第2章 半グレ、青鬼編7 仲間への制裁


「へぇ、逃げずにちゃんと来たんだな」


開口一番、高見の言葉がそれだった。

無表情は変わらない。

此処へ来ないことを予想していたのだろう。

だが。

京一は約束通り、バッシュを携えコートに立っていた。


怖そうな男「京介(高見の名前)、コイツか? お前が言ってたおもしれーガキってのは」

高見の隣に、彼より一回りデカい男が立っている。

年齢は20代前半だろう。

身体が出来上がっており、とても高校生には見えない。


この男もまた派手なタトゥが身体に彫られている。

男性のデザインだ。

ズボンのポケットからは金属製のチェーンがジャラジャラ垂れており、その一本にナイフがぶら下がっていた。


昨日、高見から投げ渡されたバタフライナイフと同じ形状である。

ただしナイフの色はオレンジで見た目に派手だ。

この男も高見と同様に視線が動かない。


京一「……」

男に睨まれ、京一はブルンと身震いした。


コーチは先ほど「段取りをしておいた」と言っていた。

だが今、京一の目の前に広がる光景は、どう考えても何かの段取りが組まれてようには見えない。

京一はコート中央で委縮する。


高見「まだ中坊だが、南の3人より腹が座ってるぜ。コイツ」

コート脇のベンチにたむろする伸悦、芳、竜二に視線を移す。

まるで彼らより京一のほうが強いと言いたげだ。


怖そうな男(太一)「そうかぁ? まだ細っせーし、腹を一発殴ったら白目向いてひっくり返るんじゃねーの?」

いまいち信じられないのだろう。

威圧感のある視線を京一へ向けたままだ。


京一の身長は中学生にしては高く175cmを超える。

だが、この場にいる高見や太一と呼ばれる男、さらに伸悦達と比べるとまだまだ線が細い。

筋肉量が違うのだ。

仕方がない。


高見「じゃー試してみろよ。お前のノロイ動きじゃ、あいつに触ることもできねーぜ」

タバコを咥えたまま、フゥと煙を吐き出す。

赤茶けた髪が西に傾いた太陽の光を受けて、なお一層赤く染まる。

その姿は青鬼というより、恐ろしい赤鬼みたいだ。


高見「つーことで天川。今日はコイツと1on1で勝負しろ」

パン。

隣に立つ太一の腹を右手の甲で叩く。


太一「マジかよ。俺に中学のガキとやれってか?」

チッと舌打ちする。


中学生と1 on 1で勝負することが屈辱なのだ。

明らかに嫌そうな顔をしている。

京一は自分が中学生であることを申し訳ないと思ってしまう。


高見「なんだ、嫌なのか?」

無表情のまま隣に突っ立つ太一を睨む。

自分の指示に拒絶はさせない、そういう雰囲気が高見の全身から発せられている。

力関係は彼のほうが上なのだろう。


太一「……わかったよ。まぁお前がそう言うならやるけどさ。でも、賭けの内容は俺が決めるぜ?」

そう言って高見の承諾を待つ。


高見「ったく、だりぃヤツだなお前も。天川に賭けの対価は出させねーよ。もう昨日決めた事だ」

太一「あぁ? マジで? いいのかよ、そんなルール違反して。ここで勝負する奴は全員、何か自分の大事なモン賭けてヤルってルールだろ?」


京一に賭けの対価を出させないことに関して不満があるのだろう。

太一は高見の発言に噛みつく。


高見「そう言えばこのコートは太一、お前の縄張りだったな。確かにコート上のルールはお前が決めるのが正しい。この場の勝負に賭けが必要ってのはお前の決めたルールだったしな」

太一「ああ。ここは俺のリングだ」


ドン。

分厚い自身の胸板を右拳で一つ叩く。


自分の縄張りを荒らすことは許さない、そういうことだろう。

だが、隣に立つ高見は無表情のままそのルールを捻じ曲げた。


高見「ダメだ。確かにこのコートのルールはお前が決めていい。でもな」

恐ろしい風貌の太一を睨む。


高見「コートの管理者である前に、お前は青鬼のメンバーだ。このコートは鬼がお前に預けたリングだ。お前のルールより鬼のルールが優先される。それを忘れるな」

高見は青鬼のツートップの片方だ。

鬼のルールとはつまり高見の決めたルールということになる。


太一「……」

高見「なんだ、文句があるのか?」

太一「いや」


太一は高見を上回る体躯を持ちながらも押し黙る。

高見はそんな太一を気にかけることなく、ベンチ脇に立つ金髪の男を呼び出す。


高見「伸悦。ちょっとここに来い」

伸悦「はい……」


先ほどから二人の会話を聞きながら、伸悦は固い表情をしている。

何か雲息が怪しい。

異常な空気の流れを感じ取っているのだ。


高見「お前、今日の午前中、幹中の琴野に会いにいったらしいな?」

無表情のまま、口元のタバコを右手でつまむ。

それから、ふーっと煙を吐き出した。


伸悦「!」

問われた瞬間、伸悦は動揺する。

まさか午前中の件が知られているとは思わなかったのだ。

だがその通りであったので、無言のまま頷いた。


アレはルール違反だ。

少なくとも、高見には琴野蓮華に手を出すなと命令させている。


ゴクリ。

伸悦は唾を呑み込む。

制裁が来る。

全身にグッと力を入れた。


高見「お前に言ったよな? 琴野ってガキには手を出すなって」

伸悦「……」


俯いたまま沈黙する。

昨日の1on1の後のことだ。

高見は伸悦に向けて確かにそう告げていた。


高見「ルールを破ったってことだな」

伸悦「!」


バッ!

俯いていた顔を持ち上げ、ハッとした顔をする。


伸悦「いや高見さん! 俺、ルール違反はしてねーよ! そんなんじゃねーって。ただ、ちょっとアイツの学校に顔出しただけだって」


慌てて言い訳をする。

彼の身体が強張っているのが傍目からでもわかる。


ジャリ。


高見が一歩、伸悦に向かって踏み出す。

ズ、ズル……。

伸悦は圧されて後退する。


高見「そんなに気になるのか? あの琴野ってガキが」

伸悦「……」

沈黙した伸悦を見て高見はフッと笑う。


高見「そうか。お前もう俺がアイツに近づくなって言っても無理そうだな」

無表情を顔面に張り付かせたまま、伸悦の両目をじっと観察する。


伸悦「いや! そんなことねーって! 俺、ぜってー従うって! 近づくなっていったら二度とアイツには近寄らないよ! だからっ」


高見「だから、見逃してくれ。か?」

伸悦「っ?!」

高見「バカだな、おまえ。やっぱバカだ。そんな軽くねーんだよ。鬼のルールは」

伸悦「くっ!」


微かに息を呑むと、金髪でガタイの良い伸悦が怯む。

高見「おい太一。わりぃけど、コイツ賭けるぞ」

太一「あ? 伸悦をか?」

太一は意味が分からないという顔だ。


ズバっ!


すると高見は、突然、伸悦の左手を掴み、木製ベンチの上に激しく押し当てた。


伸悦「うぁっ! 待ってくれよっ高見さんっっ!」

必死の形相で訴える。

高見は彼には全く目もくれず、左腕で彼の左手をベンチに押し付けたまま、右手でポケットから何かを取り出した。




ダンッッッ!




取り出したモノを伸悦の左手の甲に突き立てた。

伸悦「ガァっっっっ!!!」

痰を吐き出す音を増幅したような声だ。

それが辺り一面に響き渡る。


伸悦「グッ……ギギッ……」

血走った目をさせたまま上半身を折ると、ベンチに突き立てられたモノに額を押し当てる。


伸悦「フーっ! フーっ!」


激しい呼吸音だ。

乱れている。

顔がみるみるうちに紅潮していく。


京一「なっっ!」

この場にいる全員が、伸悦の左手に釘付けになる。


ポタリ……ポタポタポタ・・・・・。


彼の手の平から太陽の光を受けた赤い筋が流れ出す。

それは赤に太陽の色を混ぜた金属的な色だった。


ツゥ……ツツツ。

赤い筋はベンチを濡らし、地面にポタポタ垂れてゆく。

伸悦の左手の甲には、真っ黒なナイフが突き立てられていた。


京一「あ……あぁ……」

昨日京一が投げ渡されたものと同じ、バタフライナイフだ。

高見は伸悦の左手の甲、人差し指と中指へと伸びる骨の中央にナイフを突き立てた。

それは骨に触れることなく、間の筋肉を割くとベンチにガツリと突き刺さる。


ユラリ。

高見は立ち上がる。

それから手元のタバコを口に運ぶと、肺に空気を送り込んでゆく。

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