バイバイ
こうけん
第一章:売
第1話 村特産の樟脳運搬
急募:臨時配送ドライバー及び運搬スタッフ。
業務内容:村特産の
時給:一万円から。
予定した委託業者が車両事故に遭いました。
運悪く他のドライバーは出払っており、このままでは納期に間に合いません。
運転免許所持者には、追加ボーナスを支給。
また運搬スタッフにも、追加ボーナスがあります。
過大求人広告に思えますが、時間が惜しい状況です。
本日一八時までに応募してくれた方は、面接後、誰であろうと即採用します。
ただ、曲がりくねったくねくね道路の往来につき、車酔いに強い方が望ましいです。
<クリーン>代表、
※樟脳とは、人体の一部ではなく、クスノキを原料とした天然由来成分の防虫・芳香剤のことです。
――――――――――――――――――――
ベッド脇に置いた携帯端末が鳴り響く。
人間二人分の盛り上がった布団が中より動き、鳴り響く端末を掴む。
掴んだのは太く絞まった男の腕であった。
「あ~はいはい、もしもし」
着信者を確認することなく寝ぼけ眼で通話を開く。
『早朝から失礼します、藤木伊織さん。こちら北博多大学、学生課の古賀と申します』
「あぁ?」
早朝から仕事熱心だと、寝ぼけた頭で感心する。
同時に、解せぬと、蝕む睡魔を疑問で塗り潰して、覚醒を促していく。
「ん~」
すぐ隣から女性の間延びした声。
咄嗟に伊織は携帯端末のマイク部を抑える。
寝返ったまま、伊織に身体を預けてきた。
ほんのりと寄せてきた温かな素肌が、朝の寒気を紛らわしてくれる。
「それで、
静かになったのを確認したのち、小声で話し出した。
記憶を探ろうと、何かしらトラブルに巻き込まれた記憶も、やらかした記憶もない。
そも、早朝の時間帯、一学生に何用か、心当たりは……ないようで、あったりする。
放置されていた大学敷地の一角で、ニワトリを飼っていたのがバレたか。
だが、医学部(の一部)と提携しているため、書類上は、鳥インフルエンザ用の検体扱いだ。
あるいは、花壇に偽装して、ローリエやセージ、タイムを栽培していたのがバレたか。
しかし、これまた園芸サークルとの提携により、書類上は、観葉植物である。
いや、下手をすれば、五号館屋上で栽培していた唐辛子がバレたか。
これもまた、スポーツ医学の研究素材として以下略。
『今データを送信しましたので、閲覧をお願いします』
頑として逃げられぬ証拠でも突きつけるつもりか。
緊張で固唾を飲もうと、端末に送られてきたのは一枚のスクリーンショットであった。
「配送ドライバー? なんだこれ? なんで俺の名前が?」
とある過疎村までの運搬業務。
早急な募集に、伊織は目尻を鋭くした。
何より眠気を吹き飛ばすのは、身に覚えのない自分の名前だ。
「まさか闇バイトか」
『恐らくは』
電話主は、声を緊張で震わせている。
『こちらの求人情報に、あなたの名で紛れ込んでいるのが確認されました』
すでに削除済みだとの報告を受ける。
ただ、誰が募集したのか、調査中であった。
「だから、こっちにかけてきたわけね」
所謂、なりすましだろう。
藤木伊織は、良くも悪くも大学内では有名人だ。
最初から、相手が伊織に疑心を向けないのは、日頃から、誰かのためにボランティア活動に勤しんでいるからと言える。
今話題の闇バイト絡みならば、防犯防止は警察の仕事。
名前を勝手に使われた以上、警察に相談である。
「こんな美味い話、ひっかかるの……いるんだよな」
いるからこそ事件になり、起こるからこそ社会を揺さぶる。
『この手の募集は、いたちごっこです。ですから、そちらも、警戒しといてください。あなたは良いも悪いも有名ですので』
名前を勝手に使われることに。
主犯格の罪を擦り付けされるリスクに。
「なんか悪いことしましたっけ?」
『理事会に、確認しますが、思い当たるだけで、あれこれあるかと』
電話主が、ぼかすのは、今更数え切れるものではないからだ。
指摘しないのは、あくまで犯罪とされていないからでもある。
「ともかく、確認ですけど、のこのこ行った人は?」
『この募集は学生課経由ですので、応じれば、学生IDですぐ把握できます。幸いにも発見と削除は早かったため、応じた生徒は一人もいません』
ホッと胸をなでおろす伊織。
なりすましの恐ろしいところは、己が無関係無実だと証明する証拠がないことだ。
やったことの証明は、痕跡と証拠を探せば見つけられようと、やっていないことの証明など、やってもいないのだから証拠など元からなく、文字通り悪魔の証明となる。
「分かりました。とりあえず、こっちでもメンバーたちに注意喚起はしておきます」
『はい、お願いいたします。何かあれば、すぐ学生課までご連絡を。では、失礼いたします』
通話は終わる。
すがすがしい朝の目覚めを迎えられると思えば、苦々し朝であった。
「……寝直そう」
予定起床時間まであと二時間はある。
だから、隣の女性に、身を寄り添わせていた。
――――――――――――――――――
電話に出るほんの数時間前――
時刻は草木も眠る丑三つ時――
「なんなんだよ、なんなんだよ、この村!」
男は暗闇の野道を走っていた。
息を切らし、心臓の張り裂ける音が嫌にも鼓膜を響かせる。
「お、俺はただ、俺は荷物の運搬に来ただけだぞ!」
男はどこにでもいる二〇代のフリーターであった。
大学在学中の就職に失敗しようと、持ち前のバイタリティーで勉学とバイトを続けながら、正規採用を目指していた。
今回、運搬業務のバイトを受けたのも、大手求人アプリに掲載されていたからだ。
ほんの少し、次に受ける予定の資格試験の受験料が足りなかった。
都市部より、遠方にある山間の村から特産品を運ぶ簡単な仕事。
――そのはずであった。
「くっそ、なんで大手に闇バイトなんて載ってんだ!」
今更悪態つこうと、後の祭り。
最近話題の闇バイト。
楽して簡単に金儲けができる、負け組人生一発逆転が、うたい文句の犯罪行為。
その実態は、使い捨て前提の人員を集めて金品を強奪させる。
赤信号、みんなで渡れば怖くないの集団心理が、恐怖と罪の意識を薄めさせる。
家主の人命など関係ない。
金をかき集めるだけ集めて、指示役は手を汚すことなく戦利品だけもってとんずらする。
残されたの実行役は、使い捨て。
警察にお縄とされ、捕まらないなんて嘘丸出し。
採用されたのは六人。
誰もが純粋に、運搬の仕事だと集ったのが運の尽き。
身分証も携帯端末も取り上げられ、家族を盾に協力を強要する。
断れば家族に危害が及ぶと揺さぶってくる。
助けを呼ぶにも山の中では電波は通じず、逃げだそうにも、人の足では麓まで遠すぎる。
従うしかない。従わないと家族が危ない。
「なんなんだよ、あの村は!」
もう男からは喚きしか出ない。
実際は、己が身の危険に晒されていた。
指示役にて指定された家は、村に不釣り合いな洋館であった。
とある絵を回収しろ。
なんでも高名な画家が書いた一品らしいが、芸術に疎いため価値はわからない。
「無人だから、誰も傷つかないって安心した自分がバカだった!」
ただ悔恨をにじませる。
この村には村民一〇人、平均年齢八〇越えの高齢者しか住んでいない。
洋館は一〇年前より無人。
田舎故、鍵などかけておらず、室内への侵入は容易かった。
命が奪われるのも、また容易かった。
「なんなんだよ、いったい!」
一番槍をつとめた男は、突如として鼻から地面に倒れ込んだ。
何かに引きずられるように、もがきあがきながら暗闇に消えた。
右隣にいたはずの男は、気づけば消えていた。
次は飛来した枝に左隣の男が、背中から胸を貫かれ、暗闇に引きずり込まれた。
暗闇の中、最初から位置を把握していたかのようなタイミングの飛来だった。
異常に続く異常。
年齢的に体力筋力の衰えた高齢者の仕業とは到底思えない。
「し、死んで、殺されてたまるか!」
自業自得の面があろうと、騙された被害者でもある。
生きなければならない。
訳も分からず殺されてはならない。
後少しで村はずれ。そこに乗ってきた車がある。
車の中には指示役から直接指示を受け取る相手がいる。
この異常な状況を説明すれば、逃げ出せるはずだ。
誰が生き残って、誰が死んだか、男に思考する余裕はない。
「なっ!」
命辛々車にたどり着いた瞬間、絶句する。
運転席にいるべき人間がいない。
我先に逃げ出した、いやそれなら車があること自体、おかしい。
「鍵はある!」
持たされた小型ライトを照らせば、鍵が車に挿したままだ。
今時、珍しい物理キータイプ。
恐らくだが、タバコで一服するとかで車を離れたのだろうと好機でしかない。
「えええい、動け、動け!」
運転席に乗り込んだ男は、エンジンをかけんと鍵を回す。
焦りからか、なかなかエンジンはかからない。
「よし!」
何度目かのトライでついにエンジンに火が灯る。
アクセルを踏み、一秒でも速く村からの脱出を計るが、車は一歩も進まない。
ただ後方から空転する音がするのみだ。
「なんで、すす、うっ!」
急激に視界がぼやけていく。気分が悪くなる。手足に力が入らない。
男は気づくことはなかった。
エンジンをかければ、排気ガスが逆流することを。
車体が持ち上げられ、タイやが空転するようにし向けられていることを。
車の左側面にて、探していた人物が地面から、白骨化した右手のみを出して埋まっているのを。
知るはずもなかった。
「がっ、ががががっ!」
男は狭まる意識の中、どうにか車内から脱出しようとする。
だが、激しく痙攣する指は、ドアを開けることすら叶わない。
そして男は力尽きた。
故郷に住まう家族の顔すら最期に浮かべられずに。
――――――――――――――――
はい、始まりましたホラー作品!
前々から予告した通り熊は出ません!
そも九州が舞台なので、野生の熊は元からいません。
今作は、過疎村×因習×動物ホラーとなっております。
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のんびりまったりお付き合いくださいませ。
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