第2章 半グレ、青鬼編8 左手を賭けた戦い
高見「太一。伸悦はお前の配下だよな。お前が天川に1on1で勝ったら伸悦のルール破りを見逃してやる。でも負けたらこのコートのトップは今日から天川にする」
太一「なっ!」
怒りの色が走る。
南商業のトップである伸悦の面倒をみているのは太一である。
年齢は24歳。
南商業のOBであり、県下だけでなく近隣県の少年達を支配する青鬼の幹部の一人だ。
駅前のコートは太一の縄張りであり、この場で行われる賭けバスケを伸悦達に仕切らせていた。
ソレを高見は京一に渡すと言ったのだ。
若干14歳の中学生にだ。
屈辱であろう。
青鬼の幹部として幾多の修羅場をくぐってきた太一にとって、それは到底許せることではない。
太一「おい京介、いくらなんでもそれはやりすぎだろ? 伸悦が一回ルール破ったからって俺の縄張りまで奪うのかよ? そいつの左手はもう使えねぇ。それで十分じゃねーか」
体躯に優れた太一は、だがしかし言葉で高見を押し返す。
彼が本気で組みかかれば、高見を力で捻じ伏せることもできるかもしれない。
だが太一はそうしない。
高見は涼しい顔のまま、タバコの煙を青空に向けて吐き出してゆく。
高見「ふぅ……。で、太一。お前がルール破りの責任をとるのか?」
吐き出した煙は風に流され消えてゆく。
太一「責任って……なんだよ? たかが中学のガキに会いにいっただけだろ? どうでもいいことじゃねーか。それにおまえ、俺が責任とるっつったら俺の腕もアイツみたいにブッ刺すつもりか?」
太一は全く怯むことなく高見を睨みつける。
高見「どうでもいいか……。ハハっ、オモシレーこと言うな、お前も」
無表情を崩して笑う。
それから考えを述べる。
イマイチ頭の鈍い太一に分からせるためだ。
高見「太一。お前の腕をぶっ刺して鬼の目的が達成できるってんなら、もうとっくに刺してるぜ」
太一「……」
高見「俺にとってはお前も、そこで真っ青な顔してうずくまる伸悦も、みんな大事な鬼のメンバーだ。お前らが嫌がることはやりたくねー。でもな」
再びタバコの煙を吐き出す。
フゥという呼吸音が微かに聞こえる。
高見「上に立つもんが責任とることから逃げたら、鬼は終わる。目的をまだ達成していない。俺は鬼を終わらせたくねーだけだ。なあ太一、伸悦の上に立つお前の責任の取り方って何だ? アイツ同様にその指切りつけ痛がる顔をすることか? そうじゃねーだろ?」
そう告げると高見は「う~ん」と大きく伸びをして、タバコを加えたまま天井に敷き詰められた曇のない青空を見上げる。
高見「お前の責任の取り方は自分を傷つけることじゃねぇ。結果を出すことだ。天川とお前の1 on 1の勝敗はいつも通りのやり方でいい。天川がお前に10点差をつけた段階で天川の勝ち。それ以下でアイツが勝負をあきらめればお前の勝ち。それでいいな」
ポン。
タバコをコートに投げ捨てると、京一を見る。
京一「……」
ここまでの展開に京一はうまく着いて行けない。
頭の中は真っ白で、背筋に力が入り冷汗が浮かぶ。
すぐ傍では手の平にナイフを突き立てられた伸悦が痛みに苦しんでいる。
伸悦「フゥッ……フゥッ……」
呼吸の音が荒く不規則だ。
それほどの激痛なのだろう。
京一は伸悦の真っ青な顔に囚われ、呆然としている。
そんな京一に、高見はこう告げた。
高見「なあ天川、お前が1on1で太一に勝てば伸悦の手にぶっ刺さったナイフを抜いてコイツを病院に連れて行ってもいいぜ」
京一「え……?」
高見の隣で呻きながら血を流し続ける伸悦を無視して、高見はゆっくりとタバコの煙を吸い込んでゆく。
異常な状況だ。
それを作り出している張本人が何を考えているのか京一にはさっぱり分からない。
人間の手の平にナイフを突き立て平然とする態度が理解できない。
高見「でもな天川。もしお前が負けたら、伸悦の左手をお前に預けたナイフでお前が切り落とせ」
京一「えっ?!」
京一の身体に電撃が走る。
切り落とせ?
彼の手の平を?
京一はあまりの展開に言葉を失う。
高見「今のままじゃ伸悦が痛がるだろ? だからその痛みの中心を切り落としてやるんだよ。それで解決するじゃねーか」
京一は呆然とした顔のまま、消え入りそうな声で拒絶する。
京一「そんなこと……できません」
高見「できない? フッ。なら俺がやるぜ。お前が負けた時にはな」
京一「く……」
拒絶したところで意味はない。
高見という異常者ならば、躊躇うことなく金髪の手の平を切り落とす。
そのことが瞬時に分かる。
京一は伸悦を見る。
今にも気絶しそうな顔でベンチに突っ伏している。
伸悦「ハァ、ハァ、ハァ」
呼吸が乱れ、肩が大きく上下している。
彼をこの状況から解放するには、1 on 1で太一と呼ばれる大男に勝つしかない。
伸悦を救うか?
左手を切り落とすか?
それが勝負の行方に握られている。
太一「んじゃぁ、やるか……しゃぁねぇな」
一方、太一は京一に負ければこの場所を失うことになる。
だが配下にある伸悦は解放されるだろう。
勝てばこの場を守りメンツを保てるが、伸悦の左手は失われてしまう。
メンツを取るか、伸悦を取るか。
太一に課された条件は厳しい。
太一「オイ始めるぞ、ガキ」
そう告げると、バスケットボールを掴みあげ、コート中央へと歩いてゆく。
ザッザッザ。
重量感のある足音がコートに響く。
ベンチに突っ伏したままの伸悦は、少しだけ顔をあげた。
それから太一の後ろ姿を恨めしそうに眺める。
手の甲に突き立てられたナイフを自らの手で取り除けば、苦痛からは逃れられる。
だが高見の目の前でそうすることができない。
これは青鬼のルールを破った自分への制裁だからだ。
制裁を自ら外すことはできない。
青鬼のメンバーであるのなら。
伸悦「ハァ……ハァ……ハァ」
この季節特有の湿気によって重くなった金髪に、額から染み出す汗が滲む。
今はこの苦痛に耐えるしか伸悦には選択肢がない。
一方、コート中央では太一が右手にボールを掴み立っている。
太一は伸悦にとって従うべきボスだ。
だがボスを素直に応援できない。
伸悦「ハァ……ハァ……ハァ」
伸悦は苦しい立場に追い詰められる。
太一「高見。1 on 1は俺のやり方でやるぞ。だからこのガキがどうなっても知らねーからな」
高見「……」
無表情のまま答えない。
好きにしろということだ。
京一「!」
一方の京一は慌ててバッシュに履き替えるとコートに入る。
太一「おまえ、天川っつったか?」
無骨で野太い声だ。
京一「はい……」
うなずく。
太一「ワリィけど、俺とこの場でやる1 on 1にバスケのルールは期待するなよ」
凄みを効かせた声だ。
京一「……」
ルールを期待するな。
恐ろしい男を前に言われたくない言葉だ。
否応なく身体が反応し、心音の周期が早まる。
ドクッ、ドクッ、ドクッ。
京一は昨日ここで伸悦たちと戦った時を思い出す。
あの時のように、ルール無視で暴力的なバスケになるのだろうか。
相対する太一は、伸悦たちよりさらに体格がよく、恐ろしい風貌だ。
ゴクリ。
唾を飲み込み身構える。
パン!
突然太一がボールを京一に投げ渡した。
ボールは無回転で力強く球筋がぶれていない。
彼も相当の力をもっている。
受け取った瞬間に伝わるものがある。
間違いない
太一「おまえが先攻でいいぞ」
そう告げると、太一はフリースローエリアの中央に腕組みしたまま立つ。
まるで仁王像だ。
京一「……」
ゴクリ。
唾を呑み込むと、プレーを開始する。
青鬼の太一 vs 京一。
賭けの対価は「伸悦の左手」。
戦いの火蓋が切って落とされる。
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