ダイバーシティ制度

八月十五日

***


 氏名 加藤かとう 友良ゆら

 年齢 二十八歳

 最終学歴 高校卒業


 直近は介護施設にて勤務

 転職はこれで四回目

 事務経験は計七年

 取得資格はなし

 未婚


 被扶養者氏名 加藤かとう 芽生めい

 年齢 六歳

 第十八地区けやきの東小学校 一年


 ダイバーシティ枠での応募のため、

 特記事項の開示を許可


《特記事項》

 *特殊 軽度

 ストロベリーガスによるテロの被害者。

 (当時七歳)

 八歳よりガスによる後遺症が緩やかに発現する。


 後遺症の特徴は以下である。

 他の被害者と同様、身体能力の向上がみられる。

 軽度の視覚過敏であり、閃輝暗点型の頭痛を伴う。現在はコントロールができているため、疲弊状態でなければ感覚過敏になることはない。

 暴力性は極めて低いが、外部刺激には注意が必要。

 中学三年生の八月。同級生で同じ被害者A君の急激な後遺症の発現により、錯乱症状顕著で暴力沙汰となる。その際、同調昂奮に陥り、A君の暴走を鎮静させた経緯あり。

 上記の様に、強烈な誘発がない限り、穏和である。


***


個人情報カードの特記事項に赤い星のマーク、その横に赤文字で、『特殊 軽度』と記載されている。


 通称 『アカボシ』


元人事というネット民がSNS上に「人事用語」を投稿したことがキッカケで、この『アカボシ』という言葉が広く知れ渡った。


今では誰もが知るスラングで、差別用語として

定着した。


この『特殊アカボシ』があると、利用できる制度がある。

 

それは、ダイバーシティ制度である。


多様性に配慮した雇用をしなければいけない。

規模の大きい企業であればあるほど、雇用を促進しなければ罰則があるのだ。


この多様性の中には『アカボシ』が含まれており、安定している就職先も期待できる。


特記事項には、傷病歴や、それに対する精神的、身体的配慮などが記載されている。


これは個人の判断で開示するか否かを決めることができるのだが、ダイバーシティ制度での開示は強制である。




一試合終えたベッドの上で、友良はお祈りメールを受け取る。


夏生はシャワーを浴びて戻ってくると、素っ裸のまま枕に突っ伏し、足をバタバタとさせる友良に向かって言った。


「またお祈りされた?」


「うるさい」


お尻にそっとタオルケットをかけてやり、ベッドに腰をかける。


「もう腹括ってさ、所長さんの紹介に甘えちゃえば?」


友良は突っ伏していた頭を持ち上げた。


「普段の私なら甘えまくってますがね。今回はそうもいかないでしょ」


「別に俺と直接関わるわけじゃないんだしさ」


友良は夏生に背中を向けたまま、抑揚の無い声で言う。


「そもそも、医療法人百井会ももいかいさんが私達母娘おやこの生活をブチ壊したわけですが。百井総合病院 総務課の埜本のもとさんの見解を聞きたいものですなぁ」


「見解も何も、後継者問題に悩んでるかなめホームさんからの打診で、百井うちが要ホームを買収した-」


友良は両肘を付き、背中を反らし顔を上げ、上目で夏生を見ると言った。


「今時、義理とか人情で事業を承継するかね」


「友良も知ってる通り、要ホームは二店舗しか展開していない地域密着型の老人ホーム。口コミは上々、星四点五の優良ホームで経営も安定してる。百井うちも医療型老人ホームの経営に手を出すか否かで足踏みしてたんだ。好機ってやつだよ」


夏生は友良に顔を近付け唇を寄せる。

それは日常的な挨拶を交わすようなものだ。


唇が離れると、夏生は友良の背に覆い被さり、鼻先同士が触れ合う寸前の距離で言う。


「もうさ、俺と一緒に暮らそうか」


友良は、興醒めした目をして、フイッと顔を逸らす。


夏生の骨張った大きな手が、華奢な指先を包んだ。


露骨に嫌がる友良の背中に体重をかけ、左の肩にキスを落として続ける。


「芽生も喜ぶ」


右掌で夏生の頬を押すが、その腕は抵抗虚しく掴まれ、ベッドに押さえ込つけられる。


「サイテー」


夏生は一層体重をかけた。


「あれもこれもダメって、友良は今無職な訳で、更に子持ちな訳だよね」


「…んんっ」


ぐうの音は出したが、それ以上の言葉が見つからない。


「俺と暮らす?ついでに籍も入れようよ」


「それは、ちょっと…、かも」


「じゃぁ一般応募じゃなくて、ダイバーシティ制度の活用」


「それだとお給料が…」


「じゃぁ所長さんに連絡入れてよ。北多摩総合病院で働きたいって言うだけだろ?」


友良の柔らかい頬を甘噛みして、耳の縁を舐めた。


夏生は友良に囁く。


「なぁ、もう一回」



翌月、九月一日、友良は北多摩総合病院の看護助手として再就職を果たした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダイバーシティ・ジャパネスク 月美 結満 @rabibunny

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ