第2章 半グレ、青鬼編6 それぞれの勝負
コーチ「よぉし、準決勝の戦術については以上だ。理解できたか?」
部員達「はい!」
館内に元気の良い声が響く。
これから準決勝を控えた幹中バスケ部は全員が体育館に集まり、コーチから直前の指示を受けている。
試合には出ないものの、京一も加わりコーチの話に耳を傾けた。
準決勝は普通にやれば勝てる相手だ。
だが2番、シューティングガードの京一を欠いての対戦となる。
足元を掬われることの無いよう、コーチは綿密な作戦を立てた。
一通りの説明を終えると、コーチは京一へと視線を移す。
コーチ「天川。お前も今日の夕方、あそこで勝負だな」
京一「はい!」
幹中バスケ部は県下でも強豪の一角を張る。
率いるコーチは教師ではない。
実業団上がりの専門家だ。
当然、午前中に幹中で起きたことは知らない。
京一「飛び込みで勝負してきます」
はっきりと告げる。
コーチはそんな京一の強い眼差しを受け取ると、何かを悟った顔をした。
コーチ「いい顔してるな天川。まぁ頑張ってこい。こっちも準決勝は必ず勝ってくる」
京一の口元には明らかに誰かに殴られた痕があるのだが、コーチは傷の理由には触れなかった。
それから慎二たちスターティングメンバーへと視線を移す。
皆気合の入った顔をしている。
コーチ「よし、じゃあ会場に行くぞ。お前ら準備して外のマイクロバスに乗り込め」
全員「はい!」
元気の良い返事だ。
ボストンバッグを肩にかけると、マイクロバスへと乗り込んでゆく。
京一もバッグをかつぐと、あの場所に向かうべく体育館を後にする。
コーチ「天川、ちょっとお前はここに残れ」
京一「え、はい」
呼び止められた。
なんであろうか?
コーチはその他の部員が体育館から出ていくのを待って、こう告げた。
コーチ「なぁ、おまえ、昨日駅前のコートに行っただろ?」
京一「!」
ビクンとした。
まさかバレているとは思わなかったのだ。
慎二達は昨日の件をコーチに喋っていない。
洋一や浩之はコーチと面識もなく、話が漏れたとは思えない。
教師達とてそうだ。
わざわざバスケ部のコーチに学校の内部事情を話すはずがない。
ならば情報を漏らしたのは誰なのか?
いや、それより京一はコーチの指示を破ってアノ強烈なステップをお披露目してしまった。
その件がバレているのではないか?
不安になる。
だがコーチは昨日の件で京一を追求することはなかった。
コーチ「すまんな、まさかお前が一日早くあの場所に行くとは思っていなかった。今日であれば問題なく段取りしていたんだがな。その口元の傷跡は昨日つけられたものか?」
段取り……。
やはり、そんなものがあったのだ。
京一は早まった自分の行為を後悔する。
京一「……はい。早まってしまい、すみません」
昨日の件はきっとバレている。
ここで取り繕っても仕方がないだろう。
京一はあのステップを出してしまったことを咎められると思った。
コーチ「まあ今日は心配しなくていい。普通に飛び込みで3 on 3勝負ができるはずだ」
そう言って京一の肩をバンと叩く。
コーチはそれ以上何も言わなかった。
京一「は、はい」
嘘がバレたような気がして、何となく居心地が悪い。
コーチ「じゃあ俺たちはこれから会場に行くから、お前も今日は駅の裏手で頑張ってこい。明日はお互い一皮剥けた状態で互いの勝ちを報告しあおう」
そう告げるとコーチは京一を解放した。
体育館の外では、すでに部員達がマイクロバスに乗り込んでいる。
体育館を出た京一は、遠目からマイクロバスを眺める。
窓越しに慎二の緊張した顔が見えた。
今日は慣れないシューティングガードを任されている。
少なからず緊張があるはずだ。
大丈夫だろうか?
京一「頼む……慎二。勝ってくれ」
祈るような気持ちで告げると、京一は幹中を後にする。
☆-----☆-----☆-----☆-----
少年A「なぁ伸悦。おまえさっきからどうしたんだよ?」
ドルン、ドルンとエンジン音を響かせながら、黒いシボレーが市街地を走る。
車内には、伸悦と同様に金髪に染めたガラの悪い男達が乗っていた。
南商業の仲間達だ。
シボレーは伸悦が運転している。
片手でハンドルを握り、もう片方は窓際につっかけ、拳の上に頬を載せている。
姿勢の悪いままの運転だ。
伸悦「ん、なんか変か?」
少年A「なんか昨日からずっと黙ってねぇか? 元気ねーじゃん。どうしたんだよ」
伸悦「そんなことねーよ。葉っぱヤッたから気持ちが落ち着いてるだけさ」
葉っぱとは大麻のことである。
大麻はダウナー系で気分を落ち着ける作用がある。
少年A「ならいいけどさ。元気ねーなら、その辺のガキ拉致って箱でヤろうかと思ってさ」
そう言いながら、男は繁華街でフラフラしている派手な格好をした少女達を目で追う。
伸悦「ふん、まあやりてーなら、お前らでやってこいよ。俺はやめとく」
連れない返事を返す。
少年B「そうか? やっぱなんか元気ねーな。琴野ってガキに会いにいってから変じゃねぇか? なんなら俺が今から行って、そのガキ拉致ってこようか?」
短髪をオレンジ色に染め、頬のあたりまでタトゥを彫りこんだ男がニヤニヤしている。
伸悦は彼の挑発には乗らず、静かにシボレーを運転し続ける。
どこに行くでもなく、街中をぶらぶら走り回っているのだ。
夕方には再び駅前のバスケコートに出向く。
今はそれまでの時間潰しだ。
カチ。
目の前の信号機が赤に変わる。
前の車が停車したため、伸悦もシボレーを止めた。
ドンッ!
すると伸悦は、後部座席から顔を突き出していたオレンジ頭の男をいきなり引きずり出した。
頭部がフロントガラスにぶつかり、ガツンと鈍い音をさせる。
少年B「いてっ! いきなりなにすんだよ」
オレンジ頭を押さえつつ、伸悦を見る。
伸悦「てめぇ、調子に乗んな」
低い声で脅すと、彼の胸倉を逞しい腕でギリギリと締め上げた。
少年B「イッツツ……わかった、わかったよ。ごめん俺が悪かった」
オレンジ頭の男はすぐに謝罪する。
力関係はあきらかに伸悦の方が上である。
少年A「でもよぉ伸悦。その琴野ってガキ、なんか有名らしいじゃん? 中学生のくせしてすっげー美人で先公や女までそいつに惚れてるって噂らしいぜ」
伸悦「……」
少年A「そんな美人なガキだったらさぁ、今度うちの縄張りで開く箱(キャバクラ)に突っ込もうぜ。中学生で超美人ならぜってー稼げるぜ。ガキが好きなオヤジってすっげー多いからさ」
助手席に座る彼は、長髪を伸悦同様に金色に染めている。
指先に彫りこんだ稲妻のようなタトゥが特徴的だ。
両指で煙草を挟み、スパスパと煙を吐き出している。
伸悦「箱には別の女を入れる。中坊なんかまだ小便くせーだけだろ。それにガキが好きなオヤジが客の全てじゃねーだろ」
伸悦は、蓮華をキャバクラに突っ込むという彼の提案を否定した。
少年A「そうか? まあお前がそういうならいいけどよ。まぁこの辺の箱は全部俺らの縄張りだけど、未成年入れたらパクられるリスクもあるしな」
フゥ。
男は鼻の穴からタバコの煙を吐き出した。
少年B「でもさぁ俺もその琴野ってガキ、一回見てみてーわ。すっげー美人なんだろ?」
先ほど締め上げられたばかりの男がヘラヘラしている。
伸悦「やめとけ。この世の中には知らねーほうがいいこともある」
伸悦はオレンジ頭の彼を諭す。
だが伸悦が何を言っているのかイマイチ分かっていないのだろう。
男はポカンとした顔だ。
伸悦はそんな仲間達の会話に混じることなく、淡々とシボレーを運転した。
行く当てはない。
単なる時間つぶしだ。
それは、この先にまっとうな道筋が敷かれていない彼の人生を暗喩するかのように思えた。
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