第2章 半グレ、青鬼編15 戦果
”駅前のMacで待ってて”
京一の携帯に慎二からそうメールが入ったのは10分ほど前のことだ。
今は駅前コートを離れて、慎二たちに会うために一人、Macでアイス爽健美茶を飲んでいる。
6月になってやや蒸し暑くなってきた。先ほどまでの太一との1 on 1で思った以上に疲労して喉も乾いていた。
京一はLサイズの爽健美茶をほぼ一気に飲み干した。
今はカップ中にたまっている氷と、それが溶け出し透明になった水を時折ちょろちょろと吸いだしている。
ジョロロ……ジョロロ……。
慎二からのメールはそれだけだった。
待っていてくれとのことなので待つしかないが、準決勝の結果が気になって仕方がない。
結果はどうだった?
そう電話で直接聞きたかったが、もし負けていたらと思うと慎二の番号を押す気になれなかった。
今日は準決勝戦だ。
稲田中には勝てると思っているが、これまでの相手より強いことに違いはない。
もし慎二の調子が悪くて、今回補欠から入った飯島先輩が上手く機能しなかった場合は、負けてしまうことも十分にあり得る。
コーチの指示で準決勝を欠場したが、やはり自分が試合に出て、全力で戦うべきだったのではないだろうか?
一抹の不安と、もしもの想像が京一の胸の中で繰り返された。
京一「フゥ……」
もし負けていれば、今年の大会はこれで終了。
京一も慎二も2年生なのでまだ来年がある。
だが高瀬や猪島、寺田や補欠で入った飯島は3年生で終了だ。
特に先輩の高瀬はスポーツ推薦を狙っている。
ここで負けてしまえば強豪校に推薦で入ることも難しくなるかもしれない。
やはりベストメンバーで臨むべきではなかったのだろうか?
Macで一人待つ間、京一は何度も同じ“たられば”を繰り返す。
もう夕方6時半になる。
辺りはまだ明るいが、駅前は帰宅途中の大人たちで慌ただしい。
Macの店内も、放課後や部活帰りの高校生や大学生たちで賑わっていた。
中学生は京一だけだ。
心細さを押し潰すようにしてカップの中の氷をストローの先で押し潰す。
ジャリジャリ。
「おぅ京一、待ってたか」
不意に背中から声がかかる。
振り返れば、慎二と高瀬の二人が立っていた。
京一「あ、慎二と先輩。お疲れ様です」
席を立って二人に挨拶する。
先ほどまでカップの氷を突いていたストローは今も右手に握られている。
高瀬「おう、天川もお疲れ。隣いいか?」
外はかなり暑くなってきたため、高瀬も慎二も額に汗が浮かんでいた。
肩からスポーツバッグをぶら下げており、準決勝戦を戦ってきた帰りであることがわかる。
京一「もちろんどうぞ」
ちょうど4人掛けのテーブルである。高瀬と慎二が椅子に座れるように脇によける。
二人の手元にはコーラーLサイズが握られいた。
慎二「あ! おまえ、どうしたのその頬の傷」
座るやいなや慎二が京一の顔を見て驚く。
高瀬もつられて京一の頬を見る。
高瀬「あぁ……なんかスパって切れてるな。どうしたんだ?」
二人ともまじまじと京一の顔を見る。
京一「あぁ……ちょっと」
右手で傷のあたりをさすりながら濁す。
これは先ほどの1 on 1で、太一が投げたナイフによるものだ。
あの瞬間、激高した太一がナイフの刃を出したまま、京一の顔面に向かって投げつけてきた。
それは間一髪のところで顔面から外れ、頬を掠めて突き抜けた。
その際、ヒヤリとした冷たい感触があったことを思い出す。
高瀬「血が出てるな。もう固まっているけど」
慎二「それって、やっぱあのコートでやられた傷?」
心配そうな顔である。
京一「うん。まあね」
慎二「昨日も唇のあたりを腫らせていたけど、今日は頬の切り傷かよ。やっぱ怖えな、あそこ」
慎二も高瀬も京一の顔の傷を見て、改めて駅前コートがよくない場所であることを認識する。
京一「うん。でも大丈夫だよ。なんだかよくわからないけど、認められたっぽいし」
そう言って頬の傷のあたりをゆっくりさする。
血が乾いてかさぶた状になっていた。
高瀬「認められたって?」
どういうことかわからない。
二人とも京一を見る。
京一「なんかよく分かんないんだけど、僕にはまったくその気がなかったんだけど、高見って人にさ、なんかあのコートに毎日来いって言われた……」
京一自身、高見の意図が分かっていない。
どうしたものかと困っていたところだ。
慎二「まじで?! あそこに毎日来いって?」
それを聞いた慎二がひと際大きく目を見開くと、京一の右手を握りしめた。
京一「イテテ」
慎二「あ、ごめん」
握りしめた手を慌てて離す。
高瀬「で、天川。毎日来いってどういうこと?」
興味津々といった風で聞いてくる。
それはそうだろう。
駅前のバスケコートは青鬼のたまり場の一つだ。
この界隈の少年たちの間では鬼の縄張りとして恐れられている。
そこに毎日来いと言われたのだ。
高校生であってもあの場所に立ち入るものはいない。
多少グレた程度の少年たちでは、到底あの場所に行くことはできない。
鬼の彼らに目をつけられれば終わりだからだ。
ましてや京一は中学生である。
京一「いやぁ、それが言葉の通りなんです。部活の後でいいから来いって。でも締められるとかじゃないんですよ。太一って人の下に入れって言われて、高見って人に」
声が細くなりボソボソとしゃべる。
それでも肝心のことは聞き取れたらしい。
慎二「げ! まじかよ京一。太一って人も青鬼の幹部の一人じゃねー? 聞いたことあるよ。ケンカがむちゃくちゃ強くて、その姿見ただけでみんな動けなくなるって」
京一「うん。すっごい怖かった……」
「はぁー」と一つ大きなため息をつく。
先程の1 on 1の展開を思い出すと、よくあの場所からこうして無事に脱出できたと思う。
太一に凄まれた時は、殺されるんじゃないかとすら思ったからだ。
京一「まあこっちは何とかやってるけど、そっちはどうだったの? 準決勝」
今日、一番聞きたかったことを二人に聞く。
店内にBGMが流れる中、高校生や大学生の話し声や笑い声が充満している。
京一の手元のカップの氷は全部溶けていた。
高瀬と慎二の二人は少しだけ間をおいて、互いの顔を見合わせる。
慎二はコーラが入ったカップを2度ほどストローでかき混ぜた。
ジャリジャリ、と小さな氷のぶつかり合う音がする。
京一はゴクリ、と唾を飲み込んだ。
背筋に力が入る。
慎二「勝ったぜ。予定通りだ」
そう言いながら親指を立て、ニッコリと笑う。
京一「ふぅーーーーっ」
これまでの緊張をほぐすかのように、ひと際大きなため息をついた。
高瀬「お、天川。嬉しそうな顔しないのか?」
そんな京一の様子を見て、高瀬がニヤニヤしている。
京一「だって~高瀬先輩。僕さっきからずっと気になって気になって仕方がなくって、ずっと身体に力が入ったままでしたよ。よかったぁ、ほんとよかったぁ。二人ともお疲れ様です! 勝ててめっちゃうれしいです!」
安堵した後に、嬉しさが込み上げてくる。
よかった。勝てて本当によかった。
京一の顔は勝利の嬉しさと安堵が混じりあった表情になる。
高瀬「42対28、第4クォーターまでは負けてたけど、そこから一気に攻めに転じて、逆転したよ。慎二は第4クォーターで4本も3ポイント決めたんだぜ、超すごかったよ」
隣に座る慎二の肩をパンパンと軽く叩いた。
京一「まじすか、8分間で4本もですか?! それめちゃくちゃ凄いじゃないですか。相手はディフェンシブな稲田中ですよね。よくそんな何本も決められたよね、慎二」
心底驚いた様子で慎二を見る。
慎二はまんざらでもない様子で賞賛を受け取る。
慎二「まあな。俺が本気になればこんなもんだぜ」
そう言って、ストローでカップに入ったコーラを一気に吸い上げた。
ジョロジョロと最後のひと吸いを終えて、ぷはぁーと息を吐き出す。
高瀬「第3クォーターまで攻撃を敢えて抑えてたから、相手はこっちの攻撃力を侮ってくれたんだよな。で第4クォーターで一気に全開したってわけ。稲田中のやつらみんなすっげー焦ってた。いきなり俺らが豹変したから」
高瀬は、準決勝の展開を第1クォーターから第4クォーターまで細かく京一に説明していく。
京一はその話を聞きながら、何度も頷き感嘆の声を上げる。
3人がとても仲の良いことは傍目からでも分かる。
今はそれぞれの目的を果たし、束の間の休息だ。
慎二「でもコーチってすげーよな。なんつーか、相手の裏をかくっていうか、罠にはめるっていうか、俺ぜったい思いつかないよ、第3クォーターまで本気で攻めないやり方なんて」
高瀬「そうだよな。いつもの慎二なら最初から全力で入って、第4クォーターになったらまったく動けなくなってるもんな。でも今日は違った。体力を残していたから、最後に爆発できた」
高瀬も慎二も先ほどの試合の様子を思い浮かべながら、うんうん、と相槌をうっている。京一は試合を見ていないため、詳細は想像するしかないが、コーチの戦術がぴったりはまったということだろう。
慎二たちが活躍する様子は想像できた。
慎二「俺、コーチの言うことは絶対に従う。聞いたときは理解できなくても、その通りにやれば必ずいい結果が出るって思うもん」
力を込めて話す。
少なくとも今日の試合で最も活躍したのは慎二である。
その展開を作ったのは前半を抑えて戦うというコーチの戦術によるものだ。
京一「うん」
頷く。
だが高瀬が一言呟いたことが、後日、どうしても京一の頭から離れなくなった。
それは、慎二の話を聞きながら、手元のコーラを飲んでいた時に、ふと思いついたかのように述べられた内容だった。
高瀬「でもさ、確かにコーチの指示に従っておけば大丈夫だけどさ。その、コーチ、なんで天川に駅前のコートに行けなんて指示したんだろう? あそこ危ない場所じゃん? 実際、天川の頬に傷ができてるしさ。やり方間違えたら大変なことになってたよね」
かねてから疑問に思っていたことをボソリと告げた。
せっかく準決勝に勝って気持ちのいいところ、水を指すようなことは言いたくなかったが、思い浮かんだ疑問を頭の中から消すことができなかった。
京一、慎二「……」
二人とも黙り込む。
確かに言われてみればそうだ。
京一は、あのコートでそれなりにうまく立ち回り、結果的に高見に認められた。
これは京一に大きな自信をもたらすだろう。
だがその反面、高見や南商業の連中に幹中のこと、特に蓮華の存在がばれてしまった。
伸悦は昼間の中学校にまで押しかけてきたのだ。
京一があのコートに出向かなければ、彼らが幹中に興味を持つことはなかっただろう。
コーチの指示は、場数を踏んで一皮むけてこい、ということだと理解している。
だから疑問にも思わず、コートに出向き、南商業の3人や青鬼と勝負した。
だが結果次第では……。
取り返しのつかない危険な状況に陥った可能性だってある。
コーチが気づかないはずがない。
京一にも高瀬にもコーチの真意は分からなかった。
京一「まあでも、いいですよ。こうやって無事に帰ってこれてますし、二人とも今日の試合は無事勝てたんだし。きっとコーチには考えがあったんだと思います。僕はそれで納得してます」
自らの心のうちに沸き起こる疑問をかき消すようにして、京一は二人に何ともないということを伝えた。
頬の傷はさておき、京一の表情は明るかったし、今日の準決勝にも勝てた。
二人ともそれ以上はこの件について話すことはなかった。
京一「あ、そういえば、僕、このあとちょっと用事があるんで、そろそろ帰ります」
思いだしたかのように二人に告げる。
時刻は7時を回っている。
先ほどから慎二達と会話しながらも、ひと時も忘れることはなかった。
そう、8時に高見の自宅に行く件である。
場所は携帯のマップに打ち込まれており把握している。
この駅前からは10キロほど離れた横浜市街地の一角にその場所はある。
電車で3駅ほど行けば30分くらいで着くと思う。
高瀬「なんかあるのか?」
京一「あ、ちょっと家の用事で」
嘘をつく。
さすがに、これから青鬼のトップ、高見の自宅に行くとは言い出せなかった。
今日のコートで起きたことを二人には話していない。
一歩間違えば、京一は大けがを追っていた。
さらに南商業の伸悦は、高見に左手のひらをナイフで突き刺された。
ベンチからだらだらと真っ赤な血が流れ落ちる様子は未だに京一の眼球の奥に焼き付いていた。
そんな危険な状況を二人に説明する気にはなれなかった。
話せば、根掘り葉掘り聞いてくるだろう。
それを適切に返せる自信が京一には無かったのだ。
高瀬「そうか。じゃあ、俺たちはもう少しここでゆっくりしてから帰るわ。じゃあな、天川。明日部活で」
二人とも京一に手を振った。
京一「はい。今日は二人ともお疲れ様です。勝てて本当に良かったです。僕もうれしいです。じゃあ明日、学校で」
Macを後にする。
京一が外に出て駅に向かう様子を、店内の窓ガラス越しに眺めながら、高瀬が呟いた。
高瀬「なぁ慎二。天川って駅前のコートに行ってから妙に迫力が増したよな? 威圧感とかじゃなくて、なんかこう動じない感じっていうのか。そう思わないか?」
慎二「うん。そうすね。なんかアイツ、ちょっと雰囲気が変わった気がする。もちろん、悪い意味じゃなくて、いい意味でですけど」
高瀬「そうだよな。今度の長谷中との決勝戦は、この前の練習試合のようにはならないだろうな。勝てるかはわからないけど、なんか妙に自信が持てた気がする」
慎二「俺もそう思います」
二人して、カップの中の氷が溶けたあとの水をジョロジョロと最後まで吸いだした。
店内には帰宅途中に立ち寄ったサラリーマンの姿もチラホラし始めていた。
窓の外は暗くなっている。
しばらくだべってから、二人ともそれぞれの帰途についた。
(ヒーローの条件 修行編 完)
実践編へ
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「京一のステータス」
劣等感:克服
自信:そこそこ
両脚のチカラ:トリプルS
ヒロインへの想い:???
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