第2話 元村人の証言

 本当にね、今思い出しても腹だたしったらありゃしない。

 あの時は、いきなり怒鳴りつけてごめんなさいね。

 今更謝らなくてもいいって、けどね、電話口でいきなり、みまた村について教えて欲しいとか、聞かれたら、昔のことあれこれ思い出しちゃって。

 直に会って話を聞きたい。謝礼は用意するとか、どんだけ、あんな村好きなの?

 もう思い出なんてロクなものないから、聞いてもいい気分しないわよ?

 それでもいいなら教えるけど?

 ……わかったわ。

 まず山の中にあるから、通学とかすんごい不便。昔、昭和までは麓の町を繋ぐ鉄道が一本あったから、一応は便利だったみたいだけど、今じゃ廃線。

 廃線なんて、よくある理由よ。

 村の外にどんどん人が出て、赤字続きの経営困難になったから。

 だって本当に何もないんだもの。

 樟脳しょうのうって知っているかしら?

 そうそう天然防虫剤とか、カンフル剤とかのそれ。

 明治の時は、樟脳のお陰で、かなり栄えていたみたいだけど、戦後は需要が下がって、どんどん村は衰退していくの。

 今も作っているらしいけど、どこに卸しているのか、知りたくもないわ。もうあんな村興味ないもの。

 若者流出の決定となったのは、高度経済成長期だったかしらね?

 村近くに高速道路通す計画があったんだけど、村総出で大反対。

 樟脳の原料って楠なのよ、ほら、ジ○リ映画に出てきた隣にあるあのでかい樹木、道路を通すために山を切り開くから、村の財源が破壊されるって誰もが断固反対したの。

 まあ結果として、どんどん人が出て行ったと。

 高速道路一本でも通っていたら、工場一つぐらいできていたのにね。今更いってもせんないけど。

 かという私も出て行ったけど、あのまま村に居続けても、ロクな目にあったもんじゃないわ。

 え? 出て行った理由? そりゃ好きでもない男と無理矢理結婚させられそうになったからよ。

 家出ようとしたら、村人総出でひっつ捕まえてから、縛り付けて納屋に閉じこめるのよ。

 事前にね、連絡が届いたのが運が良かったの、旦那、当時つきあっていた彼氏ね、大型トラックで乗り込んでから、そのまま納屋ぶっ壊してくれて、もう今でも感謝しても感謝しきれないわ。

 当人は、若気の至りとかで恥ずかしい思い出みたいだけど。他の家も似たような状況だったから、トラックの荷台に乗り込んで総出でトンズラ。

 もう死にものぐるいだったわよ。絶対に村から出さないとか村人総出で追いかけてくるんだもの。中には猟銃ぶっ放してくるのまでいたんだから、もう死ぬかと思ったわ。

 村から無事に脱出できた時は、みんなで抱き合って泣くほど喜んだのは昨日のように覚えているわ。

 一応、あの時一緒に脱出した人たちとは、時折連絡とってるけど、誰も彼も村にいた頃以上に幸せに暮らしているそうよ。

 ホント、出て行って正解だったわ。

 もう自由がある。村にはないものが溢れている。子供にもしっかりとした教育だって受けさせられる。

 もしあんな村に居続けたら、生まれてきた子供を不幸にしていたはずよ。

 あの村、あれこれ決まりがあるわ。あれはするな、これはするなとか、やかましいったらありゃしない。

 そうね、具体的には、あの家は、男を生んだから、お前の家は女を生め、女が多いから男を増やせとか、女を生んだら、いらないから山に返して来いとか言うのよ。江戸時代なんかは、男を待望していたのに、女を生んだから山に捨てた、当時だと返していたそうよ。

 風の噂だけど今も続いているんだから、そりゃ人が出て行くわ。

 極めつけが、夜は外に出るな、いえ正確には山に入るな、だったかしら? さっき樟脳の話をしたわよね? 夕方になると玄関先に樟脳を入れた袋を吊すのが村の決まりになっているの。

 下げないともう村八分。

 山に入るにも熊除けの鈴つけるみたいに、樟脳袋を下げてないとダメ。熊なんて九州にはいないのに、つける意味が今でもわからないわ。

 理由を聞いても、昔からの決まりの一点張り。

 一応、野生動物に対する忌避材みたいだけど、九州に熊なんていないわよ。

 いるのは猿とか猪とか鹿よ?

 ええいるわよ、鹿。キュウシュウシカっていうがいるの。

 相応の山奥じゃないと見ないけど、運がいいと村でも見られるわよ。

 観光名所なんてもの、あるにあるけど、あなたみたいなよっぽどの物好きじゃないと、わざわざ奥地まで足を運んだりしないわ。

 赤鹿せきろく館、そうそう、それよ。赤煉瓦作りの洋館ね。

 元々は、明治の頃に建てられたそうなのよ。樟脳の買い付けに来る人たちをもてなす迎賓館。

 長らく空き屋みたいだったけど、一時は人が住んでたみたいね。

 かなり有名な画家だったって記憶しているけど、どうしたの? 怖い顔しているわよ?

 大丈夫かしら? 話続けても?

 えっとあとは、神社かしらね。

 楠の話はしたわね? 村ができた頃からある神社だけど、鹿を奉っているの。狛犬じゃなくて鹿が置いてあるのよ。奈良公園の鹿が神様の使いだけど、こっちの鹿は五穀豊穣、山林の生育を司る雄鹿なの。

 山を荒らすと毘麌びぐが木にするぞって小さい頃は、散々脅されたものよ。

 毘麌? 奉られている神様の名前よ。黒い雄鹿オジカの姿をしているの。

 なんて字で書くかって?

 毘沙門天の毘に、鹿の下に呉市の呉と書いて、毘麌。毘は助ける・麌は雄鹿って意味がある。

 神社に絵巻物があるけど、あれって一応、鎌倉時代からある文化財なのよ。

 基本、神社は無人だから自由に見れるんじゃないの?

 え? 神主とか巫女はいないのかって?

 いないない。とっくの昔に神主の家は途絶えたそうよ。

 今となっては村で管理している実質でかい祠よ?

 とりあえず、村について話せるのはこれぐらいかしら?

 お礼って、あんな村話しただけで、こんなに貰っても?

 必要経費だから問題ないって、あなた、あの村で何をする気なの?

 元住人として言わせてもらうけど、あんな村、下手に関わらない方がいいわよ。

 村でトラブルが起こっても、警察来るのは遅いし、仮に来ても、麓の町にある警察署の署長、村の出身だから当てになんかなりゃしない。

 あそこの署長、昔からあれこれ世話になったとか、借金の肩代わりをしてもらったとかで村には頭が上がらないのよ。

 だから仮に捜査しても、村びいきになるから、やめときなさい。

 悪いこと言わないわ。

 村に関わるのはやめなさい。


 ……下手すると、死ぬわよ?

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