊藤のご隠居さんがやって来た。文吉も連れている。


「茶をもらえるかな」


文吉が銭を袋から出して払った。


「ご隠居さま、外出禁止じゃなかったんですか?」


「トミ、それはお互い様だろう」


ふたりとも外出禁止と言い渡されている間柄で急に親しみを感じた。


ご隠居さんが床几に座った。


よし、話してみよう。今の窮状を。

「ご隠居さん、困ったことになりました。奉公人たちが、噂をしているんです」


「どんな噂じゃ?」


「元バカン小町のトミが、若いバカン小町に嫉妬して海に突き落として殺したって」


「それは、聞くに堪えぬな。言ってる方も本気にはしていないんだろ?」


「そうなんです。誰もトミがやったとは思っていないはず。ただ、この話を面白がって尾ひれを付けて広められたら、いずれみんなが信じてしまう」


梅が茶を入れる手を止めてとんで来た。


「ひどい、トミ姉さまがそんなことするはずない!!

みんな、面白がっているんです。

梅も、その話、さっき聞きました。だから、悔しくて……」


梅の泣いている理由は、ハナの死だけでなく、トミへの悪意ある噂だったのだ。


「梅、ありがとう、心配してくれているのね。ご隠居さん、だから、私、ハナが死んだ理由を探ります。そして、下手人を見つけます。ご隠居さん、協力してください」


「ああ、わかった」


ご隠居さんは茶を飲んで、「気の毒なことよのう」と言った。


「どうしてハナは、あんなことになったんでしょう」


「さあ、わからんな。今のバカンは不思議なことばかり起こる」


「不思議なこと?」


「昨日から、豪商白石の屋敷にお公家くげ様がいらしておる。高い位を投げうって、京からバカンにいらしたらしい。まあ、うちの本陣にも、いろいろ尊王攘夷(そんのうじょうい)の志士が逗留とうりゅうされるが、なんでも、そのお公家様は、それはもう大変なお方らしい」


梅が茶を差し出し、ご隠居さんがすすった。

文吉がそわそわしている。


「どうしたの?」


「そろそろ帰らないと、若奥様に見つかってしまいます。今日も絶対外出禁止だって言われています」


ご隠居さんは「ああ」と言い、茶を飲み干し「うまかった」と言った。


「おトミさんよ、バカンでこんなことがあるなんて許されない。一緒に探りましょう。また、明日この時間に来ますよ」


「ありがとうございます」

トミと梅で頭を深く下げた。


文吉が少し先を歩き、ご隠居さんは片足を少しひきずりながら帰って行った。


おタカさんが、コホンと咳払いをした。いつの間にか後ろに立っていたようだ。


「トミも梅も騙されているよ。あのじじいに」


梅が目を見開いた

「そうなんですか?」


「そうよ、足なんか引きずっちゃって。あのお方は伊藤本陣の元大年寄りの杢助(もくすけ)様だよ。

本陣だよ。本陣。あそこの街道一帯の大きな本陣のご隠居だよ。

あんたらが気安くお相手するお方じゃない。

甥っ子の当主に『政治に関わらないでください』とうるさく言われるから、ああやって老いぼれじじいを演じている。

あの人は剣術も柔術も水練も、異国の言葉も操るすごいお方だよ。

剣術は一人で十人倒せる腕前だとか。

あんたたち騙されているね。

気の毒なお年寄りだと思ってるんだろ?

今に喰われちまうよ」


「ご隠居さまに騙されてる? そんなはずはないと思います」


「まあ、騙されたままでも構わないさ。痛い目に遭って気づくってもんさ。

ところで、梅、あんたは大丈夫?」


「はい?」


「避難するって話にはならないの? バカンはもうじき焼け野原になるらしいじゃないか。ご隠居さんの本陣も屋敷も蔵もみんな焼けるだろう。どんな金持ちだって諸行無常さ」

おタカさんはカラカラ笑った。


「あの、梅は義理のお父ちゃんと義理に兄ちゃんと弟との暮らしです。梅が飯炊きしなくちゃいけないんです」


「もらった子を避難させる義理はないか。

だったら、安心だ。

梅はずっとこの茶店をやってちょうだいね」


「はい、女将さん」


「トミさんは? 大事なお嬢様でしょうに」


「うちは年中忙しい旅籠ですから」


「そうね、……ああ忙しい。お取り調べだなんて時間の無駄だったわ」


そう言って石段を下りて行った。おタカさんは他にも商売をしているそうだ。


砲台では侍たちが今日も訓練をしている。


石段を駆け下り駆けあがり、大きな重そうな鉄の弾を持ち運んだり持ち上げたり。


参拝者たちが立ち止まって見ている。


梅の店に客が来た。


そろそろ旅籠に帰らないと、お母様が探しにくるかもしれない。


~編集さんの部屋で~

「ねえ、サトちゃん。本陣ほんじん って何なの?」


「ああ、編集さん。よくぞ聞いてくださいました。お大名など身分の高い方が止まる高級旅館でございます。伊藤のご隠居さんの伊藤本陣は、長崎から江戸に向かうオランダ人も宿泊されていましたので、西洋のテーブルやいすもあり、西洋料理も出すんです。もちろん、九州のお大名などもお泊りになります」


「ふうん」


「それで、尊王攘夷そんのうじょういって何だっけ?」


「編集さんは、キングダムはお好きでしょうか」


「男ならみんな好きだね」


「キングダムの時代、古代中国で使われていた『王をたっとび、はらう』という言葉があるんです。それが尊王攘夷そんのうじょうい。この小説の舞台、バカンの時代は、徳川幕府が権力をもっているのですが、それを平安時代のように天皇を中心とした朝廷を尊び、天皇に権力を戻し、侵略してくる異人、つまり外国人を打ち払えというものです。どうか、がんばって続きをお読みください」


「はいはい、読みますよ……」


編集さんは、眠そうにページをめくった。

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